第五話「本を読もう! 情報は重要です。無いと始まりません」

 日が傾くまで魔導マギの練習を行い、ゲッツェの町に戻っていく。


 一日にしては充分な成果が得られ満足している。下宿に戻ると、一人で食事に行く。ベルは食べる必要がないとのことで留守番だ。正確にいうと食べることは可能だが必須ではなく、大して美味くない食事をわざわざ食べに行きたくないということだ。


 このネコは俺と記憶を共有しているから無駄に美食家グルマンで、俺が何か食べたいかと聞いたら、『ドーバー産の舌平目ドーバーソールのムニエル。クラシックなシャンパンソースのものが食べたいニャ』と伝えてきた後、舌で自分の鼻をぺろりと舐め、『大間のマグロの背トロ、閖上ゆりあげの赤貝、星カレイの寿司でもいいニャ』とのたまってくれた。


 返す言葉を失う。


(確かに俺も食いたいよ。こんな状況じゃなきゃ……)


 そんなことを考えながら、一人で薄暗い町に出ていった。

 目的地は狩人組合イェーガーツンフト近くの食堂ではなく、組合からは少し離れた役場近くの食堂だ。


 大した理由はない。単に他の狩人イェーガーたちに会いたくないというだけだ。会えば先日のように金をせびられるし、嫌味も言われるだろう。


 俺が原因でもなく責任もないことで、わざわざ嫌な思いをする必要はない。明日、キメラの情報に関する特別報酬をもらったら可能な限り早急にこの町を出るつもりでいる。それなら、無理に人付き合いをする必要はない。


 元々なのか、それともキメラ騒動で滞っていた流通が元に戻ったためかは分からないが、役場近くの食堂は結構繁盛していた。

 商人らしき中年男性が主だが、若い男女も結構いる。


 ここに来るつもりだったため、一見しただけでは狩人と分からないように服装を変えている。といっても持っている服はそれほど多くないため、比較的明るい色のものに変えただけだ。


 そのお陰もあってか、カウンターに座っても俺が狩人だと気付く者はいなかった。別に狩人が差別されているということはないのだが、一般市民と狩人は一線を画して生活しており、互いの生活圏に入ることはあまり歓迎されない。


 これは狩人に気の荒い者が多くトラブルになり易いからだと思う。また、俺のような流れ者も多く、住民に知り合いがいないことも異質な感じを与えるのだろう。


 静かに夕食を食べるが、組合近くの食堂よりマシなものの、豚肉らしき物に塩を振って焼いただけのものやキャベツらしき野菜に干し肉のようなベーコンらしきものを煮込んだだけのスープなど、飽食の国ニッポンで美食を趣味と公言していた男にとって、とても満足できるものではない。


 異世界トリップものの定番である食の改善ができるほどの技術を持っていればよかったのだが、所詮、俺は食べる側であって作る側ではなかった。


(しかし日本のファミレスがいかに上手く作っていたかがよく分かる。日本にいる頃にはあまり行かなかったが、ここにファミレスの料理があったら涙を流しそうだ……)


 食事を食べながら一杯だけ酒を頼む。麦酒は温くて不味かったため、赤葡萄酒を頼んだ。

 赤葡萄酒が注がれた木製のボウルのようなカップが置かれる。一口飲むがやや温いものの麦酒より遥かにマシだった。


(ドイツ語圏みたいなんだが、ビールが美味くない。別に因果関係はないんだが、納得できないところだな。この辺りの温暖な気候が原因かもしれないな……)


 ここグランツフート共和国は大陸南部にある。熱帯気候のようなスコールが降ることはなく、イメージ的には地中海気候の降水量を増やした感じだろうか。


 その温暖な気候のおかげか、赤ワインはまだマシだった。ろ過と温度管理がいい加減なためか、饐えた臭いと強い酸味を感じるが、黒葡萄独特のコクと香りがあり、金を出せば美味いワインが見つかりそうだと思わせてくれた。


