卒塔婆の街のブンヤ 4

         






 デケェ声の主はドカドカと下品な足音を響かせ事務所に入ってきた。


「ざいまーす」

「おはようございます、社長」


 典型的なオヤジ体型にサングラス、脳天ハゲなのにドレッドヘア。ジャラジャラと大量に巻き付いた天然石のブレスレットと季節を無視したアロハ。職質待った無しのこの不審ふしんなおっさんこそが俺をこの国へ強制的に連れてきた元凶である養父、浅倉大吾あさくらだいご (64)だ。


「ようタツヤ! 今日も鳥の巣みてぇな頭してんな! お、何飲んでんだそれ超ウマそうじゃねぇか!」

「あげないっスよ」

「だっはははは! 俺の血液はめんつゆだから心配すんな!!」


 何の心配だ。頭か? もう手遅れだよ。


「おおマドモワゼル愛子、今日も一段とボンバラスグラマラスですな!」

「セクハラです。自宅に押し掛けて押し倒しますよ」


 パワハラです。いや強盗か?


「これは手厳てきびしい! しかしあなたは確かにビュリホーだが私がウルトラスーパーすぎて釣り合いませんな!! だっははははは!!!」


 デカい手でマイッタ!と自分の顔面をグラサンごとベシンと叩く。痛覚腐ってんのかな。


「アイさん今の録音しとけばうったえて勝てたのにな」

しい事したわ…」

「おいおい…」


 レゲェのジジイがこちらを見る。


「随分と冷たい事を言うじゃないか愛する息子よ。もしや…反抗期か? ………なーんつって! ぶぁーーっははははっははッ!!!」

「うるせぇな、朝っぱらからムカつく程テンション高ぇんだよハゲ」


 だれか角材とか持ってきてくんないかな。3ドットほど存在削りたい。

 するとオヤジはピタッと止まり、深く息を吐いた。そして俺をギラっと見据みすえる。まあグラサンで見えんけど。


「…まあ少々悪ふざけが過ぎた様だな。すまんな零児れいじ。…だがここは俺の会社で、厳密にはお前は社員のひとりに過ぎん。…確かにお前は立場的には御曹司おんぞうしかもしれんが…」


 こんなやさぐれた御曹司がいるか。


「だからと言って社長に対する態度がそれでは他の社員に示しがつかんだろう。最低限度の礼節は持てといつも言っている筈だ。ではやり直し。元気良くサン・ハイ♪」

「非常に耳障みみざわりな濁声ダミごえでございますね。清和せいわさわやかな朝風が台無しの空気を読まないお振舞いが素敵ですおハゲ様」

「Good!!」


 よくねぇよハゲ。

 何が満足だったのか分からんがオヤジは社長席にドカッと座った。


「さて諸君、今日も元気に頑張りましょう!」

「「 はーい 」」


 なんだかんだアイさんとタツはなついてるんだよな。


嗣政つぐまさはどうした?」

「今日はフリーだよ。どうせ午後から来ると思うけどな」

「何でぇ?? フリーなのに来るのぉ???」


 グラサンがずり落ちるほどに驚いた声を上げるおハゲ様。

 なにそのグラサン感情連動式イメージフィードバックシステムなの?


「何でって…フリーつったって休みじゃねえだろ。夜中にも一回来たけどネタまとめにまた来んじゃねぇの? あいつの性格上」


 バァン!と突然机を叩くオヤジ。唐突とうとつなのは慣れっこなので誰も驚きはしなかった。

 ていうかブレスレット痛くねぇのかね。痛覚死んでんだろうな。


「馬鹿野郎! フリーを何だと思ってやがる!!」

「あんたは仕事を何だと思ってやがる」


 俺が言えた義理じゃないけどな。

 オヤジはチッ!と舌打ちすると、各人の予定の書き込まれたホワイトボードに目をやり、年季の入ったシステム手帳をバララッとめくり何かを確認するとバタっと閉じる。そしてメモ紙を一枚引き千切ると何か書き殴った。


