第34話わたし、魔法少女にもやっていいことと悪いことがあると思います(わたしはもちろん悪いことなんてしてません)

 わたしはとりあえず、お腹の虫をしずめるためにご飯を食べることにする。

 晩ごはんには遅い時間だけど、そんなの全然気にしない。

 もともと、時間に縛られるような窮屈な生活はしていないのだ。

 お金で首が締まって生活が回らなくなることならよくあったけど。

 大事なのは何時食べるかじゃなく、誰と食べるかだと思うから。

 だから時間なんて関係なく、母とふたりで、一緒に食べるのがわたしの晩ごはんだった。

 それがいまはもうわたしひとりだ。

 余計時間のことなんかどうでもよかった。

 いや、ひとりってわけじゃ、ないんだっけ。一応。

 でもそうなると。もしかたしたら。だったらちょっと困るかも。

「ああそれなら大丈夫、心配しないで。ボクたちに食事に必要はないから、キミの懸念事項は完全に杞憂だよ。ボクたちは食糧から栄養を摂取しないからね。その点に関してキミの台所事情に負担をかけたりしないから安心して」

 訊く前に先回りで答えてくれてありがとう。

 その答えは今日この緑の目から聞いた言葉のなかで、一番ありがたいものだったかもしれない。

 そして初めて、ちょっとだけ羨ましいと思ってしまう言葉だったかもしれない。

 食費がかからないってところだけ、ホントにちょっとだけだけど。

 そこまで思ってからやっぱりそれは嫌だな、と思い直す。

 だってごはんがいらないってことは、ごはんを食べられる幸せがわからないってことに気づいたから。

 美味しいごはんを食べたときの嬉しさを、知らないってことだから。

 誰かと一緒にごはんを食べる温かさを、知れないってことだから。

 もしかしてそんなだから、こんなふうになっちゃったんだろうか。

 いったい

「それじゃあ、あんたは何を食べるの?」

 何を食べて、生きてるの?

「皆の幸せ、かな」

 はあ、それはまた尊いことで。

 それでもって、なんてことするんだ。

 やっぱり一番のは、あんたなんじゃないか。

 これからは、食べる物にはもう少し気をつかおう。

 とは言っても、わたしが選べる選択肢なんてほとんど決まってるんだけど。

 小さな冷蔵庫の扉を開けて中身を見れば、それがちゃんと確認できる。

 そこにあったのは、卵、納豆、酢漬けのキャベツ、もやし、そして鍋ごと突っ込まれているお味噌汁といういつものメンバー。

 長年我が家の食卓を支えてくれている、頼りになる一軍だ。

 しかもいまはそのメンバーに、お肉まで加わっている。

 叔母からの援助によって、なんと鳥の胸肉がスタメン入りしたのだ。

 それだけで冷蔵庫の中がとても華やかに見える。

 なんだかんだ言っても、お肉は食材のスターだよね。

 大事だもんね、タンパク質。

 そんな冷蔵庫の中身を満足げに眺めていると、後ろからものすごく何か言いたげな視線を感じた。

 その視線の色は、言うまでもなく緑色だ。

 この緑の目が、言いたいことを言わずに視線だけを寄越すなんて、もしかして初めてのことじゃないか。

「黙ってるなんてらしくないね。言いたいことがあるなら言えばいいのに」

「それは有り難い申し出だけど、ボクにも一応ひとに気を遣うとう機能はあるんだよ」

 じゃあいままでのは、あれで気をつかっていたつもりだったのか。

「そうやって黙ってられるほうが落ち着かないよ」

 そうやって緑色の視線だけを向けられるほうが。

「そう? それじゃあ遠慮なく」

 これまでは、あれで遠慮してたつもりだったのか。

「ずっと気になっていた、キミのその年齢不相応に華奢な体格の原因は……」

「わかった、もういいから。もう言わなくていいから」

「キミが好きなことを好きに言っていいと許可したと、ボクは記憶しているけれど」

「さっきとは事情と気分が変わりました」

 それにそこまで好きに言っていいとは言ってない、はず。

「それに違うから、これは違うから」

「違うって何が? その冷蔵庫中を見る限り、どこをどう考えたとしても栄養的にも量的にの不足している食生活が、キミの見るからに貧弱な肉体を育んだとしか思えないよ」 

 この緑の目、よりにもよってうちの一軍たちをバカにしたな。

 卵も納豆も、栄養のある庶民の味方なんだぞ。

 キャベツともやしは、財布にとっても優しいんだぞ。

 そんな彼らのお陰で、わたしはここまで育つことができたんだから。

 うん? それって彼らしかいなかったから、ここまでしか育てなかったってことになるのでは?

