第42話わたし、魔法少女になって神さまの仕事を少し知れました(そんなの知ったことじゃないですけど)
「ふーん、そっかー。神かー、神さまー」
わたしは左手をグーパーグーパー、閉じたり開いたりしながらその存在を口にする。
わたしにあんなことをやらせてくれた黒幕。
わたしを魔法少女に仕立てたあげた張本人。
その
そのひろげた小さなてのひらを、ひと差し指から順番に折り畳んでいく。
そして最後に親指でフタをするように重ねて、両端の指をギュッと締めて握りこみ拳をつくる。
「うん、よし。ま、こんなものかな」
そうしてつくった拳を顔の前に掲げて、その具合を確認する。
「訊こうか訊くまいか迷っていたけど、やっぱり訊くね。それ、さっきから何してるの?」
何をいまさらそんなこと迷ってるんだろ。
訊きたいことがあるなら、いつもみたいにバッサリ訊けばいいのに」
「その神さまとかいうやつの髭面に、言葉と一緒に一発叩きこむための練習」
いわゆるイメージトレーニンってやつだね。
「そうだったんだ、
まったくホントに白々しいったらないんだから。
そんなことを思ってたのか。
あんたがわたしを信じてたとしても、そう思われただけでも大概だ。
さらにそのことをわざわざ言葉にして伝えてくるんだから、十分すぎてお釣りがくる。
わたしがあんたを信じてたとしても、どう思われても何も言えないくらには。
そのうち原液の漂白剤のなかに沈めてやるんだから。
それも塩素系のほうで。
「そんなことあるわけないでしょ」
「そうだったね。今更だったね」
うん? いまなんて言った?
わたしがそれを訊き返す前に、この緑の目はすかさず言葉を挟んでくる。
「それと訂正が確認があるよ。まずひとつは彼女に髭は生えてないよ。それは人間の勝手なイメージだね」
「あーそっかー。女のひとだもんねー」
……女の
「それって神、いわゆるゴッドじゃなく、
「アレに性別最早関係ないけどね。それでもあえて神ってカテゴリーで括るなら、そう呼んでも特に差し支えないんじゃないかな。別に誰が困るわけでもないしね」
さっきから随分と扱われ方がぞんざいだなあ。その他称女神さま。
まあ、ホントに神さまってわけじゃないみたいだし。
だったら、ホントはどんな立場なんだろ。
どんな立場だったら、あの仕組みをつくれたんだろ。
どれだけの立ち位置だったら、あの仕組みをつくっても
「訂正の部分はわかったよ。じゃあ何を確認したいわけ?」
「キミが彼女に言いたいことはさっき聞いたけど、
なんだ、そんなの最初から決まってるじゃない。
「だってー、あんなひとの気持ちを無視してー、意志を踏みにじるような仕組みをつくったんだからー、文句のひとつも言ってやって、ついでに殴りたいなーって思うのがー
「もう一度訊くよ。
あれ? 何か納得してくれないみたい。
それに何かわかってるみたい。
さすがわたしのパートナー。
だったら訊くなくてもいいじゃないと、思わなくもないけれど。
じゃあ、
「
そのくらいは
「成程。その理由なら納得だね。確かに魔法少女の生産システムを創り出して、承認させて執行したのは彼女だよ。だけどキミが彼女に何かする権利も、彼女がキミに何かされる義務もあるとは思えないけどね」
おや? 今度は納得してくれたけど、代わりに否定されちゃった。
「えー、何で? どこが?」
「だって、キミは彼女に
それはもちろん
「
母からも、感謝の気持ちを常に忘れず持ち続けなさないと教えられた。
その気持ちを、ちゃんと自分の意志で伝えなさいとも。
だってその他称女神さまが魔法少女にさせる仕組みをつくらなかったら、わたしは魔法少女になれなかった。
わたしがどんなに想っても、お母さんがどれだけ願っても、それは叶わなかった。
だから。
「最初の言葉はありがとうだよ、だよ。まずはそこから、初めていかないとね」
そこからどう続けていくかは、わたしの左手次第だけど。
「そうだね。キミは大事なことはちゃんと解っている。だけど大切なことが抜け落ちているよ。もしくは忘れているだけかもしれないけどね」
はて何だろ? 最初にやることって他に何かあったっけ?
「それってなぁに?」
「それはボクが教えても意味がないよ。キミが自分で見付けないとね」
わからないから教えてほしいのに。
それってそんなに大切なことなのかな。
「それにそういうことなら、キミと彼女の間には何の権利も義務も発生しないね。キミは念願叶って魔法少女になれた。彼女はそのためのシステムを創りあげた。これでキミと彼女が載った天秤は均しくなった。それが
「えー、何か納得いかないなぁ」
次はわたしが納得できない番だった。
「だってキミは、魔法少女になれることを心の底から悦んだだろう? 魔法少女になれたたことを心の全てで愉しんだだろう? 魔法少女になったことで心の飢えを満たしただろう?
「いやぁ、それは、まあそうなんだけど……」
それはたしかに、そのとおりだけど。
だからって、納得できるってわけでもないんだけど。
でもだからこそ、納得するしかないんだけど。
だって全部事実なんだもん。
その事実にを、わたしのこころがそうだと頷いてしまっているから。
それはもうすごい勢いで何回も。
見た目だけは子どもの名探偵の言葉が頭のなかで再生される。
うるさいやい。
名探偵なんて、犯人に真っ先に殺されちゃえばいいのに。
「それならやっぱり、キミは何の権利も持たないし、彼女も何の義務も負わないね。キミの言葉を借りるなら、それは魔法少女に絶望している者の権利だよ。だけどそんな者はその権利を行使しようなんて思わないだろうね。それどころかそんな権利があるなんて考えもしないだろうね。それにしてもままならないものだね。
「その意見にはホントに同意するよ」
ホント、そんなことばっかりだよ。
「じゃあさ、そこにさっきの理由を上乗せしたら?」
「さっきの理由って?」
だからわかってて訊かないでよ。
さっき自分でよくないことだって言ったじゃん。
自分で言わせたいのは、わかってるけどさ。
わたしの口から、言わせたいだろうけどさ。
「自分の仕事をちゃんとしろ、ってやつだよ」
「ああそうそう、そうだったね。だけどそれは的外れで筋違いの
へー、そんなに働き者だったなのか。
それは知らなかったよ。
でもそれならなんで。
「
テレビをつければ毎日毎日飽きることなく、事故だ事件だ戦争だとスーツを着た偉そうな人たちが、あれが悪いからだこれが悪いせいだとだけ、ただそれだけを言い続けてる。
そんなブラウン管の向こうのことじゃなくっても、もっと身近なところにいくらでも悪いことは溢れてる。
学校にも、公園にも、商店街にも、スーパーにも、そこに行くまでの道のうえにも。
ひとの悪意は、どこにでも溢れてこぼれて堕ちている。
これがその働き者の他称女神さまが全力をつくした仕事の成果だと、この緑の目は言うんだろうか。
「それは彼女の仕事じゃないからね」
緑の目はそうバッサリと言い斬った。
やるべきことには一生懸命。
やらなくいいことは一切放置。
どうやらこの世界で一番の働き者は、ホントに
それは神さまというより奴隷のようだと、わたしは何の
そう感じてしまったことを、悪いことだと思いもせずに。
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