第17話わたし、魔法少女になって少しかわれた気がします(思い込み、じゃいないですよね)

 あと何人残ってる?

 あと、何回残ってる?

 あと、何回、味わえる?

 わたしは、真夏のアスファルトみたいに揺れめく視界を、一周ぐるりとめぐらせる。

 さっきから、触るとヤケドしそうな蒸気の息を、ぜぇぜぇハァハァ忙しなく吐きながら、まわりを見回し残りを見る。

 まるで病気にでもなったみたいな、激しい熱に冒されてぐらぐら煮立つ脳のなかで、残りを指折り数えてまわる。

 そうしたら、残りは片手の途中で終わったしまった。

 もう、これだけ?

 どこかに何人か、隠れてない?

 でも、そんなのどこにもないことは、わたしの目と感覚でわかってる。

 それに何よりエグイアスが、わたしにちゃんと教えてくれる。

 目に映ってるものが全部だと。

 残ってるのはそれだけだと。

 それでも諦め悪く、キョロキョロ目を動かして探してしまう。

 そんな目に映るのは、もうとっくに全部諦めましたというように、やる気なく立ってるだけの、あいつらの残りが少し。

 それと、そこら中にぶち撒けられて咲いている、汚く汚れたドロの花。

 あとは、穴の真ん中にあってやたらと目立つ、わたしの背なんかよりずっと高く積まれた、あいつらの成れの果て。

 まだ全部、ちゃんと生きてるんけど。

 ちゃんと、生かしてあるんだけど。

 チリも積もれば、なんて言うけど、できるのは結局ゴミの山だよね。

 それこそ、みたいに。

 そんなこんなで。

 それもこれも、あっちもこっちも、全部わたしがやったこと。

 これはわたしが何をやったのか、その紛れもない結果。

 これはわたしがどれだけのことをしたのか、そのあからさまな証拠。

 わたしが魔法少女の仕事を、結果と証拠。

 仕事に集中しすぎて、こんなになっちゃうなんて。

 これじゃあどれだけ探しても、があったりはしないよね。

 わかってたけど。わかりきってたけど。それでも改めて確認すると、やっぱり何だか名残惜しい。

 でもまあ、あれだけ頑張ればそれは

 とりあえず、、自分をさせることにする。

「ふー、さすがにちょっと疲れたかな」

 そんことを言いながら、わたしは体のなかの熱を吐き出すように、大きくひとつ息をつく。

 そして、息を整え、汗を拭って、にちょっとした満足感と達成感を得ていると、案の定、がきた。

「まだ全部終わったわけじゃないし、全然終わらせたわけでもないよ。何だか

 ? まさか。

「ちょっと休憩してただけだよ。わかってるよ、まだ残ってるの」

「そう?それならいいんだけど。あとひとつ言わせてもってもいいかな?」

 ダメって言っても言うくせに。

「いいよ、なに?」

どうかと思うよ、ボクはね」

 、相変わらずこの緑の目の言うことは、ぼんやりしていて掴みづらい。

 それでも、何が言いたいのか的確に伝わってしまう。

 それなのに、何を言ってるのか正確にわかってしまう。

 これが、思いを言葉にするってことなのかな。

 ならわたしも、言葉にして答えよう

 思ったことを、ちゃんと言葉にしよう。

 そして、それをすぐに口にださないと。

 じゃないと、この緑の目とはができない。

 それはわたしが、今日という日に学んだことのうちのひとつ。

 この緑の目と出逢ってからの短いあいだに、学ばされたこと。

 嫌っていうほど。

「そういうことって、?」

 だけど、わたしはとぼけて返す。

 白々しくシラを切ってしらばっくれる。

 相手がわかってるのは、わかってるのに。

 わかってるのに、わからないふりをする。

 そこに理由も意味も特にない。

 そもそもそんなもの必要なんだろうか。

 そんなもの最初から要らないんじゃないだろうか。

 それがわたしの、今日という日で感じたことのひとつ。

「全部だよ。キミのやったことと、キミのやってることのね」

 ああ、やっぱりわかってるんだ。

、間違ってはいないでしょ?」

「そうだね。、本当は違うでしょ?」

 ホントに全部、わかっちゃうんだ。

