卒塔婆の街のブンヤ 5

     






 正午過ぎ。

 取材という名目で会社を後にし、雑踏ざっとうへ。この時間ともなるとどこで昼飯を食うかと彷徨さまよう様々な人々の姿であふれる。

 まあ自分もその中の一人ではあるが。

 取材ってのは嘘じゃない。本当に人に会う予定はある。ただ、時間を決めてあるわけじゃないので急ぐ必要も無いってだけだ。


「今日は何にすっかな…ラーメンは昨日食ったし。ヘルシーに中華にでもするか?」


 ラーメンは " ラーメン " というこの国独自の進化を遂げた一つのジャンルである。中華は中華料理であり、野菜を沢山使っているからサラダみたいなもので実質カロリーオフだ。

 そして人はそんな意味不明な言い訳を重ねてメタボになって行く。

 …食事の時くらい幸せになったっていいじゃない。おっさんだもの。れいじ。


「いかん…疲れと空腹で何かが憑依ひょういした…!」


 犬の様に顔をブルブル振る。通り過ぎた女性が明らかにこちらを避けていた。

 まあこんな風貌ふうぼうだし仕方ない。泣かない。


「…向こう行ってから現地で探すかな…」


 多分、今店に入ってもどこも混んでいるだろうし。人混みは正直あまり好きじゃない。

 となると次は目的地付近までどの手段で行くか。

 電車を使えば距離として二駅。しかし都心の環状線の二駅なんて地方の一区間に比べたら遥かに短い。タクシーはもっての外、チャリは修理中で無い。社用チャリなんてものも存在しない。つまり徒歩か電車の二択。


「天気いいし歩くか」


 と言いつつ、尻の方にぶら下がったショルダーバッグをチラッと見た。






  ◆◇◆◇◆





 

 大体一駅程の距離は歩いただろうか。

 時間帯の割に静かな裏通りに出た。見た事無い場所だ。会社からそう遠く離れてはいないはずだがまだ知らない道があったとは…。

 " この街はこの国の歴史そのものだ───。"

 オヤジが昔言っていた。過去と未来と現在が混合する街。空を見上げれば摩天楼まてんろうが太陽を目指し、下を見れば今も戦争の犠牲者が発見されずに埋まっている。通り抜ける道が1つ違えばまとう空気もまた変わる。

 都市という大迷路を、地図を見る事無く当ても無しに歩くのが好きだった。勘が外れて行き止まりだったとしても、行き止まりがあったという収穫がある。贅沢ぜいたくな時間の使い方だ。


「 " 俺達は空も、海も、大地も、世界の全てと家族になれる。だから… " 」


 つい口からこぼれた。その矢先───


『ンん待ぁぁぁぁぁてぇぇぇぇこンのクソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 背後から響く罵声ばせいと複数の足音に咄嗟とっさに振り返る。

 全身を黒でコーディネートしたグラサン&ニット帽&マスクの人間が、ガラの悪そうな中年…いや俺と同じくらいか? まあとにかく怒り狂った男に追いかけられてこちらに爆走してきた。ブラックマンは小脇に桜色のバッグの様な物を抱えている。ひったくりか置き引きか?

 ていうかそのバッグ、色とかデザイン的にどう見ても女性物なんだがどういう事だ?


「そこのアンタっ…! そいつ捕まえてくれッ!!」


 えっ、俺? まじで?


【天気、荒れるぞ───】


 オヤジが言ったあの言葉が脳裏のうりかすめた。まさか、この事!?

 あのジジイ、こんな細かい事件の発生まで予想していたとしたらガチの預言者なんじゃねぇか。

 なんて考えてる場合じゃない。さて、自分はこの状況でどう立ち回るか。ブラックマンとの距離は100mを切ったくらいか。前に立ちはだかる事で進行をさまたげる事は多分出来る。

 しかしながら万年運動不足の中年vs猛然もうぜんとダッシュ出来る運動神経の持ち主という絶対的不利が確定しているこの図で果たしてその選択がベストなのだろうか。


「そんな事言ってる場合じゃねぇか…!」


 本当にこのブラックマンが悪いのか分からんけど、古来より追われる奴がなんだかんだ言って悪い!(暴論)