 夕食は肉料理がメインだったため十五マルクもした。ここゲッツェは海に面しているため魚料理は比較的安いが、処理がいい加減なため生臭さが残ったものが多い。そのため、割高な肉料理を選択したのだ。


 飲み物の方は思ったより安かった。赤葡萄酒は水代わりなのか三百ミリリットルは入りそうなカップが一杯二マルクしかしなかった。


 食堂の従業員以外とは口を利かずに食事を終える。外に出るとすっかり暗くなっており、夜風が涼しい。この世界に来て初めてのんびりとした気分を味わった気がする。そんなことを感じながら下宿に戻っていった。


 翌日、組合に顔を出した。ここにもベルは連れていかない。本当は知識を吸収させるためにできる限り情報に接しさせたいのだが、駆け出しの狩人がペットを連れているのは不自然すぎるし、絡まれる原因になりかねない。


 ロビーにある受付で用件を話すとすぐに責任者が現れ、別室に連れていかれる。

 さすがに組合長が現れることはなったが、壮年の男性が革袋を持って現れた。


キメラシメーレの情報の特別報酬、大金貨十枚だ」


 そう言って革袋を俺の前に置く。大金貨は五百マルク硬貨であり、総額五千マルク、五十万円だ。


 俺にとってはもらえるだけ助かるのでごねる気はないが、ここで何も言わないのは逆に異常に見える。


 そのため、「災害級の情報ならもう少し高くてもいいのではないですか」と一応言ってみた。職員は小さく頷くが、言葉では否定していた。


「本来なら一万マルクでも安いほうだろうな」


「それなら……」と食い下がろうとしたが、


「今回の情報は確かに正しかった。しかしだ。この町や近隣に影響が出るような情報でもなかった。実際キメラシメーレがいたのは間違いないが、お前以外に見た者がいない。それが割り引かれた理由だ」


 これ以上ごねても仕方がないと受け取りにサインする。しかし、職員は立ち上がろうとしない。


「報酬はもう一つある」といい、「組合員証と手帳を出してくれんか」と言ってきた。

 不思議に思いながらも組合員証と手帳を取り出す。


「鉄級から銅級に昇格だ。キメラシメーレから逃げ切れた実力を評価し、特別報酬を討伐実績にカウントした。これで昇格に必要な五万マルクに達したはずだ」


 狩人組合の昇級は討伐の実績で決まる。銅級には討伐実績が五万マルクに達すればなれる。ちなみに、銀級は三十万マルク、金級は百万マルクの討伐実績が必要になる。


(あと二、三ヶ月は掛かるって話していたな。鉄級の月収は多くて二千くらいか。武器や防具に掛かる経費もいるし、共同生活でもないと確かにやっていけないな……)


 すっかり忘れていたが、狩人になって二年、その間に得た報酬は四万六千マルクを越えており、今回の五千を加えれば五万マルクを超える。


 本来、狩人の実力を示す等級であるため、情報提供による特別報酬は基本的にはカウントされない。

 特別報酬は組合や国から防衛、偵察、伝令などの依頼を受けた場合に戦闘の有無に関係なく支払われるためだ。


 もちろん、これらの依頼を受けた場合でも戦闘が発生すればカウントされるし、魔獣を討伐すれば討伐報酬も出る。当然それらの報酬は昇級の算定基礎となる。


 今回の情報に対する特別報酬は依頼を受けたわけでもなく、偶然得た情報を持ち帰っただけであるため、本来であれば昇級算定の対象とならない案件だ。しかし今回は鉄級の駆け出しが災害級の魔獣から逃げ、無事に情報を持ち帰ったことが評価されたようだ。


