卒塔婆の塔のブンヤ 10

       







 八重ちゃんの店を後にすると、飯も食わずに帰社した。日は傾いてはいるが時間的にはまだ早い夕方、退社時間には早い。

 タツは今日は外出予定が無かったはずだから事務所にいるだろう。

 外見同様に小汚こきたなさを隠せない共用階段をのそのそ上り三階へ。上り切った真正面に現れる入口ドアのノブを回すと、油の切れた耳障みみざわりな音が響いた。


「あれ、零児れいじさん帰って来たんスか?」

「お帰りなさい御曹司おんぞうし


 気怠けだるい空気をれ流しているアイさんとタツが出迎えた。


「お疲れさん。アイさん御曹司おんぞうしはやめて…」

「今日はもう戻らないかと思ってましたよ」


 椅子イスに座ったままクルクルと回転しているタツの様子を見ると原稿の進捗しんちょくは言わずもがなって感じだろう。


「ちょっと用事があってな。オヤジは?」

「社用が出来たってどっか行きました」


 ふーん。まあいてもいなくてもどうでもいいんだけど。(この世に。)


「タツ、ちょっとこれ見て欲しいんだけど」


 俺はタツに持参じさんした紙袋を見せる。


「まさかお土産ですか!?」

「んなワケないでしょう」


 なんでアイさんが言うわけ?


「まあ、残念ながらその通りなんだけどな…」


 ガサゴソと中身を取り出すとマサに手渡す。

 紙袋は八重やえちゃんの所でもらった。流石さすがに俺みたいな風貌ふうぼうの人間がこんなはなやかなバッグをはだかで持ち歩いていたら注目される。


「これって…!? れ…零児さん、とうとう犯罪に手ぇ出したんスか!?」

「急いで! 110番!」

「ハイ!!」

「待てぃ」


 どうしてそういう時だけ動きが迅速じんそくなんだよお前等。


「聞けよ! 訳あって知り合いから預かったんだけど、お前確か服飾ファッション関連の知り合い多いだろ?」

「え? ああ、まあ。…あ、なにこれすごい傷…」


 大きくり傷が残ってしまった部分を見てタツの表情が曇る。アイさんの表情も怪訝けげんそうだ。


「知り合いって…、このブランド、おもに十代の女の子に最近人気急上昇中の高級ブランドですよ? なんでそんな物を御曹司おんぞうしが? …ハッ…まさか…援助交sエンコー…!? け、警察ッ」

「どうしてそう俺を犯罪者にしたいの!? 取材でたまたま知り合った子のバッグだよ! ちょっとトラブルに巻き込まれちゃって、可哀そうだから直してやれないか預かっただけですぅ! ごめんなさいねぇ!」


 可哀かわいそうだから、は少し嘘をついた。

 だってちょっと恥ずかしいじゃないか。おっさんの意地だなんて。


「なんだつまらないの…」


 なんだってなによ。つまらせてたまるか。全力で。


「で、タツ、どうよ? 直せるツテあるか?」

「許せねぇ…」

「はい?」


 なんかブルブル震えてる。どうした?


「なんて事しやがるんですかコレェーーー!!!」

「お、おお!?」


 基本的に温厚おんこうなタツがキレた。


「知ってますかコレ? 〇〇 (←聞き取れなかった)の最新アイテムっスよ!? このブランドの特徴は決まったデザイナーによるデザインじゃなくて毎回新進気鋭しんしんきえいのデザイナーズから言わばオーディション形式によって選ばれデザインされるって特殊な物なんスよ! デザインだけじゃなく素材や縫製ほうせいに至るまで! 選ばれれば最高の名誉と富を約束されるって言われてるだけあるから一品一品デザイナーや職人の魂の込められ方が違うし、それ故に値段も張るけどだからこそオシャレしたい女の子達やプレゼントしたい人達のあこがれでもあるんス! それをこんな風に傷付けるなんて絶対に許せねぇっスよ!! ファッション界隈かいわいめんなよ!!! フォーーーーー!!!!」


