第31話インテルメッツォ-31 否定/非体
「ち、がっ・・・・・・・・・」
少女の言葉が男に声を上げさせる。
少女の禍つ言の刃が、染み込むように男の心に深く強く沈み込む。
男はそれに抗い引き抜くように、何かを言わずにいられなかった。
だが、男は少女に何も言えはしなかった。
少女の言葉が斬り裂いた裂け目から、漏れ出るような掠れた音が聞こえるのみだ。
ただ何も考えず、誰を想うことはない。
声にすらなっていない、音の羅列。
そんな空虚な言葉では、何も伝わりはしない。
何ひとつ、届きはしない。
もとより、そのような伽藍堂を言葉とは決して呼びはしない。
少女によって突き付けられ、突き刺された男の在り方。
一片の容赦なく、少女は爪を立てて抉り込む。
一欠片の慈悲もなく、強引に亀裂に手をかけ押し広げてゆく。
自分だけは理解をしていても、真に他者のことを悟ることが出来ない男の
他者の痛み、苦しみ、負の感情を、自分と重ねることが出来る感受性。
思考ではなく感性によって知覚する、他者への共感性。
本来ならば、自然と溶け合い同一となってゆくはずのもの。
自己と他者、その狭間を超えられぬ奈落と底の無い深淵によって隔たれた男の
誠に認め、識ることが出来るのは自分という己のみ。
他人を思い遣り、
そう見えるているだけの、上辺だけの行為にして厚意と好意。
己だけが理解している自分を基準に、他者の心を図っていただけのこと。
何故なら男は、本当は誰も見てなどいなかったのだから。
ただ、前だけを見続けていた。
それは自分だけが見るべきだと信じた処を向いただけ。
ただ、為すべきことを為してきた。
それは自分だけで出来なければないらなことだと思い込んでいたからだ。
男はただ、自分だけが正しいと信じ善いと判じた道を歩んだだけ。
そこには、男以外に誰も存在などしていない。
その決定的な乖離を、矛盾を以てこじ開けられる。
そうして引き裂かれてゆく
故に再び開かられた男の口が、同じ言葉を象ることはない。
少女の言葉を受け容れた男に出来たことは、単純なる反射でしかなかったからだ。
咄嗟に放つことができたのは、何の意味も成さない震え。
言葉ですらない、破片と欠片の断片でしかないからだ。
そんな男の心の裡を、少女は代わりに言葉にしてやる。
その程度のことはとうの昔から全てお見通しだと、改めて教えてやるように。
「違うとは、一体何が違うと言うのでしょうかぁ。ああ、解りましたぁ。わたしが言ったようにしただけでは満足できないと、そう仰りたいのですねぇ。くふふ、全く、貪欲な魔王様ですねぇ。ですがそれでこそ、本物の魔王に少しでも近づけるというものですよぉ。そうそう、これはわたしの完全なる勘違いのはずなのですがぁ、有り得ないという前提で一応お伝えしておきますねぇ。もしかしてぇ、
男は少女に何も言えない。
ただ一言で、いいはずなのに。
異論も、反対も、ただひとつの言葉で事足りるはずだというのに。
男はその言葉をもう一度、少女に告げることが出来なかった。
それを口にするということはまさしく少女の言う通り、自分自身を否定することになるのだと。
男は、理解してしまってしまっていたのだ。
己だけを識り認めること。
それが男には出来るのだから。
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