第32話わたし、魔法少女になってからやっと家に帰れました(これからはただいまだけじゃありません)

 そうして何とか事情を説明したわたしは、ふたり揃って京の家までついていった。

 京は「もう何ともないから大丈夫、ひとりでちゃんと帰るれるよ。それにもう暗いんだから帰りはこいしのほうが危ないよ」

 そう言って心配してくれる優しさは素直にホントに嬉しかったけど、逆にわたしのほうが「京のことが心配だから」の一点張りで押し通した。

 それはもう強引に。押し倒すような勢いで。

 そんなわたしの勢いに押し倒される前に「うー、もう!わかった、わかったよ。でも本当にこいしも帰るとき気をけるんだよ」と言って折れてくれた。

 もし京が折れてくれなかったらわたしが骨を折るつもりだったから、そう言ってくれてホントによかった。

 そのときはお腹にパンチするなり首にチョップするなりして気を失わせて手足の関節を固めてから、ちゃんと家まで運ぶつもりだった。

 魔法少女になってでも。

 魔法少女のちからを使ってでも。

 これじゃホントに危ないなのは誰かわかったもんじゃない。

 本末転倒なのもわかってる。

 それでもあんな目に遭ったばかりの友だちを、ひとりで帰らせるわけにはいかなかった。

 一日に二回もあいつらに襲われる可能性って、いったいどれくらいなのか全然知らない。

 そもそも一生のうちであいつらに出逢ってしまうのが、どれくらいの確率なのかさっぱり知らない。

 それに暗くて危ないのは、京だって同じこと。

 あいつらに出逢わなくっても、不審者や変質者に遭遇する危険はあるんだから。

 なおのこと、京を夜道にひとりで帰らせるわけにはいかなかった。

 だからこそ、ほっとくわけにはいかなかった。

 わたしが安心するために。

 わたしの心配を解消するために。

 じゃあそのあとは?

 もし京を家に送って、今度は家族まるごと襲われたら?

 でもそんなの、きにしだしたらキリがない。

 そのときはそのときで、魔法少女になって全力ダッシュで駆けつけるしかない。

 そして、同じようにやるだけだ。

 同じように、殺すだけだ。

 そしてわたしのほうなら大丈夫。

 そういう危険な目に遭わないための実際的な方法と、もし遭ってしまったときの実行的な手段は教えられている。

 それはもう母からみっちりと。

「女の子なんだから、いざというときちゃんと自分自身だけは護れるようにならないとね」と言われて。

 それが本質的に、どういう意味をもっているかまでしっかりと。

 だからわたしはひとりでもなんとかなる。

 むしろひとりのほうがどうにかできる。

 、母からの教えを差し引いても。

 どうとでもできるし、なんとでもなる。

 あいつらだろうと、やっちゃえばいいだけだ。

 でもそれっていいんだろうか。

 さっきも思ったけど、どうなるんだろう。

 まあ、それはあとで訊けばいっか。

 もしそんことになったら、逃げればいいんだし。

 

