五秒ではどうにも
倉沢トモエ
第1話 五秒
井上とは取っている授業がたまたま同じで、俺もあいつもギリギリに滑り込んで前の席に座る羽目になるという、特に嬉しいことではない条件で隣になることが多かったもので。
つるむのはなぜか、と聞かれても、それだけのことだ。
「井上、邪魔くさくないすか?」
大学入学以来、各方面から多くのこのような声をいただいて、数カ月。再来週からは試験期間、来月は夏季休暇というこの頃。
「まあ、それはわからんでもないけど」
俺自身は、それほど邪魔とは思っていない。
「そうすかね。間が悪くてイラついたりしないすか」
「ああ。それはある」
《井上思い付き》と俺がひそかに呼んでいる現象がある。
何ということはなくて、井上は突然何かを思いつくと話さずにいられないたちらしいのだ。
それだけならいいのだが、大抵、あー! と、急に声を上げるからうるさいといったらない。
「あー!! ねえねえねえ、狭間ちゃん狭間ちゃん、いやいやいや、思いついたんだけどさ、」
誰が狭間ちゃんだ。
そして井上の思いつきは、いつもろくなものじゃない。
「あれだよ、あれあれ」
あれ、ってなんだ。
「今、さっき出る時に鍵かけたっけ? て気分になってあせったんだけど、」
「うん」
よくあることだ。
「鍵をかけるのに要する時間って、五秒ないじゃない」
「ないな」
「もしもさ、もしもだけど、」
唐突に場所もわきまえず、なにかひらめくと、話さずにいられないようなのだ。
話に熱が入ってくると、さらにろくなことにならない。
「俺が、誰かの記憶自由に消せるとしたら、鍵かけた瞬間とか、照明のスイッチ消した瞬間とか、ガスの元栓締めた瞬間とか、そういうときに五秒だけ消したらさ、その消された奴、きっと焦るな。さりげなく迷惑な。ははは」
そして妙に勘が良くてイライラさせられる時がある。
天然なのはわかっているが、わ ざ と か、と、癇に障るタイミングでその思い付きが降って来る時があるのだ。
俺は、その面倒な思い付きが浮かんだ瞬間五秒を消してやった。
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