第16話邂逅、そして会敵の朝✗16

「これでよし、っと。、アーサ。あと残すは、胴体部分の確認と点検だ」

「はぁ、はぁ。ふぅ、やっとかぁ。、出撃前なのになんだかどっと疲れた気分だよ」

 アーサは熱い吐息を漏らしながら、不思議そうに独りごちる。

 それはねアーサ、私がたっぷりとアーサの肉体で楽しませてもらったからだよ。

 などとは口が裂けても言えるわけもなく、私は無難な言葉を返しておく。

「どうしたんだ? いつも元気なアーサらしくもない。それにここで疲れていたら、本番でしっかり活躍できないぞ」

「それはそうなんだけどさ・・・・・・・・・」

 アーサの言葉は歯切れが悪く、いまいち納得していない様子だ。

 しばらく部屋の天井を眺めながら呼吸を整えていたアーサだったが、最後に大きく息を吐くと一転して得心のいった顔を私に向ける。

「そっか、分かった」

「何がだ?」

「きっとこれはキルッチが悪いに違いない」

「どうしてそんな結論に至るんだ?」

 どうやってその結論に辿り着けたんだ。

「あたしの直感」

「そんな直感で糾弾された身としては当然だが、それは違うと抗議の声をあげさせてもらおう」

 私はあくまで平静をたもちつつ、アーサの直球ど真ん中の大正解をはぐらかす。

「そうかなー。でも結構よく当たるんだよ、あたしの直感」

「それはよく知っているが、しかし今回ばかりはハズレだよ」

 まったく、なんて恐ろしい的中率だ。

「そうかー、ハズレちゃったか-。けど、まあ、いいか」

 アーサはあっさりと私の言葉に納得し、受け容れる。

「そういうときもままあるさ。だからそんなに気を落とすことはない」

「心配ご無用。別に気落ちなんてしてないからさ。むしろ、浮かび上がってきたくらい」

 何やらアーサが不穏なことを言い出した。

「それは、一体なんだい?」

 私の背中に、冷や汗が流れ落ちる。

「何だって言われても。なんでキルッチはあんなにしつこくねっちょりと、あたしの体をまさぐってたの?」

 アーサは持ち前の切り替えの良さを発揮して、私に会心の一撃を撃ち込んできた。

 私は一瞬なんと応えるべきか答えに窮し、動きが止まる。

 確かにアーサの言う通りなのだが、それ以上はいけない。

 本当のことを言ってはいけないときもあるのだ。

 まさに、いまがそのときだ。

 やめてくれアーサ、その事実は私に効く。

 そして狼狽した思考は、別の方向へと向けて飛んでいく。

 アーサのようにうら若き乙女が、ねっちょりとかまさぐるとかそんな品のない言葉を使っちゃ駄目だ。

 メルの場合はもう手遅れなので除外する。

 だからこそアーサにはいまのまま、純真で初心うぶなままでいてほしい。

 などと言っても元はと言えば元凶は私に起因するものであり、当然ながら私が悪い。

 応える言葉は誠実でなけならないと、そう思って答えを口にする。

「それはアーサのことが大切だからだよ」

 この言葉に嘘はない。

「そっ、そうなんだ。そんなふうに言われちゃうと、なんか照れちゃうなぁ」

 そう言いながらアーサは自分の頬を指でかく。

 この天然のあざとさ、無意識のジゴロこそ、文化財として後世まで遺すべきではないだろうか。

「じゃっ、じゃあさ。あんなにたっぷり無駄に時間をかけたのも?」

「それもアーサのことを想っていただからだよ」

 この気持に偽りはない。

 しかしひとつ訂正があるとするならば、あの時間は私にとって決して無駄などではない。

「そっかそっかー。えへへ。嬉しいな、その言葉。ありがとね、キルッチ」

 元気溌剌としたいつもの笑顔ではなく、薄っすらと頬を染めはにかむようにそっと微笑む。

 その微笑みが、私の心に止めを刺した。

「と゛う゛い゛た゛し゛ま゛し゛て゛、ア゛ーザ」

 私は自分の鼻を押さえ、奥から溢れてくる熱くてぬるりとした液体を必死で押し止める。

「どしたのキルッチ? 急に風邪でもひいたの?」

「い゛や゛た゛い゛し゛ょ゛う゛・・・・・・・・・大丈夫だ、問題ない。気にしなくていい」

「そう、それならよかった」

 今度の笑顔はいつも通り。

 元気が具現化したような、いつも通りのアーサの笑顔だった。

 その笑顔を見ていると、昔読んだ童話を思い出す。

 それは赤い頭巾を被った可愛い女の子が、おばあさんの家へとお使いに行く話。

 しかしそこに待っているのは彼女のおばあさんではなく、一匹の狼なのだ。

 その狼は可愛い女の子を食べるため、様々な嘘を吐く。

 、何故かこの話が頭を過ぎった。

 そしてふと、私は思う。

 可愛い可愛い赤ずきんを食べるため、無害なおばあさんのをしていた狼の気持ちを。

 まさかそんなと心のなかで確信しつつ、もしかしたら狼は、いまの私と同じ気持ちだったんじゃないのだろうか。

 私は心の片隅で、そんなありえもしないことを思ってしまったのだった。

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