第六話「こんな町はもう嫌です。一旗揚げに都会に行きます」

 貸本屋にいってみたが、本の量も質も大したことがなく、この町の本では一般常識以上の情報は得られそうにない。


 翌日は貸本屋には行かず、再び森に入って訓練を行うつもりでいる。

 但し、森に行くのに魔獣を狩らないと不自然なため、狩人組合イェーガーツンフトでソロでも狩れそうな場所がないか確認しにいく。


 それが仇になった。

 普段なら午前中に狩人イェーガーたちがいることは少ないのだが、今日はなぜか人が多かった。聞き耳を立てていると安全宣言は出たもののキメラの情報が更新されていないか、出発前に確認に来ているらしい。


 そんなところに俺が入っていっても普段なら特に何も起きないのだが、小さな町であるため俺がいたクランが全滅したことが知れ渡っており、声を掛けてくるものが多かった。


 ほとんどがキメラの情報に関する話をするのだが、中には自分のクランへの勧誘や俺が得た金目当てで声を掛けてくる者も多かった。声を掛けられるのは面倒なのだが、邪険にするわけにもいかず愛想笑いを浮かべながら対応する。


 そんな中、ゲッツェの町で最も大きいクランのメンバーが声を掛けてきた。二十代前半くらいの若い男で値踏みするように俺を見た後、


「うちのクランに入りたいなら口を利いてやるぜ」と親切めかして言ってくるが、すぐに魂胆が透けてくる。


「口利き料は千マルクでどうだ? 懐具合はいいんだろ?」


 俺の金を狙っていることを隠そうともしない。


「今のところどこにもお世話になる気はないので」と断るが、しつこく絡んでくる。


「ソロじゃ、すぐに死んじまうぞ。折角拾った命なんだ、大事にしないとな。今回のことで小さなクランじゃヤバイって分かっただろ」


「すみません。さっきも言いましたけど、今はどこにも入る気はないので。それにそろそろ実家に戻ろうかと思っているんですよ」と答えるが、一向に離れない。


 いい加減鬱陶しいのだが、ここで揉め事を起こすわけにもいかず、仕方なく組合を出ていく。

 しかし、その男は組合の外まで追いかけてきて、「一度うちに来るだけでいいから」とキャッチセールスのように付きまとう。


(こいつは上の連中に命令されているな。俺をクランに引き込んで有り金を吸い上げようとしているんだろう……さて、どうやって振り切るかな。というより、この町から出て行った方が早いな……)


 元々この男のいるクランの評判は良くない。俺のような駆け出しの鉄級――昨日銅級になっているが――を引き込み、装備代という名目で金を貸し、利息で首が回らないようして酷使している。

 クランの上層部はその利息で豪遊しているらしいが、二十歳前後の若い連中はまともな食事すら摂れないほど困窮していたはずだ。


 俺は再び組合の建物に入り、受付に向かう。

 男も付いてくるが、それを無視して職員に話しかけた。


「支部を移動したいのですが、手続きの仕方を教えてください」


 そう言うと付きまとっていた男が「金を持ってトンズラか!」と大きな声を上げる。


 俺が無視していると、「仲間を捨てた卑怯者が金だけ持って逃げるのか!」と更に喚き掴みかかろうとしてきた。さすがに職員が止めに入るが、まだ侮蔑の言葉を叫び続けている。


(俺が暴発して殴りかかるのを待っているみたいだな。詐欺師というよりチンピラだ。俺のことだと思っていないから冷静に対応できるが、もし本当に自分が当事者だったら間違いなく切れていたな……それにしてもこの町のクランの質は酷い……)


 まだ喚き続けていたため、さすがに職員も鬱陶しくなったのか、「これ以上騒ぐなら、降格処分にするぞ。もちろん、クランへの罰金も課す」と凄みを利かせる。


 チンピラはこれ以上やっても無駄だと思ったのか、「臆病者が!」と捨て台詞を吐いて立ち去った。


「酷い連中ですね」と職員に言うと、バツの悪そうな顔で頷く。


「ここはノイシュテッターの街に近いだろう。だから優秀な奴はみんな街に行ってしまうんだ。つまり残っている奴は駆け出しか屑だけだ」


 俺が頷くと自嘲気味に話を続ける。


「屑でも魔獣を狩るには必要なんだ。ここらなら奴らでも狩れる小物しか出ないからな。出て行く君にいう言葉じゃないが、優秀な連中に少しでも残って欲しいんだが、ああやって優秀な奴を追い出しちまう。組合としてももう少し何とかしたいんだが、規約があってな……」


 狩人組合は個別のクランに口を出せない。というより権限がないのだ。

 今回のように組合の建物の中で犯罪行為や迷惑行為が行われた場合は別だが、組合に警察権はなく、狩人を勝手に処分できない。


 狩人組合は大陸全土に広がる巨大な組織であり、狩人は優秀な兵士でもある。そして、狩人組合は商人ギルドヘンドラーツンフトによって統一組織となったことから、財力と暴力を同系列の組織に管理させることに、各国政府が強い懸念を抱いた。


