第四話 休職者復帰の手引き(7)
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わかったことが一つある。このままじゃ絶対に、答えは見えてこないということ。会社の事情を優先するのか、それとも労務管理者としての正論を貫くのか。大切な視点が抜けていることに、ようやく気がついた。従業員当人の視点だ。今回の場合、間宮敬吾からの見え方。職場を改善するにあたって、最も大切なのは、そこで働く人間の視点だった。何が問題で、将来的にどんな不安が予想されるのか。会社という大きな組織の中で見落としてしまいがちな個人の立場を、彼らと同じ目線に立って考えること。それが、労務管理者に必要とされる、何より重要な態度なのだ。
だから、本人との面談なしに、何かを判断することは出来ない。問題の渦中にある吸血鬼――間宮敬吾とは、初日のどたばた以降、ろくに会話も出来ていない。せいぜい、彼の使いっ走りをさせられるくらいで、始終、その問題に頭を悩ませている割には、本人の声を聞く機会が極端に少ないのだ。ぶつかってみよう、と腹を決めた。また振り回されるだけ、という心配もある。けれどここまで来て、尻込みをしていては何の解決にもならない。彼本人の事情はどうあれ、東子にとっては、あくまで社員の一人。これまで会社の人間の様々な悩みに向き合ってきたように、間宮に対しても、まずはまっすぐその目を見据えることが必要だった。たとえその異名の通り、体中の血を吸い尽くされることになったとしても。
「面倒なんだけどなー」
三階の会議室。椅子の上でくるくると回って、童顔の悪魔が口を尖らせている。間宮の個室はすぐ隣だったが、話を聞く上で、あの雑多な倉庫は相応しくなかった。大掃除を敢行し、がらくたの大半は処分済みだが、その代わりに、間宮の私物なのか仕事道具なのかわからない品々が溢れて、部屋は再びカオスに陥っている。入り口の扉を開けた途端、早速電源コードを引き抜いてしまった東子だ。これ以上、部屋を荒らされたくないからと、間宮も渋々、会議室まで移動してくれたが。
「間宮さん。今日は詳しくお話を伺うために、お時間をいただきました。ご多忙なのは承知ですが、どうか面談にご協力ください」
「面談?」
「はい。間宮さんが要求された、労災保険の申請について」
「そんなの、ちゃちゃっとやってくれればいいのに。おねーさん、真面目だよねー。何でも、四角四面に考えちゃってさ」
「まずは、その『おねーさん』という呼び方を改めてください。職場で愛称を使うことは、実際にはデリケートな問題です。そもそも間宮さんは、私よりも年上ですから」
手元の資料に目を落として、改めて本人のプロフィールを確認する。業界歴十年以上。年齢も、東子より三つ上の二十七歳。考えてみれば、間宮の出世作である映画作品も、公開はまだ東子が学生時代のことだった。
遠慮ない指摘に、間宮本人は悪びれた様子もなく、にししと笑う。
「それで、結局どうなりそうなの? 社長さんは補償してくれるって? それとも、けちくさく出し惜しみ?」
「労災保険制度のことを、確認されることをお勧めします。従業員の労災が認められた場合、補償を行うのはあくまで行政です。労働基準監督署が認定して、それから間宮さんは、補償を受け取る権利を得ます」
「任せるってば。そういう面倒は」
「いいえ、ご協力ください。これは、間宮さんにとって大切な問題です」
前のめりになって、向かい合ったテーブルに、資料の束を提示する。覗き込んだ間宮が、不審そうな顔をした。
「なに、これ?」
「労災認定の手引きです。これから間宮さんのケースに関して、事前の検討をさせていただきます」
用意したのは、厚生労働省が作成した公的なパンフレットだ。『心理的負荷による精神障害の認定基準』。労災保険は、申請すれば必ず認められるものでもない。それが業務上のものなのか、それとも私的な原因によるものか。「業務災害」と判定されて初めて、申請者は保険の補償対象と見なされる。
