第七話「初戦闘! 人間、誰しも初めてはあるものです」
二年間過ごしたゲッツェの町から旅立つ朝、いつもとは違う寝台で目を覚ます。
安宿の割にはまともな味の朝食を摂り、すぐに集合場所である
ベルは背負袋に入り、顔を出している。俺の姿を見た人は驚いた顔をしながらもベルの愛らしい姿に和んでいた。
俺の装備だが、防具は革製だ。胸甲と脛当ては部分的に鋼で補強しているが、肩当てや籠手、大腿甲、スカートは飴色の
レオンハルトはスピード重視の戦闘スタイルに拘り今の装備にしているのだが、もう少し丈夫な金属鎧に換えてもいいと思い始めている。
いずれにせよ、小さなゲッツェの町より大都市ノイシュテッターの方が選択肢は増えるから、着いてからゆっくり考えればいいだろう。
武器は剣身部分が百二十センチ、全体が百五十センチほどの大型の両手剣で、革紐を使い肩に掛けるように背負う。
二十分ほど待っていると、俺が護衛する隊商がやってきた。顔合わせは昨日済ませており、荷馬車の一台に布袋を入れるとすぐに護衛の位置につく。背負袋と腰のポーチに全財産が入っているため身に付けておく。
背中のベルの姿を見た商人が「そのネコは?」と笑いながら聞いてきたので、「相棒です」と答えておく。ベルもそうだというように「ミャー」と鳴く。商人は「よろしく頼む」と俺とベルに言ってから離れていった。
護衛たちもベルの姿に興味があるようで、十人以上の傭兵から声を掛けられた。そのお陰もあってこの隊商にすぐに馴染むことができた。
「何か助かったよ。人見知りでもないんだが、さすがに知らない人ばかりで緊張していたから」
『おいらの人徳ニャ。敬うニャ』と念話で伝えてくる。
その言葉には冗談めかした感じがあるが、ベルも俺が緊張しているのに気付き気を使ってくれたようだ。
出発の合図があり、ゆっくりと荷馬車が進み出す。
今日の目的地は二十五キロメートルほど離れた宿場町で、ここゲッツェの町と同程度の規模らしい。
町の外に出ると踏み固められただけの道が南に延びている。主要街道だが舗装もなく、荷馬車がすれ違えるくらいの幅しかない。
護衛は荷馬車の前後を歩くのだが、荷馬車の速度は人の歩く速度、体感では時速四キロ程度であり、特に負担を感じない。
一時間ほど歩くと池がある広場に到着する。ここで馬を休めるため、小休止に入る。
挽き馬は思ったより大きく、北海道で見た
広場に入ると護衛隊長が警戒場所を割り振っていく。俺は荷馬車から最も遠い位置だった。
警戒といっても歩哨のように立っている必要はなく、地面に座っていてもいい。荷物を降ろし、水を口に含むと意外と疲れていることに気付く。
一時間フル装備で歩きっぱなしであるためだが、まだ六分の一しか進んでいないかと思うと憂鬱になる。
また、ベルと念話で会話ができるものの、周囲を警戒しながらひたすら歩くことが退屈だった。
『魔導の訓練をしながら歩けばいいニャ』とベルが言ってきた。
「魔導の訓練? そんな派手なことをしたら、目だって仕方がないじゃないか」と呆れると、ニヤリと笑う。
『外に出すから目立つニャ。身体の中で循環だけするなら問題ないニャ』
「なるほどな。身体強化の訓練をしながら歩けば、体は疲れないかもしれないってことか」
ベルの提案は身体強化の訓練だった。身体強化も魔導の一種だから魔導の訓練をしながらという言葉と矛盾しない。
『警戒はおいらがやっておくニャ。おいらなら魔素が見えるから魔獣が近寄れば見つけられるニャ』
ベルは
但し、あまり遠いと分からないため油断はできないが、ある程度の距離なら物陰に隠れていても分かるらしい。
周囲の警戒をベルに任せ、俺は魔素を体内で循環し身体強化を掛けていく。最初は五割ほど能力を上げるだけにし、できる限り長時間使えるよう身体を慣らしていく。
最初は人に話し掛けられるだけでも身体強化が切れていたが、一時間もするとごく自然に魔素の循環ができるようになり、ほとんど意識する必要が無くなった。
自分自身驚くほどの学習能力で、昼過ぎには休憩中も切らすことなく魔素の循環を続けられている。レオンハルトの記憶を思い出す限り、彼は集中できる最初の一撃のみ、身体強化を使い、それ以降は強化なしで戦っていた。
(これなら接近戦でもできそうな気がするな……しかし、どうしてできるようになったんだろう?)