 このため、狩人組合には報奨金の支払いや狩人への融資などを行う程度の権限しか与えず、狩人たちを統率しないように制限を加えられている。


 狩人の犯罪行為に対し、各国の治安組織が対応に当たるのだが、魔獣という危険な存在を排除する狩人に対し及び腰になることが多い。


 狩人を集めやすい都会では厳しい取締りが行われるのだが、逆に田舎では彼らを安易に処分してしまうとその地域に魔獣が蔓延ることになるため、少々のことは大目に見てしまう。


 もちろん、住民に対して明らかな犯罪行為が行われた場合は田舎であっても厳しい処分が下されるが、狩人同士の場合、暴力団の構成員同士の抗争のように考えられ、堅気である住民に被害さえ出なければ問題にされないことが多い。


(こう考えるとクランは“組”だな。事情を知っている若い連中が積極的に入りたいと思わないのもよく分かる……)


 レオンハルトも職業軍人の家に育っているため、クランについてある程度知識があり、フランクたちと新しいクランを立ち上げている。


 厄介なことだと思いながらも支部移転の手続きを行っていく。

 支部の移転は組合が持つ台帳の情報の移動も必要になることから、組合に煩雑な事務手続きが発生する。このため、支部の移転には一定の手数料を支払う必要がある。


 この手数料だが、ゲッツェのような田舎から出て行くには数千マルク、つまり数十万円必要になる。


 しかし、ノイシュテッターのような都会から田舎に移る場合には無料であることが多い。

 これは狩人の流動性を組合が制御コントロールしようとしているためで、より少ない場所にはできる限り縛り付け、より多い場所からはできる限り容易に移動できるようにしているのだ。


 この処置も先ほど見たクランの腐敗の温床だ。クランに収入を抑えられ、更に借金漬けにされた若者に移動の手数料は支払えない。結局、田舎のクランで伸し上がっていくしかない。


 ノイシュテッターへの移転の手続きを行い、手数料も支払っておく。手数料は三千マルクで結構な金額だが、元々移動する気だったため気にならない。


 組合員手帳の記載も“移動中”に書き換えてもらい、これで離任の手続きは完了した。後はノイシュテッターに到着してから着任の手続きを行うと移転は完了する。

 ちなみにノイシュテッター側の台帳が書き換えられるまでは仮台帳が作られ、それで管理するため、狩人側にペナルティはない。


 狩人イェーガーとしての手続きは終わったが、それですぐに移動できるわけではない。まあ、これは日本でも同じだろう。引越しの手続きや移動手段の確保などやることはいくらでもある。


 一旦下宿に戻るつもりだが、まだあのチンピラが残っていると面倒だと思い、裏口を使わせてもらって外に出る。更に時間を潰してから下宿に戻っていく。幸い、あの男は諦めたようで下宿近くにもいなかった。


 今日一日、部屋に閉じ込められていた形のベルに『退屈だったニャ』と文句を言われるが、事情を説明すると同情してくれた。


『それは大変だったニャ。旦那の考え通り、さっさとこの町を出た方がいいニャ』


 その後、ベルとノイシュテッターへの移動手段について相談していく。ノイシュテッターまでは街道を八十キロメートル移動しなければならない。


 ここゲッツェは海沿いにある町で港もあるのだが、航路が整備されておらず、海路を選択した場合、いつ来るか分からない船を待ち続けることになる。


 今回使う街道だが、南部の主要都市ノイシュテッターと北部にある首都ゲドゥルトを結ぶ主要街道であるため、比較的整備されている。


 といっても、魔獣が多く棲む魔窟ベスティエネストフォルタージュンゲルの密林の中を通るため、魔獣による襲撃は頻繁に起きている。


 そのため、商人たちは護衛を雇っており、その商人たちに混じって行動するのが最も安全な移動方法と言われている。このゲッツェの町は宿場町でもあるので商人たちの隊商キャラバンを見つけることはそれほど難しくない。


 隊商以外では乗合馬車というものもあるが、運賃が高い割に護衛が少なくさほど安全ではない。狩人のように自衛手段を持つ者なら、隊商に護衛として潜り込んでいく方が安全だし安く済む。


「ここからだと二泊三日で行けるとはいえ、やっぱり隊商に混じっていくのが一番安全だよな」


『それが一番安全だニャ。でも、その前にこの部屋を引き払わないといけないニャ。手続きだけ済ませておいて、いいタイミングで入れてくれる隊商が来てくれたらいいんだけどニャ……』


