第14話インテルメッツォ-14 誘惑/有枠
「おやおやぁ、どうされましたぁ。随分とお顔の色が優れないご様子ですが、ご気分でも悪いのですかぁ? もし宜しければ、こちらで少しお休みになられては如何ですかぁ? 先程あなたに
少女の人肌の熱を帯びた濡れた声。
その言葉は慈雨の如き暖かさをもって降り注ぎ、男の
相手が欲するものならば、何でも与えるというような献身。
男の熱を失くした砂のように乾いた心。
そこに滴る雫は愛撫が如き優しさをもってして、柔らかな部位を緩やかに撫でさするよう触れてゆく。
自分に失われてしまったものを、何としても求めているかのような受身。
だが、どれだけ揶揄と嘲弄に塗れ、巫山戯た道化けの嘲笑であったとしても。
その言葉に、嘘はなかった。
少女の言葉は本当に男を想って紡がれたもの。
今まで誰一人として男に与えることのなかったもの。
誰もが男から与えられるばかりだったもの。
そしてそれを
そしてそれは本当に、
誰もが男に対して、そんなことがあるわけないと決め付けていた心情。
男自身ですらも、そんなことはあってならぬと切り捨てていた感情。
しかし、今の男の心の裡にひとの想いが届く余裕などありはしない。
故に、少女の言葉に何も応えることが出来なかった。
今や男の視線は少女を捉えてはいない。
まるで何かに怯えるように、自らの足下のみを無我夢中で凝視している。
そこには、何ものもありはしない。
しかし、それこそがまさに男に安心と安寧をもたらしているとでも言うように、一心不乱に注視している。
だからこそ、一度下ろしてしまったその顔を再び上げることが出来ずにいた。
それでも、この少女を前にして。
その身体が崩折れることだけは、決してあってはならないと。
その心だけは断じて折れてはならないのだと。
それでも、この少女を前にしてありながら。
討つべき仇敵を、撃たなければならぬ大敵を目の前に、自ら頭を下げるなど敗北を認めた者の所作に他ならない。
だがそれでも、男は顔を上げられない。
少女に対するものとは全く異なる恐怖が、男の頭を押さえつけている。
顔を上げればまた、直視しなければならない。
何者でもない誰かの笑顔を。
己の為した結果の全てを。
自分の目で、見なければならないのだから。
「うふふ。あなたがそんなことで悩み苦しみ痛みを覚えることなど、最初から何一つ無いんですよぉ」
そんな男に、少女は慈母の如き情愛に満ちた口調で語りかける。
その優しさ縋り付けば、何もかも委ねてしまえば、全ての懊悩から解放されると思わせる程に。
「何故なら最初からどうしたらあなたにとっての最善は、もう決まっていらっしゃるのですからぁ」
にっこりと、それが少女だと一目で解る、少女のものでしかありえない笑顔を浮かべながら。
「
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