第60話わたし、魔法少女になりました そのじゅうなな(泥沼のあしただからこそ、わたしの意志は強くなるんです)

 そう応えて決まったなら、やることはあとひとつ。

 そう答えて決めたなら、やることはただひとつ。

 あしたのために、寝るだけだ。

 今日とは違う、あしたに備えて。

 黙ってたっって何もしなくたって、ちゃんとはやってきちゃうんだから。

 別に頼んでもいないに。

 あしたが今日になったとき、いまは昨日になっている。

 毎日毎日、それが終るまで続いてく。

 誰のためでも、何のためでも関係なく。

 生きてる限りずっと。

 死なない限り必ず。

 幸いなのかどうなのか、わたしはまだ生きている。

 自分のために、生きてるわけじゃないけれど。

 

 でもそれならなおのこと、できるだけしっかり準備してむかえうってやろう。

 いままでが終わってしまう今日に、おやすみをして。

 これからずっと続いてくあしたに、おはようを言うために。

 新しいあしたを、いつも通りの日々にするために。

 だからさすがにそろそろもう限界。

 時計を見たらびっくり仰天、わたしがいつも寝てる時間をとっくのとうにすぎている。

 どうりでさっきから、無性にお布団が恋しいと思ったよ。

 薄くて固くて寝心地がイマイチなことは、今日だけは何も言わない。

 それでもあったかいお布団が、わたしを呼んで待っているから。

 その声の誘惑に、耳をふさいで聞こえないことにして放っておくことはもうできない。

 わたしは我慢ができる子だけど、それにだって限度というものがある。

 なにごとにも限度と程度があって、それを見極めるのが肝心だって、お母さんも言っていた。

 お母さんの教えは、わたしのなかでいきている。

 これからも、わたしのなかでいき続けていく。

 お母さんが何を想ってどんな考えでわたしにたくさんいろんなことを教えてくれたのか、いまはもうわからない。

 でもそんなのいまではもう関係ないし、いまからはもうどうでもいい。

 わたしはそれを全部呑み込んだ。

 まるっと全部丸呑みだ。

 それにもう教えられたことはみんな、残さず余さずわたしの血肉になっている。

 わたしの身体の一部になって、わたしのになっている。

 だったら無駄にならない。

 だから無駄にできない。

 せっかくの、お母さんの想いが

 つかえるものは何でも都合よく役立てて、有効的に利用しなきゃ。

 きっとそれがつかい方だよね。

 どうせプライドやら信念みたいな、は持ってないんだし。

 そんな避けないなもの持ってても、身体が重くなって動けなくなるだけだし。

 ホント、無駄なものはいらないものだよ。

 そんなことをつらつらとうつらに思いながら、ちゃぶ台を片付けてお布団をしくスペースをつくる。

 そうやって押入れからお布団を引っ張り出しているところで、緑の目から声がかかる。

「さっきから何をしているのかと思って見ていたけど、もしかして寝るつもりなのかい?」

 見ていたんなら訊かなくてもわかるでしょ、とは言わない。

「もしかしなくてもそのつもりだよ。だって。それに時間も遅いし疲れて眠いし、じゃああとは寝るしかないじゃない。それともまさか、まだなんかあるの?」

 ホントにあってもこれ以上今日は無理です。

 あとはあしたにしてください。

「いや、そうだね。今日はもうこれまでにしよう。まだまだ色々と話したいことがそれこそ山のようにあるのはやまやまだけど、ただでさえひとより小さい上に、半分以上機能停止しているいまのキミの頭では、何を話しても右から左だろうからね。それに本当はをボクに訊いた時点で終わっていたのかもしれない。そしてボクの最後の問いにキミが答えたときから始まるのだろうね。終ること無く続いてゆく、キミの明日が。そのためにも休息はしっかり取らないとね」

 何か聞き捨てならないことを言われたような気がするけど、全然あたまにはいってこない。

 まあいいや、というかもういいや。いまだけは聞かなかったことにしてあげる。

 それでもわたしの思っていたのと同じようなことを、もっと嫌なふうに言ったのはなんとなくわかる。

 それがあんたとわたしの、似ていて違うところなんだろうね。

「あしたって、わたしのためにあるんじゃないんでしょ」

 さっきの話じゃそのはずだ。

「だけどキミが生きていく、生きていかなきゃいけない明日だよ。、もう嫌になったのかい? 魔法少女として生きていくことが」

 そんなこと思ってもないくせに。

 わたしが思ってないのをわかってるくせに。

「まさか、そんなわけないじゃない。わたしはあしたがくるのが。だってわたしが願って望んだ魔法少女のあしたなんだよ。むしろワクワクしすぎて寢られるかどうか心配なくらいだよ」

 わたしは言いつつあくびを噛み殺しながらそう答える。

「そんなほとんど閉じかけた目で言われても、何の信用も説得力もないよ。……いまのキミに、今更キミに言ってもどうにもならない、ボクではどうにもできないことだけど、伝えておくね。キミの明日がどんなものか。魔法少女であり続けるということは、他人の創り出した泥沼の中で自らの足を洗い続けるのと同じだ。どれだけ洗っても綺麗になることは永遠にない。その泥沼の中にいる限り。しかしそこから足抜けすることはもうできない。泥沼そのものを無くさなければ、キミの身体は綺麗になることは絶対にない。そうしてもがいているうちに首まで飲まれ、底につくことなく沈んでいく。生きている限り、ずっとね。それがキミが楽しみしている、続き続ける魔法少女の新しく始まる明日だよ」

 そんな希望も何もないことを口にしながら、わたしのことを気遣ってくれているのが自然と伝わってくる。

 心配してくれてありがと、でも大丈夫。

「大丈夫だよ。わたしこう見えても泥んこプロレス強いんだから」

「そういうことじゃなくて。ああやっぱり……」

 何やらまた失礼なことを言い出す前に、わたしは緑の目の言葉を遮ってもう一度はっきりと言葉にする。

「だから大丈夫だってば。なんてったって

 だって汚れれば汚れるほど、わたしは強く強かになっていけるんだから。

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