 商人たちのすべてが狩人を護衛として雇ってくれるわけではない。狩人のことをならず者と思っている商人もおり、同行を許可しない可能性もある。


 一方、下宿を引き払う場合は月払いとはいえ、事前に管理人による退去の確認がいる。この辺りは日本の不動産屋での手続きとあまり変わらない。


 このため、隊商に潜り込めなければ宿を取る必要があり、一日二日なら大したコストではないが、何日も宿泊するとなると結構な負担となる。


 今のところ、二万マルク、日本円で二百万円近く持っているから、それほど心配することはないかもしれないが、初めての土地に一人で行くことになるから万全を期したい。


 結局、明日下宿を引き払うことにした。やることは荷物になる寝具や小物類を売り払うことと、管理人のチェック程度なのですぐに終了するはずだ。


 翌日、不要になる物を雑貨屋などに売りに行く。

 最終的に残った荷物は必要最小限の着替えと野営用の食器や小鍋、火打石と携行用の保存食だけとなり、背負袋と大き目の布袋一つで収まった。


 荷物の整理を終えると管理人に引き払うことを伝え、確認してもらうが特に追加の補修費を請求されることなく無事に引き払えた。

 ふと日本での生活を思い出した。


(就職する時に日本でも同じことやったな……しかし、今頃向こうはどうなっているんだろう。俺が突然消えて大騒ぎになっているんだろうか? 家族はどう思っているんだろう。あいつは……)


 感傷に耽っているが、自分の記憶が曖昧なことに気付く。両親や婚約者の顔をはっきりと思い出せないのだ。他にも自分がどうやって会社に通い、何をしていたのかがぼんやりとは思いだせるが、ピントが合っていない映像のようにぼやけている。


「記憶が曖昧なんだが、お前が持っている俺の記憶は大丈夫なのか?」とベルに問うと、


『おいらの記憶は大丈夫ニャ。いろいろありすぎて疲れているニャ。落ち着いたらきっと思い出せるニャ』とベルがそう慰めてくれるが、何となく不安が消えなかった。


 町役場に近い商業地区に行き宿を探す。まだ夕方というには早い時間であり、空いているところが多く、無事に部屋を確保することができた。


 ベルと一緒に泊まれるか不安だったが、女将と交渉すると意外とあっさり認められた。これはベルが媚を売ったからだが、その後は女将に散々に撫で回されたためか不機嫌になっていた。


『おばちゃんに撫でられるのは、これっきりにしてほしいニャ! しつこすぎるニャ!……』


 不機嫌なベルを宥めながら、商人ギルドヘンドラーツンフト支部に行き、隊商に同行するための手続きを確認する。レオンハルトがこの町に来た時は運よく知り合いの商人に同行を許されたため、やり方がよく分かっていないのだ。


 ギルド職員に聞いてみるが、「あなたの歳で銅級なら多分大丈夫ですよ」と笑顔で言われる。理由を聞いてみると、


「この町では満足できなくって都会に進出するんですよね。ここで燻っているような狩人イェーガーは嫌われていますけど、優秀でやる気のある狩人は歓迎されますよ。もちろん護衛の報酬は無しという条件ですけど」


 商人たちもコストが掛からないなら護衛が増える方がいい。

 仮に実力がない鉄級であっても頭数が増えればリスクは下がる。通常は素行に問題さえなければ採用してくれるらしい。

 協調性のない者は別だが、ある程度の実力があるなら、どの隊商でも歓迎されるだろうとのことだ。


 夕方になり商人たちが次々とギルドにやってくる。町に入っても特に手続きは必要ないが、情報を得るためにやってくるのだ。

 どの商人に声を掛けるか悩んでいた。商人を見極める術を知らず、何人もの商人に声を掛けそびれていた。


 気合を入れて一人の商人に声を掛ける。その男はこの中では比較的若く、三十代前半に見えるが、会話を聞く限り責任者のようだった。


「レオンハルト・ケンプフェルトと言います。銅級の狩人ですが、ノイシュテッターまで護衛として同行させていただくことはできないでしょうか」


 組合員証を見せながら、誠実に見えるようできる限り言葉遣いに注意し、真剣な表情を作る。


 商人は俺を見つめ、僅かに沈黙した後に、「狩人にしては丁寧な言葉遣いだね」と笑みを浮かべて言い、「君なら問題ないだろう」と右手を差し出してきた。


 商人の名はエイセルといい、十輌の荷馬車を持っているらしい。

 二、三輌しか荷馬車を持たない商人が多い中、思った以上に大店おおだなの商人だった。


 大量に輸送する場合は海上輸送の方が有利だが、航海術が発達していないためか、風向きによっては何日も途中の港で足止めを食らうし、最悪の場合、嵐にあって難破することも少なくない。


 このため、安価で嵩張る食糧や建材以外は荷馬車を使うことが多い。当然、荷は比較的少量になるため、十輌もの荷馬車を使う商人は大手ということになるのだ。


 護衛の契約は非常に簡単で、宿泊費を含め経費は一切自分持ち。護衛の報酬はないが、魔獣や盗賊が出てきた場合はボーナスを出すというもので契約書に問題はなさそうだった。

 

 契約書にサインした後、護衛の責任者と顔合わせし、翌日の段取りを確認した。

 責任者も真面目そうな人物で問題なく、明日出発できることに安堵していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る