特に「精神障害」の認定に関しては、取り扱いの難しい問題だった。何が心の病の原因となったのか。それぞれにケースが違うため、一概に判断するのは難しい。そのため、過去の事例を元に認定の基準をまとめたものが、パンフレットの中身だった。その内容を紐解いていけば、今回のケースが労災に当たるのか否か、申請する前にある程度、判断することが出来る。
「難癖つけて、労災の申請を突っぱねようって魂胆?」
「それは誤解です。労災の申請は、労働者に認められた正式な権利です。会社に、それを妨げることは許されません。ただ、状況を詳しく知ることは、両者にとって必要なことです。何が間宮さんを追いつめたのか。会社が行うべき、責任の取り方は。それらは、間宮さんのお話を伺わない以上、決して答えは出せません」
「話を聞いて、労災に間違いないとわかったら?」
「この足で、労基署にご一緒します。書類の準備も、ここに」
パンフレットの横にもう一枚、別の用紙を並べる。「様式第8号」と明記された、休業補償給付のための、正式な請求書だ。
やはり、労災をうやむやには出来ない――悩みながら考え抜いて、それが東子の出した結論だった。直感といっても良い。会社の危機はそれとして、組織の利益に個人が潰されるのは、絶対にあってはならないこと。その点に関しては、叔父の言葉も明確だった。労務管理者として、会社の一員として、どうか力を貸してほしい、と。だとしたら、やるべき事をやった上で、結果を受け止めるのが正しい立場だ。
「手早く済ませてよね。僕の時間を拘束するんだから」
相変わらずの文句を続けて、それでも、面談自体は認めてくれるらしい。椅子の上で、器用にあぐらを組む。態度の幼稚さには惑わされず、東子は話を進める。
「こちらをご覧いただけますか? 労災認定の三大要件」
パンフレットの表紙を開いて、その二ページ目を提示する。「精神障害の労災認定要件」について。本人の主張に依れば、休職の理由は「鬱病」。その症状が労災に当たると認められるためには、まずは次の要件を満たしていなければならない。
一、認定基準の対象となる精神障害を発病していること。
二、認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね六ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
三、業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したと認められないこと。
ここで、一番の問題となるのが、二番目の「業務による強い心理的負荷が認められること」だ。たとえ本人が、本当に精神障害で苦しんでいたとしても、それが業務によるもの、つまり仕事が原因で病気となったことが証明されなければ、労災とは判断されない。ポイントとなるのは「強い心理的負荷」の部分。
「発病前の六ヶ月間で、精神に支障を来すような、特別な出来事があったかどうか。それを確認することが、労災を判断する上で最も重要な柱になります。特別な出来事に該当するものとしては、以下の二つ。『心理的負荷が極度のもの』、『極度の長時間労働』。一つずつ、確認していきましょう」
ページを繰って、先を進める。それを見つめる間宮の目つきは、関心があるのかないのか、曖昧な表情だ。
『心理的負荷が極度のもの』の具体例としては、次のような内容がある。生死に関わるような、病気や怪我はなかったか。業務に関連して、誰かを死なせるような事故を起こさなかったか。あるいは本人の意志を抑圧して行われた、激しいセクシャルハラスメントを受けなかったか……。
かなりデリケートな質問になったが、間宮は平然と首を横に振る。
「別に、怪我をするような仕事じゃないよ。制作と違って、徹夜で車を運転したりもないし。誰かを死なせなかったって? ハハハ! 良くファンの人からは『あなたの作品は死にたくなるほど美しい!』なんて言われるけどね。セクハラに関しては……どうだろう。おねーさんから、誘惑されたかも」
「真面目に答えてください。休職する以前の、六ヶ月の間に起こった出来事です」
「そんなこと、全然ないよー。だいたい天才の僕に、誰が口答えだったり、ハラスメントなんてしたり出来る?」
