卒塔婆の塔のブンヤ 11
パトカーがまた通り過ぎて行った。ゆるゆるとした速度で。
夜の
ヨルノニオイってどういうモノなんだろうか。
珍しく今日は自宅に帰ろうと足をそっち方面へ運んでいる。会社の辺りよりも栄えているのでメシはその辺で探した方が選択肢が多い。
自宅までは割と短距離ではあるものの、街の表情はコロコロ変化していく。
俺にとっての夜の
「それこそが " 夜の匂い " ってヤツなのかね…」
人はそれを幸せと呼んだりするのだろうか。
「…なんてな」
頭の中で誰にも聞こえる事の無い妄言に恥ずかしくなり、灰皿が設置された喫煙スペースを見つけちょっと気分転換がてら一服しようと立ち寄る。
「ん?」
そこから見える比較的薄暗い路地に、またしてもパトカー。こちらは明かりを消して待機している様だ。
時間的に
張り込みか?
「いや…なんか違うな…」
考えすぎで無意識に呟いてしまった。
フゥーー…と、空気の塊を薄く延ばして吐き出す音に、俺はその喫煙所に先客がいた事にようやく気付いた。パリッとしたスーツに身を包んだ
不意を突かれちょっと驚いたがそれを気取られない様に自然に振る舞おうと煙草を取り出す。
「…ありゃ?」
そういや最後に
「…良かったら使います?」
悪戦苦闘する俺を見て、
「あ、こりゃどうも、助かります」
片手を立ててへへっと礼をし、そのライターを受け取り煙草に着火。そして用が済んだので返そうと手を伸ばすと…
「良かったら差し上げますよそれ。実は私もうひとつ持ってまして」
柔らかな物腰で、胸の辺りを人差し指でトンと指し示すと男性は穏やかな口調で言った。
「ではお言葉に甘えて有難く」
軽く頭を下げるとそのライターを
「
「確かに」
フフッ、ヘヘッと同時に笑みを零す。おかしいな、同じ笑顔なのにどうしてこうも汚さが格段に違うんだろう。
「では、お先に失礼」
男性がスッと歩き出す。
「あ、ハイ。ライターありがとうございます」
「いえいえ。帰り道
片手を上げてそう言い残すと、彼は振り返る事無く
ギシギシと音がしそうな程に
……
……
……
「ぶはぁ!」
ちょっと吸い込み過ぎたか。激しくむせた。
そのお陰か全身の筋肉の緊張が解けた気がした。
「…
ワンテンポ遅れて全身に鳥肌が立ち、冷たい汗が流れる。
さっきの " 夜の匂い " という表現じゃないけど、"
俺みたいなちょっとだけレアな過去があるだけのただの中年にはあり得ない感覚だと思っていた。
でも、
自分がそう感じる、じゃない。相手が
どう見ても普通の人なのに、どう見ても普通じゃなかった。完璧すぎて機械の様な───
「まさか…!?」
昼間捕まえたあの
いや、アレとはなんか違うな。うまく言葉に出来ないけど、土台から違うと言うか。
指で挟んでいた煙草を口だけで
「どうなってんだよ今日は全く…」
煙草を咥えたままの口で器用に独りごちるとついでに一気に煙草の残りを吸い込み、紫煙を吐き出しながら
残り火が水でジュっと
とにかく、平穏無事な人生を送りたい俺にとっては二度とお目に掛かりたくない人物だった。貰ったライターをもう一度取り出し、街灯を背に透かして観察してみる。ガスはたっぷり入っている。買ったばかりなのだろうか。
「…どう見てもただの100円ライターだよな…」
さっき実際に使ったばかりだがもう一度火を点けてみた。…うむ、
特に害はなさそうなので再び尻ポケットに差し込む。ジッポに注油するまでは必要になるだろうし。
二本目を吸おうかと思ったがなんかそんな気分じゃなくなったので喫煙スペースを後にした。
緊張が解けリラックスしたのか、今日何度目か忘れ去られていた腹がありえない音を響かせた。横を通り過ぎようとしていた酔っ払いの親父がビクッとして何事かとキョロキョロ必死に見まわしていた。
「次鳴ったら死ぬかも…」
もしくは爆発するかもしれない。腹の虫が。
その時携帯電話が鳴った。腹の虫じゃなかった。よかった、まだ生きていられた!
「八重ちゃんだ。珍しい」
着信相手の名前を見て思わず呟く。携帯電話の電話番号こそ登録はしてあるものの本人があまり機械を好まない為、着信がある事など稀だった。
通話ボタンを押してスピーカーを耳に当てる。ついでに鼻をつまむ。
「もしもしこちら中央警察」
『丁度良かった、
「異議あり! 俺は無実だ!!」
反射的に叫んでしまった。近くの人々が一斉にこちらを見た。やべぇ。
「ちょ、何言ってんだよ」
『自分が先に仕掛けたんじゃないか』
確かに。
「それより電話なんて珍しいじゃん。何かあったのか?」
周囲の目が自分に対して興味を失った事を確認し、声のトーンを元に戻す。
『そうそう、聞いとくれよ! アンタが帰った後
とうとう頭が
(次話へ続く)
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