俺の疑問にベルが念話で答えてくれた。
『旦那の場合、コミックなんかのイメージでやっているからできるニャ。レオンハルトは厳しい修行で教えられたやり方に固執したからできニャかったニャ』
(つまり、レオンハルトは習った通りの方法を愚直に続けていただけで、魔素を循環させることがイメージできていなかったということか。確かに師匠から学んだ時に言われたのは“引きだした魔素を回せ”だけだったな)
レオンハルトの記憶にある四元流の師範は理論的に教えるタイプではなく、やって見せてひたすら真似をさせるタイプだった。レオンハルトは見よう見まねで偶然できたが、自分のものに出来ていたわけではなかったらしい。
『アニメやコミックは視覚効果を狙っているからイメージしやすいニャ。三十過ぎてもアニメやコミックを見ていた甲斐があったニャ』
「いい歳をしたおっさんが深夜のアニメを見ていて悪かったな。週刊のコミックは十年以上愛読していたんだ。喫茶店や定食屋にあったら読みたくなるだろう」と小声で反論する。
ベルは「ミャー」と鳴くと、それ以上何も言ってこなかった。
ベルに揶揄されたが、俺は三十五になるまで独身で、大学時代から一人暮らしをしていた。いわゆる独身貴族という奴だ。
結婚を前提に女性と付き合ったのは来年結婚する予定だった婚約者が初めてだった。そのためでもないが、年齢的には三十五のおっさんだが、精神年齢的には高校生時代から成長していないと自覚している。
ベルに指摘されるまでもなく、いろいろな物を参考にしているが、これといって決まったものはない。つまみ食いのようにいいところだけをイメージとして使っている。
それだけのことだが、この世界の人間に比べるとかなり有利なようだ。ベルに言わせると、客観的に見て今の俺の能力は狩人のランクなら銀に相当するらしい。
年齢的なことを考えれば、将来、名誉ランクである白金や
身体強化がうまくいっていることに気を良くしながら、移動を続けていく。結局、その日は一度も戦闘も他のトラブルも起きることなく、無事宿場町に到着した。
到着した町はゲッツェの町と大して変わらない規模で、隊商の護衛に宿を教えてもらい、その日は何事もなく終了した。
翌日も同じように訓練を続けながら歩いていたが、昼食の休憩の直後、ベルが警告を発してきた。
『森に魔獣の気配があるニャ』という言葉に緊張が走る。
「場所は? どの程度の規模だ?」と小声で聞くと、
『左手側の奥、百メートルくらいのところニャ。大して強い魔素じゃないニャ。下級の魔獣、コボルトかゴブリンじゃないかと思うニャ。数は百くらいニャ』と伝えてきた。
俺も左手側に注意を向けてみたが、深い森が続くだけで魔獣がいる気配は全く感じない。
それでも注意だけでも促しておこうと、護衛隊長のところに向かった。
「森の奥に魔獣の気配がある気がします。それほど強い魔獣じゃないと思うんですが、数が多そうなので念のため伝えに来ました」
隊長は「本当か?」と信じていない様子だが、俺がデマを流す理由が思い付かず、注意を促す指示を出した。
俺は元の持ち場に戻り、身体強化を更に強めながら緊張していた。
(もし襲ってきたら俺にとって初陣だ。ゴブリンやコボルトといえば雑魚の代名詞だが、命のやりとりをしたことがない俺が戦えるのか……)
俺の不安がベルに伝わったのか、『大丈夫ニャ。旦那にはおいらがついているニャ』と励ましてくれた。
その言葉で少し心が軽くなる。
剣の位置を確かめ周囲を警戒するが、周囲の護衛たちはこんな場所で襲われるはずはないと緊張感がない。
伝令が十台の荷馬車に伝達を終えた頃、前方から悲鳴と怒号が上がる。
「コボルトの襲撃だ!」という叫びと、「武器を取れ! 荷馬車に近づけさせるな!」という命令が交錯する。
俺は怒号が聞こえた直後に剣を抜き放っていた。更にベルに敵の位置を聞く。
『前の方が集中的に襲撃されているニャ。この辺りは多分大丈夫だと思うけど、旦那はどうするニャ?』
俺が引き受けた護衛の依頼は持ち場を守ることだけだ。つまり、俺が担当する荷馬車を守るだけでいい。
しかも契約上は不利な状況になった場合には自らの判断で逃げてもいいことになっている。
