第2話 理由

「あれ?」


 井上は、自分がなぜげらげら笑っていたのか忘れ、


「なんで俺笑ってたかね?」

「大丈夫か」


 俺も白々しい。


「いつもの思い付きが降って来たようだが、説明は半ばだった」

「そうかあ。さっきまでは盛り上がってたのに、忘れちまってさ。度忘れって、こんなのもあるのか。

 何を五秒だけ消すんだ? っつう話な」

「聞けずに残念だ」


 本当に白々しいな、俺は。


「いい思い付きなら、また思い出すか、思い付くんじゃねえか」

「そうか。そうだな。

 アイス食わねえ?」


 アイス食わねえ? とか、小学生か。


 * *


 だが、五分後、キャンパス内のベンチでチョコレートのアイスを食っていたのは俺一人だったのだ。

 誘ってきたのは井上なのに、釈然としねえ。


「また、みたいね。ふふ」


 低音の妙に甘い声で女が話しかけてきた。

 名前は柏木葵。ここの大学院生というのだが。


「井上さんて、もてるのねえ」


 学生会館にあるアイスの自販機前に井上の姿が現われた瞬間、女子が集まって来て、気が付いたら俺はひとり取り残されていたのだった。


「何に由来するモテなのか、いまだつかめない」

「ふふふ。でもわたし、今日はあなたに用がある」


 そして柏木葵は俺の隣に座り、


「さっき、『使った』わね。読まなくてもわかる」


 何を、と、とぼけることも俺はしない。

 この女は、他人の精神活動を読み取るからだ。


「まあ、あまりの天然ぶりに、一瞬耐えきれなくなり、というところ」


 何も知らないはずの井上に図星を指された気が、あのときした。

 だが、井上はあれを意図的に展開したのだろうか。


「ご協力ありがとう。先日から、私たち機構が抱えていた課題でもあったの。少しだけ見えたわ」

「協力した覚えはないな」


 

 この女は少し前に勝手に俺の精神活動を読み取って、この役にも立たない能力を理由に、その某機構へ強引に俺を連れ出したのだ。

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