零児れいじ、これメールで入力して嗣政つぐまさに送ってくれ」


 自分の携帯電話と今書き殴ったメモを俺にほうった。


「いや自分でやれよ…」

「ポチポチすんの苦手なんだよ。地味で」


 そんな理由で苦手な奴なんかいねぇよ。


「チッ、めんどくせぇな…。…あん? 相変わらずきったねぇ字だな…何々…」


 最早もはや慣れ親しんでしまった悪筆あくひつを解読する。


「…!」


 ああクソ、だからコイツはこういう所が嫌いなんだ。

 俺は書かれていた言葉を一言一句間違える事なく入力し、送信を押した。


「送れたか?」

「…うるせぇ、次は自分でやれよ」


 携帯を投げ返し、メモは握り潰すと近くのゴミ箱に捨てた。

 オヤジは意にも介さない様子だ。クソッタレ。


「愛子さん、社長である私にお茶を入れてもらっても宜しいですかね?」

「表に自販機があるので領収書切って貰って下さい」


 切れねぇです。


「なんて会社だ!!」


 あんたの会社だよ。

 そしてまさかの社長自らお湯を沸かす図。なんて会社だ。


「あ、シャチョー! お湯沸かしてる間ヤカンに祈るとウンコがきんになってオシッコが砂糖になるんですよ!」

「ホンマか!!??」


 ホンマなわけねぇだろ。なんだよ砂糖って。糖尿とうにょうかよ。


「おま、馬鹿、それを記事にしなきゃダメだろオイ!! 大スクープじゃねぇか!!」

「確かに!!?」


 あああ俺の嘘が全国レベル級に…!?

 ……いや、ならないな。ウチの本の知名度程度じゃ。


「…零児れいじ

「あ?」


 電気ケトルに祈りをささげながらオヤジが俺を呼ぶ。


「お前、今日外出そとでんだろ?」

「ん? ああ。それが何だよ」


 サングラスのブリッジをクイッと親指で押し上げると、俺だけに聴こえる程度の声でつぶやく。


「多分な、


 ───。


「…何でだよ」

かん

「勘かよ」

「勘ですよ」


 ああイヤんなる。親子だな、腐りきっても。

 既視感きしかんを覚える短いやり取りに眩暈めまいを覚えつつ、書きかけの原稿用紙が散らばる自分の机に向かい乱暴に座った。

 背もたれに寄り掛かりつつ、クルクルと回ってみたり。

 いや遊んでる訳じゃなんだけどさ。遊んでるように見えても。

 …絶対にオヤジにかなわない事がいくつかある。その一つがまさに " 勘 " だ。本人はあくまでも勘と言っているが、実際は何十年もの世界中での取材活動でつちかってきた体内コンピューターとも言える膨大ぼうだい経験則けいけんそくからはじき出した統計とうけいもとづく " 預言 " に近い。

 少なくとも俺はオヤジが勘だと言って外したシーンを知らない。

 問題は、───。

 本当に天気の事ならいいんだけど、まずそんな訳がない。

 机の下に差し込まれている袖机そでづくえ、その一番下の大きい引き出しをチラッと見る。


「はぁ…。気が進まないけど一応持っていくか…」


 ふと、オヤジがマサに送ったメールの文章が頭をよぎった。


  " 腐った奴等のネタよりもずっと腐りやすい親子関係ってネタをまず大事にしろ。今日出勤したら減給するぞ。 "


 俺への当て付けかとも思ったが…万が一にもマサを巻き込まないように───?

 ……なーんつって、まさか、な。そんな大事件が起きる訳でもないだろうし。

 ガラにも無く深読みしてしまった自分を鼻で笑うと、外出する時間までの間に少しでも原稿を進めようと原稿用紙に向かった。


「あ、オヤジ様、お仕事しますんでおコーヒーを頂けますでしょうか?」

「はい喜んで!!」


 喜ぶなよボケ。社員への示しはどこ行った。








 (次話へ続く)







         

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