第36話わたし、魔法少女になって変わってしまったことを知りませんでした(その瞬間を見るまでは)

 今日一日の汗とホコリとその他諸々を、お風呂に入って綺麗に洗い流した。

 あー、スッキリした。

 別にニオイとかヨゴレとかがついていたわけじゃいけど、何かがずっと感覚があった。

 それも石鹸でごしごし体を浄め、シャンプーで髪をワシャワシャ清めて、お湯でザバーっと全身を払い落としたらなくなった。

 なんだったんだろ、あれ。

 何だか肩まで軽くなったような気がする。

 お風呂に入って気分がサッパリしたからかな。

 さすが、お風呂のちからは大きいと改めて感じる。

 毎日欠かさず入ってるけど。

 毎日欠かさず入る価値があると、思うくらいには。

 うちではご飯を食べない日はあっても、お風呂に入らない日だけはなかった。

 お風呂の時間は、とても大事なものだった。

 それも毎日しっかりお風呂場を掃除して、ちゃんとキレイにしてからじゃないと入れなかった。

 石鹸やシャンプーなんかも、なんだかよくわからないものを使ってる。

 うちで使ってるのと同じものを、普通のお店やテレビのCMで見たことがない

 いったいどこから、母はこんなものを買ってきたのだろう。

 それもこんな、見るからにを。

 醤油一滴、もやし一本切り詰めて生活している我が家には、どう見ても似合わない。

 たしかに生活に必要なものだけど、ここまでの品は要らないんじゃいなか。

 もっと安くてどこにでも売ってるものでいいんじゃないか。

 そんなことを、母に直接訊いてみたら。

「女の子だもの。ちゃんと、綺麗にしていなくちゃ駄目でしょう?」

 と言われた。

 我が家のお財布の紐は、当然母が握っていたのだ。

 その母からそう言われてしまったら、わたしは納得するしかなかった。

 納得して、使い続けるしかなかった。

 使っていても、宣伝でよくあるようなお肌がツルツルになったり髪がサラサラになったりした実感は、いまのところない。

 でも母が使えと言ったものだから、

 少なくとも、

 それにどちらにしたって、こうしてのは間違いないんだし。

 のはたしかなんだし。

 これが容姿や体型でもそうだったら、なおいいんだけど。

 でもそんな、逆に怖くて使えないか。

 そうしてお風呂から出たあとすぐに、わたしはそそくさと手早く寝間着に着替えてしまう。

 なるべく鏡を見ないように。

 できるだけ鏡に映らないように。

 わたしは、鏡が苦手だった。

 そこにナニが映っているのか、見えてしまうのが嫌だったから。

 だから着替えが終わってすぐに、逃げるように脱衣所から飛び出した。

「あれ、早かったね。もっとゆっくりしてくればよかったのに」

 そこにいたのは当たり前だけど、この緑の目だった。

 そう思ったとき、わたしのこころはゾッとした。

 お風呂からあがったばっかりなのに、背中が一気に冷たくなった。

 当たり前? この緑の目と一緒にいることが? まだ出逢って一日もたってないのに?

 本当なら、そこにいるのは

 お母さんがそこにいないことに、何の感情もわいてこなかった。

 なのにこの緑の目がそこにいることに、何の違和感も覚えなかった。

 

 その瞬間を、目で耳で肌で、そしてこころで感じてしまったから。

 そのときまた、わたしのお腹がグゥーっと鳴った。

 わたしの気持ちに関係なく、お腹ってすくんだなあ。

 まるで必死に生きてるとでもいうみたいに。

 これからも生きていたいと思ってるみたいに。

 この、変わってしまった日常を。

 わたしに何のことわりもなしに、受け入れてしまったように。

 失ったものは戻ってきてはいけない。

 そして一度でも変わってしまったものは、もう二度と戻ってこないということを。

 わたしのことなんてお構いなしに、あざやかに見せつけていくように。

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