 それだとこの緑の目の言うことが、正しいということになってしまんじゃないか?

 いやいや、そんなはずない。これは、えーとその、そう!あれだ。

「これは足りないんじゃなの」

「ふーん、それはどういうこと?」

「無駄がないの。ここに必要なものは全部そろってるから、これ以上はいらないの。わかってくれた?」

「つまり、キミの肉付きの悪い貧相な体躯は、極限まで無駄を削ぎ落とした末の産物だと?」

「まあ、そういうことになるかな」

 そうことにしておいて。

 ていうか、さっきからやたらとわたしの体について言いすぎじゃないか。

 そのたびに言い方がひどくなっていってる気がするし。

 絶対わざと言ってるでしょ。

「そういうことなんだね。うん、わかったよ。要するにキミのその身体は、この環境に適応して成長した結果として必然の最適解だというわけだね」

「う、うん。そう、そういうわけなんだよ」

 どういわけだかよくわからないけど、とりあえず頷いておく。

 母からも状況がわからないときは、とりあえず首を縦に振っておけと言われた。

 何かあったら、あとで相手の首を横に捻ればいいだけだからって。

「成程。キミの無駄に質素極まる食生活は、その何処にも一切の無駄がないスタイルを形作るために必要なものだったというわけだね」

「そうそれ、無駄がないってことが必要なことだったの」

「そうなんだ。ボクはてっきり無いのは無駄じゃなくて余裕で、必要なのはお金だと思ったよ」

 この緑の目、結局それが言いたかったのか。

 でも、まあたしかに。

「それは、そうだけど。お金はいくらあっても

 必要なときはいくらでもあるのに。

 そういえば魔法少女って、仕事をしたら何か貰えたりするのかな。

 具体的にお金とか。

「ねえ、魔法少女って……」

「魔法少女の仕事を果たしても、金銭は支給されないよ」

 まだ全部言ってないのに。さっきの仕返しだろうか。

 この緑の目が、そんなするわけないか。

「そうなんだ。じゃあはどうしてるのかな」

 どうして、魔法少女をやってるのかな。

「さあ? ひとそれぞれ、好きなようにどうにかしてるんじゃないのかな。魔法少女になって何を得るのか、それこそひとそれぞれだからね。それに金銭が必要なら、そんなのいくらでも

 えーと、それって。

「それって、?」

「さっきも言ったけど、魔法少女に適用される法なんてこの世の何処にもないよ。だから必要ななもがあれば、適切な行動をとって入手する。魔法少女にとってごく一般的な手段だよ」

 世間一般ではそれを犯罪っていうんだよ。

 

「そうだね。でも、?」

「言うよ、何で? だって

 そんなの決まってるじゃない。

 あれ、でも

「そうか、そうなんだね。それこそが、いや、

「うん? それはそうだよ。わたしはわたし。それ意外のに見える?」

「いいや。キミが、キミはキミ意外ではありえないよ」

「でしょ? じゃあこの話はこれでお終い。はやくごはんにしよう」

 あんまりお金の話をすると、お金のほうが逃げていくって母も言ってたし。

 それにこれ以上、わたしの体のことについて触れてほしくなかった。

 それが何の他意も悪意もない、そんなこと何にも思わないこの緑の目でも。

 そしてようやく、いざ晩ごはんの準備をしようとしてわたしは重大な失敗に気がついた。

 わたしにとって、今日一番の失敗をしたことに。

「どうしたの? 鳩がダブル・オー・バック食らったような顔して」

 絶望しながら固まったわたしを見て、緑の目はそう声をかけてきた。

 そんなの食らったら、顔どころか全部まとめてひき肉になると思う。

「わたし、大事なことをやってなかった」

 それをたったいま、思い知った。

 わたし、ご飯を炊くの、忘れてた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る