 いつも大したやる気を見せないタツがこんなにも背景に炎を背負う事があるとは。

 怒りポイントがいまいちよく分からんけどなんかゴメン、傷付けた原因の一部は俺だ。


「落ち着けって、めんつゆでも飲め。(3話参照) それで、直せるのか?」

「任せて下さいよ! 俺の意地にけて完璧にリペアさせてみせます!」


 炎がらめくひとみでこちらをグワッと見るとタツは即答した。

 仕事にもこれくらいやる気出してくれねぇかな。人の事言えんけど。


「そうと決まれば俺ちょっと行ってきます! そのまま直帰ちょっきしますから!!」

「おう頼んだぞ。費用は気にすんな」


 机の片付けもせずに、タツは漫画なら砂煙でも上げそうな勢いで飛び出していった。

 …いやあ、人は見かけによらないねぇ…。

 ていうかあいつ勝手に直帰にしやがったな。まあいいけど。


「…アイさん、コーヒーれるけど飲む?」

「あ、どうも。アメリカンでミルク三つでお願いします」

「了解ボンバラス」


 水屋みずやの上の電気ケトルをいつものように水ですすぎ、注水して台座にセット。


「あ」


 シュバっとボンバラスが素早く水屋みずやの前に立ち、パァンパァンと柏手を打った。

 それガチで信じてるのかよ。






  ◆◇◆◇◆






 八重やえちゃんの所で保存した画像を開きながら更にPCで過去の情報を検索する。

 カイゾクの目撃された場所は本当に世界のあちこちで、ざっと見た感じ選ばれてる場所の法則性は分からなかった。ただ───


「やっぱり…! こいつら、一ヶ所につき…!」


 八重ちゃんがカイゾクオリジナル?から聞いた " 追われている " という意味。それが指し示す答えって訳じゃないが、現れた機影きえいの画像にもある法則が見られた。


「ココも…ココもだ…。確認できるものに関しては、最初に現れた飛行艇は恐らく全部同じ。そして戦闘行為に及んだ記録は無い。被害はそれ以降に現れた奴等によるものが全て…機影もよく似てはいるが微妙に違う…!」


 目的は不明だが、まず例のカイゾクオリジナルが現れ、消える。

 すると暫くしてから模倣もほうカイゾクが現れ、被害をもたらす。

 この一連の流れが " 追われている者を探し出す為の実力行使 " だとするなら一応の理由として成立する。


「オリジナルは本当にランダムで場所を選んでるのか…?」


 マウスをせわしなく操作し画面を次々と切り替える。

 どちらかと言えば都市部や人の住んでいる土地を避けているようにも思えるが。

 最初に人類にその姿を見せた時はたまたまこの街の上空になってしまった独自の理由があったのかもしれない。


「そこまでは分かんねぇ、か」


 前のめりになり過ぎてギシついた背筋を伸ばそうと椅子の背もたれに寄り掛かった。それを丁度いいタイミングと見たのか、アイさんが背後から話しかけてくる。


「珍しく集中してるじゃない。なんか取材で分かったの?」

「まあ、ぼちぼちね」


 俺はいつだって集中してるぞ。主に夢の中とか。


「実は私も結構楽しみにしてるのよ、カイゾクの記事」

「へぇ? そいつは僥倖至極ぎょうこうしごく


 アイさんはあんまりウチみたいな本は読まないと思っていたから意外だ。


「だってこんな時代にカイゾクだなんて血がたぎるじゃない?」


 ああ、あなた山賊みたいだもんね。


「という訳で、時間だから帰るわねー」

「うわ、もうそんな時間かよ」


 しっかりと帰宅準備をしていたアイさんはドスドスと入口付近まで歩き、振り返る。


戸締とじまりとセキュリティー宜しくね。それからあんまり根詰こんつめないようにね? たまには家帰りなさいよ」

「へいへい、分かりました」

「じゃ、バーイ」


 閉まりかけのドアから腕だけ伸ばしてブンブンと手を振るとそのまま階段をドスドス降りて行った。

 半日前と同じ静寂が部屋を包む。違いがあるとすれば外の喧騒けんそうがまだ飛び込んでくる事だろうか。


「さて、と…。どうすっかねぇ…」


 その時腹が冗談みたいな音を盛大に奏でた。自分で自分の体にビビった。


「うおっ!? …あ、そういや今日一回も飯食って無かったわ…」


 という訳で、今度こそ飯を食いに行こうと決意したのであった。







 (次話に続く)







       

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る