「先を進めます……次は、『極度の長時間労働』」
主眼はここだ、と東子は事前に見積もっていた。パンフレットに依れば、発病直前の一ヶ月で、おおむね百六十時間を超えるような時間外労働を行った場合、それは精神障害を来す心理的負荷に値する、と記されている。
時間外労働といって、すぐに思いつくのは、アニメ制作現場の苦しい事情だ。常に一杯一杯。納期に追われ、家に帰ることも叶わず、職場で寝泊まりしながら、何とか修羅場を乗り切るスタッフたち。国の定めた基準なんて、あっさり超えること間違いなしで、それを問題とも認識してないからこそ、業界の闇が伺われるのだった。間宮のケースにしても、作画監督はかなりの激務だと聞いている。
「間宮さん。お話しいただけますか? 当時の勤務状況を」
「一年半前。僕は、三つの作品を掛け持ちしてたから……」
話しながら、ふと遠くを見つめる顔をする。当時の勤務時間について、タイムカードはおろか、手書きの記録さえ残っていなかったから、直接、本人に確認するより他ない。向き直った間宮は、端的に告げる。
「まあ、いつも通りだったよ」
「いつも通り?」
「絵を描いて、ゲームをして、気が向いたら寝て、また絵を描いて。会社にいる時間も、あんまり長くなかったから」
「会社にいなかった? じゃあ、仕事は在宅で」
「仕事を持ち帰るなんて、無能の証明だよー。家に帰ったら、ちゃんと遊びたいじゃん? 電話も切るし、メールも一切受け付けない」
ぶー、と指で「
話が食い違ってるように感じた。それなら、作画監督の激務は。
「三つ、作品を掛け持ちされてたんですよね? 現場は、フルに回って」
「そんなの、僕には屁でもないってば! たかだか、テレビシリーズ三本だよ? だいたい、働き詰めなんて旧世代の遺物だし。この業界に入ってから、僕は一秒だって残業したことはないんだから!」
屈託のない笑みを浮かべて、アハハ、と声を響かせる。
混乱したのは東子の頭だ。心に傷を負うような、特別な出来事は起こらなかった。加えて、長時間労働も一切なし。だとしたら、本人の不調の原因は。
「ねえ、もうおしまいで良いかな?」
「ま、待ってください! 特別な出来事がなかった場合は」
動揺を抑え込みながら、パンフレットのページを進める。トラウマになるような事がない場合でも、個別の事例を見ていくことで、労災か否か判断する余地があるはずだった。パンフレットの中程に、ずらっと「具体的出来事」の一覧が載っている。その多くに該当するなら、それは「強い心理的負荷があった」と判断される。
「これまで、業務にあたって、達成困難なノルマが課されたことは?」
「達成困難? 必要なら、山だって動かすけど」
――心理的負荷の強度「弱」。
「会社の経営に影響するような、重大なミスを犯したことは?」
「やめてよ。素人の仕事じゃあるまいし」
――該当なし。
「上司とトラブルになったとか?」
「僕に命令できる人って、誰かいるの?」
「顧客や取引先からクレームを受けた!」
「文句を聞くのは、僕の仕事じゃないしー」
「いじめや暴行を受けた覚えは!?」
「あー、無視とかは結構されるかな。誰も寄りつきたがらないっていうか。でもそれって、いわゆる、凡人の嫉妬?」
――いずれも、該当なし。
出そろった結果に愕然とする。重箱の隅を突いても、当人の話から労災の兆候を見いだすことは無理そうだった。それどころか、順風満帆を絵に描いたようなビジネスライフ。アニメの仕事と聞いて、およそ東子が想像するものとは、まるで真逆の印象だった。それも全て、天才の実力と自覚故。
そうなると、ますます間宮の労災申請は、デメリットしか生じなくなる。藪蛇を突いてしまうというのが、一つ。その結果引き起こされるのは、労基署からの執拗な詮索。叔父が心配したような、会社の危機へと繋がりかねない。このまま、本人の希望ばかり聞いていたのでは……。
いや、一つ大切な点をまだ確認できていなかった。労災認定の大前提。あまりに当然だったから、つい一足飛びしてしまった確認事項。パンフレットが掲げる労災認定の三大要件、その第一――認定基準の対象となる精神障害を発病していること。