「あはははは、うん。そうだね。確かに

 わたしはあっさりと緑の目の言うことを認める。

 認めて、受け入れる。

 そこから全ては始まるのだと。

 それが、今日という日にわたしが学んだことのなかでも、大事なことのうちのひとつ。

「もう自分に嘘をつくのも、自分を偽るのも、やめたんじゃなかったの?」

 どうしてわたしが言ってないことを、当たり前みたいに知ってるんだろう。

 もう、どうでもいいけでね。

「そんなことしてないよ。ただちょっとにしただけだよ。ホントのことを」

 わたしは魔法少女の仕事を一生懸命やっていた。

 頑張ってやっていた。

 そしてそれを、夢中になって楽しんだ。

 だって、母の言うことは、やっぱり正しかったから。

 間違ったやり方で、正しかったって知ったけど。

 スパイス感情ひとつで快感があんなにも変わるなんて。

 素材があんなでも、

 わたしはそのことに、熱烈に熱中して熱狂した。

 こころが熱くなるほど熱心に。

 それが、あの体が燃えるみたいな熱情の正体。

 「興奮」という、取り戻したわたしのこころ。

 その一部。

 殺さずに一方的に痛めつける優越感と、殺さずに我慢しなければならない飢餓感。

 ひとつを存分に解放して楽しんで、もうひとつは十分以上に押さえつけて耐え忍ぶ。

 その正反対でちぐはぐな思いが、擦れ合って摩擦して生じた熱で、思い出したこころのかけら。

 ずっと忘れていた、主出せないようにされてた、とっても姿

 そうしたら、そんなこころのままに楽しめば。

 あんなことになるのは気づいてた。

 あれはわたしがどれだけ夢中になってたか、見まごうことない、その残骸。

 あれはわたしがそどれくらい楽しんでたか、疑いようがない、そのキズ跡。

 それでも、あれだけやってもやっぱり何だか物足りなかった。

 それがわたしのホントの「裏側」。

 表も裏も、どっちもホントのことだけど、わたしが裏にした気持ち。

 ホントは正しくないけれど。

 だけど、

 だから、わたしは。

「だから、同じだよ。だって、、言ったでしょ」

「そうだね、そうだったね」

 緑の目は今日何回目になるかわからない、大きなため息をつきながらそう言った。

 少なくとも十回以上はついている。単に十回からは聞いてなかっただけだけど。

 多分、この積み重なったあいつらのと、同じくらいの数だと思う。

 そういえば、を言われて、逆にわたしも緑の目に訊きたいことができたんだ。

「ねえ、わたしもひとつ訊いてもいい?」

「いいよ、何かな?」

 ダメって言われても訊くけどね。

「さっきどうかと思うって言ってたけど、それってどういう意味?」

「それはね、どうかと思うって意味だよ」

 ああ、なるほど。そういうこと。

「魔法少女に何か決まりでもあるの?」

「ないよ。ただキミの憧れた、キミの目指す魔法少女としてどうなのかなって思っただけだよ」

 ふーん、なんだかそれって。

「なんだかお説教みだいだね」

「そんなつもりは全然ないよ。ただ、キミを想っているのは本当だよ」

 別に疑ってなんかいないよ。どう想ってるのかは知らないけど。

 知りたくないけど。

 それに、それなら。

「それなら大丈夫。心配ご無用、だよ。憧れの星も目指す目標も、わたしはちゃんと、見えてるから」

 見失ってなんか、いないから。

「それにね」

 それに母がよく言っていた。

 余所は余所、うちはうちだって。

 そして、一番大事なことは。

「それに、満映他こいしみちばたこいし。わたしだけのやり方で、星を掴んで、憧れにたどり着いてみせるから」

 そう、わたしはわたし。

 わたしが間違った悪しきものでも。

 わたしは魔法少女であることを間違わない。

 わたしは、魔法少女なんだから。

 間違ってることは何なのか。

 それこそが、今日という日にわたしが学んだことのなかで、最も大事なことだった。

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