 俺は一歩踏み出し身構える。

 その俺の姿を見たブラックマンが、空いてる方の手を背中に回すのが

 あ。ダメなやつだコレ。

 俺はすぐさま二人のランナーに道をゆずりますと言わんばかりに路地の端っこに避難した。


「うおぃッ!!?」


 追ってる方の男から非難される。

 ブラックマンは驚いた表情でこちらを見つつそのまま俺の前を駆け抜けた。まあサングラスでそこまでの表情だったかは分からんけど。


「ちょ…お前…!」


 体力の限界だったのか、追っていた男が俺の前でがくんとひざを付き、荒い呼吸で俺を恨めしそうに見た。

 ───奴が20代一般男性だと仮定して100mを走り切るまで世代別平均約15秒。

 その前から走り続けているなら恐らく速度が落ちているハズ。良くて20秒程か。


「盗まれたのか?」

「…あ?」

「あのかばんだよ」


 脳に酸素が回ってないのかこちらの質問が一瞬理解できていない様だった。その一瞬が勿体無い。

 俺は答えを待つ間に、持参したバッグの中に素早く手を入れ、ひんやりしたその感触の物体をにぎめた。

 ああ、嫌だな。この瞬間だけはいつも。


「…そうだよ…!」

「信じるからな」


 バッグから引き抜いたを、左手に握り押し出すように。右手は右腕全体と背筋を一つにして引きしぼる。

 射程距離から出てしまえば足止めするだけの衝撃を与えることは出来ない。照準にかける時間は一瞬だ。


「…パチンコ?」

「スリングショットって言ってくれ」


 張り詰められたげんを引きしぼる右手の中、込められた小さくも硬く重い物体を力の流れるままに開放する。

 それはまるで口径の小さい拳銃を撃ったかのような軽く乾いた風切り音と主に、猛烈な勢いでブラックマンの左膝ひだりひざの裏を直撃した。


「!!??」


 予想もしなかった激痛と衝撃に大きくバランスを崩しブラックマンが派手にひっくり返り転がる。

 抱えていたバックもすっぽ抜け、離れた位置に飛んで行った。


「…すげ…」

「ボーっとしてんなよ、走れ!」


 まさかの光景を見せつけられ荒い呼吸をしていた事も忘れほうけている男にかつを入れると、すぐさま第二射に移る為に右手をバックの中に突っ込み弾を握り締める。


「あ…、おう!!」


 男が再び猛ダッシュでブラックマンを追いかける。この数秒であそこまで回復したのか。かなりの身体能力の持ち主なのかもしれない。羨ましい。

 しかも分かっているのかたまたまなのか、こちらの射線に入らない位置を走ってくれていた。

 二の矢を引き絞る。間隔を空けずに撃つ場合、酸欠による視野のブレを防ぐため呼吸をするのを忘れてはならない。両腕も乳酸の蓄積により一射目と感覚がズレる事を意識して調整する。とにかく冷静に。そして集中。世界から音が聞こえなくなる程に。


「───ショット」


 再び鋭く乾いた音が響き、小さな鋼鉄の牙が放たれる。

 つぶやく事に意味は無い。クセみたいな物だ。

 もしかするとこの行為を客観的にしない為───自らが攻撃を行った事実として受け入れる為に自分に刻み付けているのかもしれない。

 無慈悲な弾丸が、起き上がろうと地面に手を付いて腕を立てていたブラックマンのその右肘みぎひじ関節に突き刺さる。

 日常でぶつけたりすると強烈なしびれと痛みがするあの部分ね。多少ズレてるかもしれないが我ながらエグい狙いだ。


『ギアアァァァァァァァァァ!!!!?』


 ブラックマンが想像を絶する痛みに絶叫を上げ転げまわる。

 分かる…痛いよな…。なんかゴメン…。

 確実に足止めをするならどうしてもその為のターゲットを狙う必用があるからだ。

 そこへ男が追い付きし掛かって制圧した。


「武器持ってるかもしれないから気を付けろ!!」


 ブラックマンの前に立った時に、奴が手を後ろに回したわずかな動作から予想しただけだが。まあとりあえず注意喚起はこれで十分だろう。

 俺も彼らの所へ小走りで移動した。






 (次話へ続く)







           

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