「間宮さん。医師の診断書は、お持ちでらっしゃいますか?」
パンフレットから視線を上げて、改めて当人の顔と向き合う。面倒そうに欠伸を噛み殺して、東子の質問には邪険に答える。
「それがどうしたっていうの。今さら医者の事なんて」
「労災の申請自体は、医師の診断書がなくても行うことが出来ます。けれど、実際に労災と認められるためには、資料の添付を求められることが普通です。間宮さんの働き方を示す、会社の資料や勤務記録など。その中で、病状を証明する診断書は欠かせません」
「個人情報だよ。僕の病気の内容は」
「私たちに、つまびらかにする必要はありません。ですが、これは信頼関係の問題です。診断書をお持ちでないようでしたら、病院にかかった際の領収書や、診察券の記録だけでも結構です。何か、病気を裏付けるものは」
「僕がそうだと言ってるじゃないか! 実際に、一年半も仕事を休んだ!」
「休職されたのは、間宮さんの判断で……」
さらに言葉を重ねたところで、ぎろりと睨む視線があった。さっきまでの、子供じみた癇癪とは別。年相応の気迫を孕んで、大きな瞳が緊張で漲る。言い返す声も、ぞっとするような冷たさだった。
「それってさ、僕が嘘をついてるってこと?」
「間宮さん。そういうわけでは」
「へえ。それが労務管理のやり口なんだ。上辺は綺麗事を並べて、その裏で人を嘘つき呼ばわり。よりにもよって、病気のことに難癖つけて!」
「誤解させてしまったなら、謝ります。ですが、私たちも」
「冗談じゃないよ! 僕を蔑ろにするようなやり方! 結局、あんたも他の連中と同じだ! 僕がどうして、こんな小さな会社にいるのかわかる? くだらない連中に囲まれるのは、極力少ない方が気が楽だからさ。そうでなかったら、誰がこんな無能の巣窟!」
椅子を蹴倒すように立ち上がると、そのまま正面の東子を見下ろす。子供のような背丈のはずが、見据えてくる視線には、それこそ血を吸いかねない凄みがあった。
「決めた。あんたたちがそのつもりなら、僕にも僕のやりようがある。一年半待たせて、流石に僕も気が咎めてたけど、もうどうでもいいや。この会社には、義理も恩も感じない。僕は、現場を荒らす吸血鬼だからね」
「間宮さん、癇癪を起こすのは」
「うるさいな! さっき、労災の申請は、労働者の権利だって言ったよね? だったら、こっちの方で勝手にやるよ。会社が協力してくれないなら、他の人に頼ればいいし。こういう時って、弁護士? それとも、労基署に直接泣きつこうかな? 担当者の反応が楽しみだよ。会社に邪魔されて、労災を申請させてもらえなかったって訴え出たら!」
考え得る中で、それが最悪の仕打ちだった。そもそも叔父が気にしていたのは、労基署からの見立てだ。労災隠しを疑われかねない……事情を話して、何とか理解を得られるか。けれど、そもそもの申請者が敵に回ってしまったら。
間宮さん! と訴えかけるが、すでに当人に聞く耳はない。椅子から立ち上がったまま、今にも部屋を飛び出して行きそうな勢いだった。必死にパンフレットを差し伸べる。会社として、出来る限りのことを――腹を括って臨んだはずの面談が、ここに来て、最悪の結果に終わろうとしている。
「診断書なら、労基署と掛け合った後で、そっちにも送るよ。僕は別に、会社を騙して、金を巻き上げようなんて思っちゃいない。そもそも、僕が欲しかったのは……」
捨て台詞じみて、間宮が吐き出した刹那、部屋の扉がおもむろに開く。
意外な人物の登場だった。遠慮なく踏み込んで、仁王立ちする黒服の影。アニメの鬼、堂島蕎太郎――今回の件には、関わらないと宣言したはずの人物が、今は東子と間宮とを交互に見据える。
数秒の間合いの後、堂島の声が短く響く。
「敬吾。仕事だ」
アニメの鬼の登場に、会議室の空気が揺れる。東子が虚を突かれたのは当然だったが、もう一方の間宮も「敬吾」と名指しされて、いくらか鼻白んだ表情。考えてみれば、二人が直接向き合うところを、東子が目撃したのは初めてだった。これまで、極力、間宮のことを避けていたらしい堂島。間宮の方でも、本人の言うところ、他のスタッフとの接触を嫌っていたらしい節がある。それもこれも、かつて一度はタッグを組んだ、アニメの鬼のことを意識していたのだとしたら。