「手続きは今やってしまう。少しここで待っていてくれ」


 職員はそう言うと組合員手帳に特別報酬の額や昇級の日付を書き込んでいく。手帳に記載した後は持ってきた分厚い台帳から俺のページを開き、同様に情報を書き込んでいった。


 両方に書き込みを入れると、「これが新しい組合員証だ」と言って赤銅色に輝く真新しい犬札フントマルケンを差し出した。


「組合長の承認をもらってくる。もう少しだけ待っていてくれ」と言って部屋を出ていった。


 狩人組合は大陸全土に広がるネットワークを持っているが、情報通信網などという便利なものはなく、それに代わる魔導具もないため、手帳と台帳という方法で管理を行っている。

 台帳の写しは年に二度ほど本部に送られ不正が行われないようにしているらしいが、詳しいことは知らない。


 手帳は狩人本人が持っているため、不正を行おうと思えばできないこともない。支部を頻繁に変え、手帳に不正を行えば昇級が可能になる。


 銅はもちろん、銀でも大した特権はないが、金以上の狩人は貴重であり、国家や有力者たちが税金の減免や住居の斡旋などの優遇措置を条件に移住を促すことがある。


 魔獣の暴走時に活用するためだが、暴走自体はそれほど頻繁に起きないため、昔は偽造する狩人が多くいたらしい。

 そのため、狩人組合は膨大な事務手続きと引き換えに不正防止の手段として台帳と手帳の制度を作った。


 あくまで噂だが、手帳に記入するインクにも特殊な処理がされており、狩人が勝手に修正や書き加えを行っても簡単に見つけられるらしい。

 このことは狩人たちの間でしばしば議論になるが、真偽の程は分かっていない。


 十分ほど待っていると職員が戻り、「これで正式に銅級だ。おめでとう」と言って右手を差し出してきた。俺は慌てて「ありがとうございます」と頭を下げながら、その手を取った。


 別室から出ていくと既にロビーには人の姿はなく安堵する。懐には五十万円分の金を持っており、たかられる可能性があったからだ。


 人に会うリスクを下げるため、遅い時間に組合に来たことから、既に正午近くになっていた。今から外に出るには時間がなさ過ぎるので、今日は貸本屋に行く予定にしていた。


 立ち食いの屋台で簡単な昼食を食べ、下宿でベルを拾ってから繁華街に向かう。繁華街と言っても昨夜行った食堂近くのことだ。


 大通りから一本入った路地だが、予め場所を聞いていたため、貸本屋はすぐに見つかった。

 店の中に入るとカウンターがあり、五十歳くらいの男性が椅子に座っていた。


「どんな本がありますか?」と聞くと、「どんな本が読みたいんだ」と胡散臭そうな目付きで聞き返される。俺のような若造が本を借りに来ること自体ほとんどないのだろう。


 魔導か魔獣に関する本が読みたいというと更に警戒を強める。


「魔導の本なんぞ読んでどうする? 塔にでも入るつもりか?」と言ってくるが、それはあり得ないため笑いながら、「そんなわけないでしょう」と答える。


「魔導使いと一緒に仕事をするかもしれないんで、予備知識に少し勉強しておこうと思っているだけです。もちろん、金は持っていますよ」と言って金貨の入った革袋を懐から出す。


 金を持っているという言葉で警戒が緩み、「店の中で見るなら砂時計一回分で十マルク、持ち出すなら保証金千マルクと一日百マルクだ」と料金を説明してきた。砂時計は大型の物でおよそ三十分ほどだそうだ。


 午後一杯はここで本を読むつもりでいたため、店内で借りることにする。ベルの姿を見て、「ネコが粗相をしたら困る」と言って外に出すよう言ってきたので、保証金を渡すことでベルを連れ込むことを許された。


 ベルは不機嫌そうにミャーと鳴きながら、『失礼な奴ニャ』と念話で伝えてくる。それを宥めながら、魔導に関する本を借りた。


 その本は“魔導全書”という大仰なタイトルの割に百ページにも満たない冊子のような本だった。内容は魔導の基本的な事項と大陸にある三つの塔の概要が記載されていた。


 基本事項についてはレオンハルトの知識とそれほど相違がなく、あまり役に立たなかった。塔の概要については新たな知識を得ることができたが、役に立つかは微妙な情報だった。