俺の場合、護衛としての報酬を受けていないため、護衛としての義務は発生しないのだ。意味がないと思うかもしれないが、抑止力として頭数が多い方がいいということなのだろう。
この隊商の護衛は総勢五十人ほど。一台の荷馬車に五名の護衛が付く勘定だ。
俺が担当している荷馬車は前から七台目、位置的には前から三分の二くらいの場所になる。荷馬車一輌当たりの長さは前後の間隔も入れると大体十メートル弱なので、先頭から五、六十メートルほどになる。
(俺が行く必要はないが、敵は雑魚の代表、コボルトだ。いつかは経験する必要があるなら、今この機会に“初陣”を済ましてしまう方がいいかもしれない……)
戦闘に参加することを決めたが、ベルをどうするか悩む。
(このまま連れていった方がいいのか、それとも荷馬車に置いていった方がいいのか……)
俺の心の声に『旦那と一緒の方が安全ニャ』と答えてくれた。
七輌目の護衛のリーダーに「応援に行く」と宣言し、前方に走っていく。
リーダーは隊長からの指示がないため動けないが、前方の様子が気になるようで、「頼む」と短く言って了承する。
狭い街道で荷馬車が止まり道を走ることは難しいが、人を掻き分け前に向かう。
その間に護衛隊長が「各班から二名ずつ増援を出せ! 増援以外は敵襲に注意しろ!……」と命令を叫んでいる。
三十秒ほどで先頭近くに辿り着くが、隊商側は厳しい状況に追い込まれていた。雑魚とはいえ局所的には十倍近い数の魔獣と戦っている。
この隊商の護衛は重装備の剣士が多いため、倒れている者はいなかったが、御者の一人がコボルトの集団に囲まれ血塗れになっていた。
コボルトはゲームなどのイメージ通りで、直立歩行の大型犬というのが最も近い。ただ、手にはボロボロのショートソードを持ち、小型の盾まで装備している。
動き自体はそれほど速いという感じはしないが、集団での戦闘が得意なのか一人に対して五、六匹で取り囲み、絶えず場所を変えながら攻撃している。
膂力が弱いため金属鎧を貫通させるほどの斬撃はないが、手数が多い分、鎧の隙間に刃が入り、血を流している護衛が多かった。
俺は森の中に一旦入ってから奇襲を掛けるつもりでいた。
『奇襲を掛けるニャら風下から行った方がいいニャ』とベルが助言する。
「助かる」と一言いい、風下側に向かった。
風下は森の奥側になる。他の魔獣が気になるが、ベルが警戒してくれているから問題ないと腹を括り、太い木の陰から戦況を伺う。
後方からの増援が少しずつ投入され、先ほどと同じく一進一退が続いている。見た感じでは百匹近いコボルトが十数個のグループに分かれて護衛や御者に襲い掛かっていた。
「伏兵はいなさそうだな」と呟くと、
『いないニャ。全兵力を前方だけに集中しているニャ。下級の魔獣のくせに各個撃破を狙っているニャ。旦那も油断してはいけないニャ』と注意を促してくる。
それに頷き、剣をしっかりと握ると、姿勢を低くして静かに敵の背後に回る。
俺の狙いは敵のリーダーだ。
百匹の群れが整然と襲撃を行っている。それも狡猾な戦い方で。
これは敵に指揮者がいることを示している。その指揮者を倒せば、敵は混乱し、一気に戦況をひっくり返せると考えたのだ。
同じような姿のコボルトで群れのリーダーを見つけられるのかと言われそうだが、俺には心強い相棒、ベルがいる。ベルには魔素が見える。その魔素の一番強い敵を目指せばいい。もちろん、敵が強いことは覚悟の上だ。
戦場になっている街道まで十メートルくらいまで近寄った。
コボルトは小学生低学年くらいの身長で、茶色と黒の斑模様の醜い大型犬だ。俺が狙うリーダーは頭一つ分大きい、百五十センチほどあった。
(あいつもコボルトなのか? 上位種と言われれば納得できそうなほど別の魔獣なんだが……)
俺の疑問にベルも『確かに別物ニャ。一撃離脱で掻き回す戦法に変えてもいいかもしれないニャ』と忠告してくれた。
しかし、俺はあのリーダーと雌雄を決する気でいた。この世界に飛ばされた理不尽さの象徴のように感じていたのだ。
俺はベルの忠告には応えず、静かに身体強化を強めていく。
昨日と今日の午前中の訓練で二倍までは確実に強化できる。一撃に賭けるだけなら今使える最大の値、三倍まで上げてもいいが、下草が生い茂っておりアクシデントで集中が切れる可能性がある。