 それは間違ったことじゃないと思う。

 なにも必要ないのに無理することなんかない。

 無理してやる必要なんかない。

 それは最後の手段だ。

 最後の、そして最悪の手段だ。

 でもわたしはその最悪の手段を、最高に愉しんだ。

 最悪の状況を、最高に悦んだ。

 それは全部、母の教えに破ること。

 でもあのときわたしは、逃げる

 無理してでも、やらなきゃ

 少なくともわたしはそう思う。

 わたしだけはそう確信する。

 だってその結果が、わたしと一緒にいてくれるんだから。

 、わたしは

 でも身を護るっていうのは、危ない目に遭わないこと。

 危ない目に遭わないために一番大事なのは、危ないことを徹底的に避けること。

 危険なことには足も首をつっこまないこと。

 信号が黄色だったら一目散に逃げること。

 じゃないと足も首も生命まで、残らず全部持っていかれることになる。

 わたしが殺したあいつらみたいに。

 黄色信号ハザードシグナルでも引き返さずに、赤信号デッドランプを無視したあいつらみたいに。

 そんなあいつらに食べられた京は、ホントに何にも

 黄色くも赤くもない、ただいつもどおりの日常のなかにいただけだ。

 そこに土足で踏み込んだのはあいつらだ。

 悪いのは全部あいつらだ。

 京は何にも悪くない。でも、ただ

 そこだけは、あいつらと同じだった。

 あいつらに出逢ってしまった京と、わたしに出逢ってしまったあいつらと。

 そしてあいつらは京を食べた。

 わたしのしたことは

 そなことをこころの隅で思いながら、わたしはいつもと違う帰り道を京と並んで歩いていた。

 そうして京の家まで何事もなく無事たどり着いた。

 京は「ありがと、ついてきてくれて」と言い、わたしは「気にしないで」と返す。

 そして今度こそお互い「また明日」と言って別れた。

 また明日、「おはよう」と言っていつもどおりの日常を始めるために。

 そのあとわたしはどこにもよらず、真っ直ぐ自分の家へと帰る。

 誰もいない、真っ暗なわたしの家に。

 それでもアパートに着く頃には、辺りはすっかり夜に呑まれて真っ黒になっていた。

 ぽつりと立っている街灯の頼りない灯りが、余計に闇の深さを強調していた。

 今日はいろいろあったからしょうがないか。

 こうやって家に帰れただけでも、わたしホントにだ。

 こうして帰る家があるだけ、わたしはホントに

 そのわたしの帰るべき家には、当然灯りはついてない。

 いつもどおり、真っ暗だ。

 逆に灯りがついてたほうが異常なんだけど。

 異常で、非日常の合図なんだけど。

 もしそんなことになってたら、いままでだったら即警察に駆け込むところ。

 でもいまのわたしなら、ひとりでやってやれないことはない。

 たとえ相手が、ただの人間だったとても。

「ねえ」

「なんだい?」

 いままでずっと姿を消していた緑の目が、いつの間にかわたしの背中にのっていた。

魔法少女が人間を殺したらどうなるの?」

 わたしはずっと気になっていたことを、いまここで訊いてみる。

 家の扉を開ける前に、訊いておきたかった。

「どうにもならないし、どうもしないよ。更に言うなら別に構わないよ」

 それって。

「魔法少女としては問題ないよ。魔法少女である資格は失わないし、魔法少女であることに変わりはないよ。魔法少女を罰することも、その罪を問うこともできないからね。でも、キミが姿当然その責任は全てキミが背負うことになるよ。警察に追われ、司法に裁かれ、法律に殉じて刑に服すことになる。それだけのことだよ」

 

「そう、それだけのことなんだ」

 それだけで、何もないんだ。

「そうだよ。勿論、キミはそんなことしないと信じてるし、ボクはそんなことにならないよう願っているけどね」

 それを聞いてした。

 そして首からぶら下げてた鍵を使って、錠を開けて家に入る。

「ただいま」

 返ってこないとわかっていても、帰ってきたら必ず言うと決めていた。

 だけど、そこに。

「おかえり」

 ありえないはずの返事があった。

 誰のものかはわかってるけど。

「なんであんたが応えるの?」

 わたしと一緒に帰ってきたんだから、その返事はおかしいでしょ。

 それに、あんたはこの家に入るの

「そうした方が自然かなって思ってね。もしかして嫌だった?」

「別に嫌じゃないけど……」

 そう言いながら靴を脱ぎ、部屋にあがって灯りをつける。

 うん、よかった。止まってない。

 そうして明るくなった部屋を見て、わたしはようやく帰ってこれたと実感できた。

 でもそれだけじゃないって気づいてた。

「ただいま」を言ったら「おかえり」を言ってもらえること。

 それがホントの意味でだって。

 それがいまはこの緑の目でも。

 あんまり認めたくはないけれど。

 そんな誰かがいることが、帰ってくることに意味をもたせてくれるんだって。

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