 塔はそれぞれ、“叡智の守護者ヴァイスヴァッヘ”、“真理の探究者ヴァールズーハー”、“神霊の末裔エオンナーハ”という名で、独自の行動原理によって活動している。


 叡智の守護者ヴァイスヴァッヘは北の古国グライフトゥルム王国のヴォルケ山地に塔がある。三つの塔で最古の歴史を誇り優秀な魔導師が多いと言われているが、世俗との接触がほとんどなく謎が多い。


 真理の探究者ヴァールズーハーは東の島、オストインゼルのガオナァハイム山地に塔があり、魔導師の能力を高めることを目的に積極的に研究を進めている。このため、魔導具の買い上げや新たな才能を求め、大都市には必ず出先機関がある。この近くではここから南東にあるノイシュテッターという街に支部があり、レオンハルトも存在を知っていた。


 神霊の末裔エオンナーハは北の大国ゾルダート帝国のツィーゲホルン山脈に塔を持っている。自らをヘルシャーの末裔と称しており、西の宗教国家レヒト法国と対立している。


 このエオンナーハはレオンハルトも知っている有名な組織だが、その理由はこの組織には“ナハト”という名の凄腕の暗殺者集団を配下に持っているという噂があるからだ。

 言うことを聞かない子供に「ナハトが攫いにくるよ」という台詞が定番で、そのため誰もが知っている。


(接触するなら真理の探求者ヴァールズーハーなんだが、レオンハルトの記憶を見る限り胡散臭い感じがするんだよな。まあ、神霊の末裔エオンナーハに比べればマシなんだが……)


 その後、魔獣に関する本を借りるが、これもレオンハルトの記憶を補完する程度のものだった。


 魔獣ウンティーア魔素溜プノイマ・プファールにより生み出されたモンスターで、具現界ソーマの生き物を憎み、破壊をもたらす存在と書かれていた。実際、魔獣は攻撃的であり、人を見れば必ず襲ってくる。


 魔獣を倒すと魔石マギエルツと呼ばれる宝石を残す。この魔石の大きさにより、災厄級、天災級、災害級、準災害級、上級、中級、下級にランク分けされる。


 各ランクの概要だが、災厄級は魔竜や魔神など国家が壊滅するレベルで騎士団ですら対応が難しいといわれており、神話にしか出てこないクラスだ。


 天災級は三つ首魔犬ケルベロス巨人ギガントなど王都クラスの大都市が壊滅するレベルで実際に歴史に登場している。数百年前にも一度巨人が現れているらしい。


 災害級は俺が出会った合成獣キメラ死霊魔導師リッチなど町や村が全滅するレベルで、魔窟ベスティエネスト近くでは比較的頻繁に目撃される魔獣だ。


 準災害級は多首蛇ヒドラなど大きな被害をもたらすレベルで金級の優秀なクランが対応する。上級はオーガやトロルなどの大型の鬼や吸血鬼ヴァンパイアなど、中級は鎧熊や狂虎など獣系や大型の昆虫系など、下級はゴブリンやコボルト、小型の獣系などで、ゲッツェの町の狩人が狩っているのが、この下級の魔獣になる。


 同じ魔獣でも魔窟に近い場所、すなわち魔素が濃い場所にいる魔獣はランクが高くなるため、見た目で判断すると死に繋がると警告が書いてあった。


 次に地理に関する本だが、これが一番役に立った。

 地図が載っており、このエンデラント大陸がどのような場所なのかようやく理解できた。


 俺がいる場所が中央南部のグランツフート共和国だ。その最も南にノイシュテッターがあり、地図には出ていないが、その西にゲッツェの町がある。


 不思議なのは地球と同じ自転周期と公転周期で、月まであるのに地形が全く違うことだ。これは神話にある話だが、人々が魔導を使って神々に挑戦したため、エンデラント以外の土地が沈められ、この土地しか残っていないらしい。