それを考慮し、二倍で突撃を掛けることにしたのだ。
敵との位置は僅か十メートル。未だに前方の戦闘に気を取られ俺に気付いていない。二倍の強化なら三秒と掛からずに斬り掛かれる。
全身に魔素を巡らせ充分に力を溜めたところで、心の中で“よし!”と叫んでコボルトの群れに突っ込んでいった。
足元に生えている下草が若干邪魔だが、足を取られるほどでもない。
俺が飛び出した時の“ガサッ”という音にコボルトリーダーが反応する。コボルトリーダーが俺に気付いて振り返る。仲間に警告を発しようと「ウォーン!」と遠吠えを行った。そして錆びたショートソードを構える。しかし、その行動は遅すぎた。
「ウオォ!」という気合と共に剣の切っ先を真っ直ぐに向けて突っ込んでいく。
次の瞬間、真正面から奴の喉に剣が吸い込まれていた。
骨を断ち切るゴリッという感触が手に残るが、それを無視して剣を強引に横に薙ぎ、コボルトの首を断ち切った。
コボルトリーダーは自分を倒した俺の存在を目に焼き付けるかのように目を大きく見開いた。しかし、すぐにその目から力が消えていき、徐々に身体が薄くなっていく。
そして、直径一・五センチほどの黒曜石のような宝石がぽとりと落ちる。それを拾う間もなく、周囲にいるコボルトたちに向かっていく。
リーダーを失ったコボルトたちはそれまでの組織的な動きが嘘のように崩れていた。
俺はそれを更に助長すべく、激しい攻撃でコボルトたちを叩き斬っていく。
標的としてのコボルトは袈裟掛けにするには低すぎるため、ほとんどバットを振るような横薙ぎの斬撃を繰り返している。
軽く感じるといっても何匹ものコボルトを叩き斬っていくと、さすがに腕が疲れてくる。十匹目くらいのところでベルが声を掛けてきた。
『ほとんど倒し終わったようニャ。お疲れだニャ』
俺自身は初めての戦闘に舞い上がっており、周囲を見る余裕はなかったが、ベルは冷静に周囲を見てくれていたようだ。確かにまだ戦闘は続いているが、危機的な状況は去ったようで生き残りのコボルトたちも我先にと森に逃げ込もうとしていた。
『旦那は自分が倒したコボルトの
「そうだな」といって自分が突き抜けてきたところを振り返る。死体が残っていないため、分かり辛いが、下草が激しく倒されており、戦いの名残が見える。
それでもこの中から一センチほどの黒い石を探すかと思うと気が滅入ってくる。
そんな俺の心中を察したのか、『大丈夫ニャ。おいらが場所を教えるニャ』と言ってくれた。ベルには魔素が見えるため、魔石の場所も分かるそうだ。
ベルの助言を聞きながら、魔石を回収していく。五分ほどですべての魔石を回収すると、隊商の護衛隊長が「追撃不要! 魔石を回収して持ち場に戻れ!」と叫んでいた。
俺が倒したコボルトはリーダーが一匹に雑魚が十一匹。銅級の若造が上げた戦果としては充分過ぎる数だ。ベルが言っていた能力だけなら銀級に匹敵するという言葉は間違っていなかったようだ。
持ち場に戻ろうとした時、隊商の責任者エイセルが手招きする。その横には護衛隊長がおり、俺のことを話していたようだ。
持ち場を離れたことで何か言われるのかと思い、警戒しながら近寄っていく。
「隊長から聞いたよ。今回はお手柄だったようだね」とエイセルが満面の笑みを浮かべて右手を差し出してきた。その右手を取ると、
「君のおかげで一輌の損失もなく切り抜けられたよ。まあ、御者が一人やられたんだが……」と僅かに表情を曇らす。
「あの数のコボルト相手に犠牲が僅か一人というのは奇跡ですよ」と隊長がいい、
「あの事前の警告は助かった。あれがなければ相当な被害が出ただろう」と言った。
エイセルはそれに頷く。
「しかし、遠目にしか見ていないが、君の腕は銅級の腕じゃないな。少なくとも銀級の実力はある。特にあの群れの長は下級の上位か中級の下位だ。うまく奇襲を掛けたとはいえ、一撃で倒せるのはうちでも数人しかおらん。どうだ、俺のところに来ないか? それだけの腕なら優遇するぞ」
隊長はそう言ってスカウトしてくる。しかし、今のところクランを含め、集団に属する気はない。
