第108話あんた、何か言ってくれないと流石に私も寂しいな(わたしにそんなことはできません)
まるで
そのひとをみていると、そんな想いが自然とわたしの心にうかぶ。
自分が為すべきこと極めたその果てに、自分の在るべき意味を現したようなその姿。
それはどんなふうに動いても、重心が全然ブレることのない凛とした姿勢だったり。
それは付け根から指の先まですらりと長く伸びている、しなやかで強靭な両の手足だったり。
それはホントの意味で無駄のない、全身余すところなく鍛え抜かれた証である線のはしった腹筋だったり。
そして自分がうまれたその意味を、
ただひとつの目的を、たったひとつの手段で果たすために極限まで研ぎ澄まされたその肉体。
だというのに、その身体は
大きくはなくてもハリのある、かたちのいいふたつの胸も。
砂時計みたいにキュッとくびれた、引きしまった腰まわりも。
ただ固いだけじゃない、柔軟で弾力のある筋肉も。
雪みたいに白くて高い食器みたいに滑らかな、きめの細かいその肌も。
そのどれかひとつでも、わたしには手の届かないものだ。
わたしにはそうなる見込みも、そうなれる見積もりも全然たたない。
そのわたしの理想と好みのかたまりが、
けれど、その目が言っている。
ここまで至るのになにがあったのか。
どれだけのことがあったのか。
それでも自分のやってきたことはひとつだと。
自分にできるのはこれだけなんだと。
ただ私は何ひとつ、
何回その四肢を砕かれようと、何度となくその五体を壊されようと。
こころだけは決して折れず、少しも曲がることはない。
だから幾度となく立ち上がり、そのたびに打ち直され
それが、このひとをみたわたしの心象。
恐怖を感じ羨望を覚え、怪物め、とこころのなかで呻きながら、何よりも最初に
だけど刀みたいだと想ったそのひとには、大切なものが抜けていた。
刀として在るべきなら、当然あるべきものが欠けていた。
そのことがより強く、このひとが
「その言動、気性、容姿、風体、
それまで黙ってわたしの背中にはりつていたミドリが、いきなりそのひとに言葉を投げつける。
一瞬、それが誰の声だかわからなかった。
だってその声のなかには、
「ああ、そうだよ。何だ、知ってたのならもっと早く言えばいいのに。前にひと言も喋らないのがいたから、てっきり
あっさりと、そのひとはミドリの言葉に答えを返す。
ミドリの声に含まれていた
自分がひとからどう思われてるか、自分だけが気づいてないように。
もしかしたらそんなこと、全然気にしてないように。
「あのひとのこと、知ってるの? ミドリ?」
わたしは恐る恐る、ミドリに向かって訊いてみる。
あの声がわたしに向いたらどうしようと、こころのなかで怯えながら。
「知識だけはね」
いつも通りの、落ち着いていて揺るぎのない声。
そこにいたのは、わたしの知っているミドリだった。
「でもその知識は確信に変わったよ。
わたしに話しているようで、実際はそのひとに聴かせるための毒を塗ったトゲだらけの言葉。
まともに受け取とめるなんてできないそれを、そのひとは
「何だよ、またかよ。どうして
その言葉にわたしの指はガリッと音をたてて、さらに深く地面にめりこむ。
けどそれ以上に反応したのは、わたしじゃなかった。
「ボクの大事なパートナーを侮辱する権利は
その言葉にはさっきとは違う、でもやっぱり初めてみる感情が含まれていた。
あのときわたしからどんなひどいことを言われても、どれだけ理不尽なことをされてても、黙って受け入れたミドリ。
そのミドリがいま、
「ああ、そうなのか。それはオレが悪かった。
このひと、
それもこんなに簡単に。
「それで話は戻るが
そんなことを真剣に、真面目な顔で訊いてくる。
最初のときもそうだったけど、このひと、まさか、もしかして。あれ、
さっきの言葉は、嫌味でも皮肉でも挑発でもなく。
全部、
「いいえ。そんなことはありません」
そこでようやくわたしはくちをひらく。
「ちゃんと、教えてもらいました」
学校で習うずっとまえから、口を酸っぱくして教えられた。
ちゃんとしたひとになるために。
ちゃんとした、
「そっか。
それはあなたがどっからどうみてもまともなひとにはみえないからです。
とは、さすがに言いたくても言っちゃいけないことだろう。
言っていいことと悪いことがあることは、このあいだ学んだばっかりだし。
それになにより、わたしはひと見知りなんだ。
それになにより。
「それより最初に教えてもらったことがあるからです」
「ああ、そうだったのか。で、それが何なのか訊いてもいいかい?」
「いいえ、ダメです」
「ありゃ、それはまたどうして?」
「だって、知らないひととはくちをきいたらダメなんですよ」
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