 この大陸にある国だが、ここグランツフート共和国の西に宗教国家レヒト法国がある。グランツフートはこのレヒト法国から独立した国家だが、宗教指導者たちの腐敗が原因だったらしい。


 このため両国の関係は悪く、独立戦争後も何度も大きな会戦が行われている。但し、現在ではグランツフートが大陸公路の中継点であることから、レヒト側も自国の利益を考えて独立を認め、最低限の国交は行われている。


 東側にはシュッツェハーゲン王国があるが、この国は大きな山脈や荒野によって隔てられていることから関係は悪くない。シュッツェハーゲンは豊富な鉱物資源と広大な沃野を持つ強国だ。


 北方は二つの国と接触している。

 一つは北西側のグライフトゥルム王国。この国はグランツフートが独立する際に支援した国家であることから、良好な関係が築かれている。また、エンデラント大陸最古の国であるため文化的に発展しており、留学先としても人気がある。


 北東にあるのがゾルダート帝国。ゾルダートは新興国家であるがエンデラント最強の国だ。元々傭兵団が興した国家であるため武断的な傾向が強く、周辺国家に食指を伸ばしている。


 近年、歴史がある王国が滅び、その結果グランツフートと国境を接するようになった。グランツフートがレヒト法国以上に警戒する国でもある。現在ではグライフトゥルムと同盟を結び、共同で帝国の侵攻を防いでいる。


 大陸の東にオストインゼル公国という島国がある。ゾルダート帝国に朝貢して独立が認められている小国だ。

 情報があまりないため確かなことは分からないが、独自の文化を築き、東方系の武術の発祥の地でもある。レオンハルトが学んだ四元流もオストインゼルから広まった流派らしい。


 最後に神話に関する本を読んでみる。これは意外に分厚い本で一般的な神話について詳細に記載されていた。ここでいう神話だが、今いる国であるグランツフート共和国で一般的に知られているもののことだ。


 この国というか大陸で一番信じられている宗教が四聖獣フィーア教と呼ばれる多神教だ。四聖獣とは聖竜ドラッヘ不死鳥フェニックス鷲獅子グライフ神狼フェンリルのことで神の使いとして信仰されている。


 ヘルシャーは実在しているか分からないが、四聖獣は実際に存在している。近いところでは東の国境に当たるシュタークホルスト山地にあるナーデルベルク山に不死鳥が生息しており、何度も目撃されている。


 四聖獣は神の使いと言われているが、彼らの方から人間に積極的に関与することはなく、具体的なご利益があるわけではない。

 一応、聖竜が水、不死鳥が火、鷲獅子が風、神狼が土を表しているため、それぞれに関係する人たちが敬っているだけだ。何となくだが、日本の神社に近い気がしている。



 神話は地球でもよく見られる独創性のない話だった。

 遥か遠い昔、この世界には何もなかった。精霊たちの世界から神々が降臨し、アンファングと呼ばれる、この世界を作った。


 神々は海を作り、大地を作った。大地には山や森、川などを作り、命を生み出していった。神々は大地を管理する“メンシュ”を作った。深い森や山を管理するため、森人エルフェ獣人セリアンスロープを作り、更に小人ツヴェルクたちを作って人々に道具を与えた。


 人々は長きにわたり平和に暮らしていたが、メンシュの一部が神々の力を手に入れてしまった。


 精霊たちの世界、すなわち魔象界から力を導く技、“魔導マギ”を手に入れたのだ。力を手に入れた人は自らが神になろうと神々に挑んだ。その高慢な行いに神々は怒り、人々に制裁を加えた。