「ありがたいお言葉ですけど、ノイシュテッターでどこまでやれるのか試してみたいんです。本当にすみません」といって頭を下げておく。
「まあいい。それより今回のことで君には
何事もなかったように出発するが、一輌目の荷馬車がいたところには大きな血痕が残されていた。唯一の被害者の血痕だ。その血痕を見て高揚していた気分が一気に冷めていく。
ベルが事前に警告してくれたから心構えができた。もし、俺一人だったら今回のようにうまくはいかなかっただろう。運が悪ければ血溜りの主は俺になったかもしれないのだ。
今回の戦いを終え落ち着くと、いろいろと考えるべきことに気付く。
まず、情報の重要性だ。ベルに魔素が見えるから警戒は何とかなっているが、敵の戦力が分からないと危険だ。
今回は魔素の濃さからベルがコボルトらしいと判断してくれたから敵の強さが何となく分かったが、レオンハルトの経験はそれほど多いわけじゃない。特定の魔獣を選択的に狙っていたから、彼が直接戦ったことがある魔獣は十種類ほどしかいないのだ。
ベルの判定基準は魔素の濃さだ。魔素が濃ければより強い魔獣であり、薄ければ弱い魔獣となる。種族が分かるのはレオンハルトが戦ったことがある魔獣だけだ。
つまり、初見の魔獣はどのような形態かまでは分からないのだ。今回のように戦った経験があれば記憶から判別してくれるが、初物の場合、獣型なのか虫型なのか幽体型なのかすら分からない。
更に移動していなければ、飛行型なのか地上型なのかすら分からないことになる。いることが分かるだけでも充分なアドバンテージだが、安全を考えればより多くの魔獣と邂逅しデータを蓄積していくことが望ましいだろう。
敵の能力についてベルが気付いたことが一つある。
それは魔素の濃さが薄くても比較的強い魔獣がいたということだ。
確かに同じコボルトでも動きの良いものと悪いものがいた。戦っている最中はパニクっているだけなんだろうと考えていたが、ベルは冷静に分析していた。
『同じ魔導器でも効率が違う気がするニャ』
「効率? 確かに
『おいらが見た感じパーセントオーダーじゃないニャ。ベテランの護衛が苦戦するようなコボルトもいたニャ。大体だけど五、六倍は違うと思うニャ』
「五、六倍? 効率とかっていうレベルじゃないな。どういうことなんだ?」と問うと申し訳なさそうに、『分からないニャ』と伝えてきた。
同じコボルトで五、六倍も違うということは二度目に戦う時に後れを取る可能性が出てくる。初めて戦った時に楽勝で勝てても、その相手がたまたま最弱クラスに属するものであった場合、次に戦う相手が逆に最強クラスだとすると、最悪返り討ちにあうことも考えられる。
「こういうことか? 例えば人間の場合、武術の心得のない人と試合をして勝てたとする。次に空手の有段者と対戦してボコボコに負ける。見た目も筋力もほとんど同じでも戦い方を知っているかどうかで強さは段違い。だから魔素の濃さだけで判断すると拙いかもしれないってことでいいか?」
俺の例えにベルはつぶらな瞳をぱちりと閉じ、
『例えが稚拙ニャ。でも、イメージとしては合っていると思うニャ』
軽く毒舌を入れられたがイメージは合っているらしい。
「だとすると拙いな。敵の平均的な強さと標準偏差が分かれば対処のしようもあるんだが、感覚だけでそれを掴むのは相当な経験が必要だな」
『その通りニャ。でも旦那なら解決する手段を思い付くと思うニャ。気長に行くニャ』
ベルに言われるまでもなく、思い浮かぶ物はある。
最もポピュラーなのがゲームやライトノベルなどで出てくる“鑑定”だろう。相手の能力を数値化できれば対策は立て易い。
ただ戦闘向きじゃないイメージが強く、戦闘中に敵の能力を知るといえば有名なコミック、竜の玉を探す物語で野菜の王子が使っていたスカ○ターだろう。しかし、あれは抑えられた力までは測定できなかったはずで、それ以上の性能のものが必要だ。
(再現するにしても、それ以前に魔導を習得しないと話にならないな。まずは一歩ずつ確実に行くか……)
俺の考えが聞こえたのか、ベルも「ミャー」と答えてくれた。
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