真偽はともかく、突然、部屋へと踏み込んで、堂島はさらに一歩を踏み出す。その手で差し出したのは、見覚えのある茶色の封筒。
「自治体の仕事が決まったぞ。スポンサーは、おまえをご指名だ」
「自治体の仕事?」
「派手にやって構わんそうだ。間宮敬吾の名前なら、海外客向けにも箔が付く」
「知らない連中の依頼なんて」
「監督は、新進気鋭の相葉弘樹。原画にも、業界歴ン十年の大御所が付く。演出は、俺が担当……と言いたいところだが、監督自体が前のめりだ。おまえと、ガチンコでやり合いたいんだと」
つらつらと会話がやりとりされるが、東子にはいまいち判然としない。どうやら仕事の話らしいが、二人にしかわからない業界の事情があるようだった。
そういえば、以前、休日に不破と話した時に、似たような話題が出たような気もする。その時は確か、大手も羨むような大きな仕事ということだったが。
茶封筒を放って寄越して、拾い上げた間宮が、素早く中の資料に目を通す。どうやら企画書の類らしい。さっきまで労災認定のパンフレットを眺めていた様子とは、全然別人の表情だ。
「これって、観光地のPR用?」
「およそ、百五十カット。十五分、流しっぱなしのプロモーションだ。キャラの会話も一切なし。全編、動きと絵で持って行かせる。作画の出来が物を言うな。つまり、間宮敬吾の真骨頂だ」
「僕の名前が」
呟いたきり、爛々と目を輝かせる。無邪気さと凄みが入り交じった表情だった。これまで見てきた、間宮の表情とのどれとも違う。まさに天才が、その才能を発揮しようという瞬間。
詳細はおまえのアドレスに、と堂島が告げると、跳ねるようにして、間宮は部屋を飛び出して行く。思わず「あの!」と呼び止めたが、振り返った表情が、きちんと東子を見ているとも思えなかった。
「労災申請の件は? 会社としては、協力を」
「それって、今じゃなきゃ駄目?」
「申請を希望されたのは、間宮さんなので……」
「だったら、もういいや。適当に処理しておいて」
言うなり、一目散に駆けだして行く。さっきまでの丁々発止が、まるで嘘のようだった。走った勢いに、パンフレットの一部がひらひらと宙を舞っている。
「何だったんですか、今の?」
あまりといえばあまりのことに、残った堂島に問いかける。間宮を見送ったアニメの鬼は、いつもの仏頂面に、さらに磨きがかかっていた。
「あいつの復帰を前提にして、自治体から打診されていた案件だ。観光客が呼びたいらしい。間宮敬吾の名前は打って付けだ」
「それにしたって、間宮さんの意気込みは」
「あいつの関心は、自分の名前が必要とされるかどうか。そういう実感がある内は、肩書き通りの仕事をする。そうでなければ、暇潰しに人をからかうだけだ。あるいはそういうやり方で、自分に関心を集中させる」
「堂島さん、だから、間宮さんのことは放っておけって」
「振り回されて、得をするやつはいないからな。逆に、あの『子供』を付け上がらせるだけ。まあ、おまえには似合いの役回りかもしれないが」
堂島の皮肉を横で聞いて、堪らず肩の力が抜ける。気を張って損した、とは立場上なかなか言いづらいが、振り回されたという意味で、これ以上の無駄骨はない。労務管理者としての、あり方さえ揺らぎかけたっていうのに。
それにつけても、そうならそうとはっきり言ってくれても良い、アニメの鬼の意地の悪さだ。
「これで懲りたら、少しはやつの扱い方を学習しろ。無理難題を取り下げたっていうなら、これからもあいつは、うちの社員に違いないんだからな」
不吉なことを言い捨てて、にやりと笑って堂島も去る。見送りながら、思わず足の力が抜けた。すとん、と椅子の上にへたり込む。
頭を振って追い出したのは、不吉な言葉と吸血鬼の笑み――長い付き合いになるかもしれない、と血の気も失せる東子だった。
END
就業規則に書いてあります! 桑野一弘/メディアワークス文庫 @mwbunko
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