 神々はエンデラント、最後の地と呼ばれるこの大陸以外を滅ぼし、海に沈めた。そして、元凶となった魔導を人々から奪い、更に魔導以外の知識も奪った。


 人々に失望した神々は、この世界から去った。


 しかし、唯一残った神がいた。

 その神は管理者ヘルシャーと呼ばれ、エンデラントの地を守っていた神だった。


 ヘルシャーは自らの目が届くよう、四つの聖獣を作り、彼らに世界の管理を代行させる。また、助言者ベラーターを作り、人々が同じ過ちを繰り返さないように指導させた。


 それでも人々は再び増長した。ベラーターの言葉に耳を貸さなくなり、普人メンシュ族同士で争うだけでなく、平和に暮らす森人や獣人たちを殺し始める。


 ヘルシャーはその行いに失望し、長い眠りについた。

 普人族は唯一の神ヘルシャーがいなくなったことで、自分たちの過ちに気付いた。そして、統一歴元年に融和を謳った平和な国が生まれた。


 その国はフリーデンと呼ばれ、平等で安全な理想郷だった。フリーデンは度量衡や通貨を統一し、更に農業や商業を発達させる。


 しかし、フリーデンは突如として滅びた。

 神々の力を手に入れようとする“オルクス”と呼ばれる者たちが平和を厭い、争いの種を撒き散らしたのだ。


 オルクスは魔導を再び人々に与えた。人々は分不相応な力を手に入れ、再び驕り高ぶった。その結果、平和な国が僅か十数年で滅んでしまった。


 ヘルシャーに管理を任された聖獣たちはこの状況を看過しえず警告を行ったが、一度悪に手を染めた人々は聖獣たちの言葉に耳を貸さなかった。


 聖獣たちは仕方なくオルクスたちを倒した。その後、四聖獣は人に干渉することを今まで以上に控えるようになった。人は一度手に入れた力を自ら捨てることはなく、どのように言葉を尽くそうとも無意味だと悟ったのだ。


 そして、人々が暴走するまでは極力干渉しない方針を取ることにし、各地に篭ることになった。



 というのが、神話の概要だ。ヘルシャーと呼ばれる神が復活し乱れた世を救うとか、フリーデンという国がいかに素晴らしい国だったかとか、神々の制裁がどれほど凄かったかなどの記載はあるが、その辺りは地球にある神話と大して変わらない。


 この神話から分かったことは、現在の魔導は制限されたものだが、本来は神々が恐れるほどの力を持っているということだ。この力を使えば日本に帰ることができるかもしれない。


 こう考えると魔導師の塔に接触して魔導を極めるという選択肢もありえると思えてくる。


 この国ではほとんどというか全く信仰されていない宗教が、隣のレヒト法国で信仰されているトゥテラリィ教だ。

 この宗派は守護神トゥテラリィであるヘルシャーを絶対の神としている一神教であり、ヘルシャーの復活の際に救済してもらおうという教えらしい。


 四聖獣は聖霊若しくは天使として扱われているため、フィーア教と直接対立するわけではない。レヒト法国ではトゥテラリィ教会が大きな権力を握り、厳しい戒律で人々を支配している。

 この国でトゥテラリィ教が信仰されていないのは、独立の原因がこの宗教だったからだ。


 一神教の宗教国家の宿命なのだろうが、人々を導くはずの教会が腐敗し、聖職者が特権階級として民衆から搾取した。

 単なる搾取なら他の国でもあったのだろうが、勝手に税を作り私腹を肥やすだけでなく、異端審問などで脅迫して財産や若い女性を奪うなどやりたい放題だったため、民衆が反乱を起こしてグランツフート共和国ができたのだ。

 このため、グランツフート共和国ではトゥテラリィ教の布教は禁じられている。


 これらの本を読んだところで日が傾いてきた。

 知っていることと知らなかったことを頭の中で整理しながら下宿に戻る。


「今日読んだ本は全部覚えたか?」と軽い気持ちでベルに聞くと、


『当たり前ニャ。おいらの記憶はいろんなネットワークに格納ストレージするから、ほぼ無限ニャ』と自慢げに答える。


 この異世界のネコはどこかのネットワークに繋がっているらしい。

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