リターンマッチ

@erito2_718

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登 場 人 物


 手嶋爽一(19)手嶋爽一(てじまそういち)。大学生。成瀬陽花と同じ深星(みぼし)小学校出身。


 成瀬陽花(19)成瀬陽花(なるせはるか)。大学生。手嶋爽一と同じ深星(みぼし)小学校出身。


〇回想

大学に入り、その名前を見たときは驚いた。

 爽一「成瀬陽花…」

十年ほど前の記憶が呼び起こされる。


小学生の頃、僕は「マジック」だった。

自己紹介のとき声が小さかったせいで、苗字の「手嶋」が「手品」に聞こえたらしく、やがて「マジック」と呼ばれるようになった。

だが、成瀬さんだけは、僕のことを「爽一くん」と呼んでくれた。

いい人だった。目立つ方ではなかったが、誰に対しても分け隔てなく接し、優しさなのか憐れみなのかはわからないが、人付き合いが得意ではない人達にも程よい距離感で話しかけてくれていた。

あの頃の僕にとって、異性は成瀬さんだけだった。


〇大学の講義室

 教授「…以上の条件のとき、この商品をいくらで販売するのがよいと考えられるか。三、四人くらいで話し合って、提出した人から帰っていいよ」

この講義でグループワークをやることは知っていた。

前から四列目の右側、そこが成瀬さんの指定席だった。

俺はいつも、その斜め後ろに座っていた。

自然な流れで成瀬さんに話しかけられるように。

 爽一「すみません、一緒にやりませんか?」

教授の話が終わっても動き出さないことを確認し、成瀬さんに話しかけた。

 陽花「あ、はい。お願いします」

声を聞いて、やっぱり成瀬さんだ、と思った。

近くにいた、恐らく友人同士の二人組に声をかけ、話し合いを始める。

 爽一「手嶋爽一です。よろしくお願いします」

横目で成瀬さんの反応を伺う。

果たして、俺のことを覚えているだろうか。

 陽花「成瀬陽花です。よろしくお願いします」


〇講義室前廊下

課題を提出し、講義室を後にする。

 陽花「あの、手嶋、さん。もしかして、深星小学校だったり、しますか?」

成瀬さんが話しかけてきてくれた。覚えていてくれたんだ。

 爽一「やっぱり成瀬さんだよね!」

 陽花「やっぱり爽一くんだったんだ!うわ!すごい!久しぶり!」

胸の前で手を合わせて笑顔になる成瀬さん。混じりっ気のない、自然な笑顔は相変わらずだった。

 陽花「一緒の大学だったなんて知らなかった!」

 爽一「ここ地元から距離あるしね。成瀬さんがいてよかった〜、一人でやってけれるか心配だったんだよ〜」

 陽花「あれ?今二年生じゃないの?」

成瀬さんが不思議そうな顔をする。

 爽一「いや、一浪してるから、今一年。だから色々教えて欲しいんだよね、先、輩」

 陽花「あー、私一回ダブってるから、あんまり役に立てないよ?」

 爽一「え?成瀬さんが?ここそんなレベル高かったっけ?」

勉強ができないイメージはなかったので、成瀬さんが留年していたのは意外だった。

 陽花「女の子には色々あるの!」

成瀬さんの笑顔が僅かに淀んだ。

 陽花「爽一くんはまだ授業ある?」

 爽一「いや、今日はもう。成瀬さんは?」

 陽花「私も、今日はもう帰るつもり」


〇喫茶店

 陽花「おいしい〜〜!」

夏休みの半分が終わった頃、ここの喫茶店のシャインマスカットクリームソーダが美味しそうという話題で盛り上がり、都合を合わせ二人で食べに来た。

 爽一「あ、うまっ」

成瀬に続いて一口飲み、素直に驚いてしまった。

 陽花「これもっとバズってもいいのになー」

 爽一「普通に世界レベルだな」

 陽花「これは次に来るスイーツだよ」

 爽一「俺と陽花でバズらせるか」

 陽花「……」

 陽花「バズってほしいね〜」


〇夕方の駅前

喫茶店を後にし、陽花と電車に揺られる。

地元の駅に近づくにつれ、身体の中の落ち着きが無くなり、頭が熱くなった。

別れる時にスっと言おうと思っていたのに、無駄に陽花を引き止めてしまっている。

 爽一「後期は月曜が忙しいらしいね」

これじゃない。

 爽一「この映画が気になっててさ…」

これでもない。

頭の中で何度もシミュレーションしていたのに、一番言いたいことが言い出せない。

 陽花「ねぇ」

陽花の方から口を開いたとき、今までずっと一方的に話していたことに気付かされた。

 陽花「一応私、爽一くんのこと好きだよ?」

陽花の眼が、俺のことを真っ直ぐ捉える。陽花は人の目を見て話すことができる人だ。俺には、それができなかった。

 陽花「だから私、爽一くんの彼女になってみたい」


〇朝の駅前

イチョウの葉が舞い散る中、いつものように陽花を待っていた。

だが、時間になっても陽花が駅に来ない。それどころか、昨日からメッセージを送っても返信がない。

 爽一「なにかあったんじゃ…」

心地よかった涼しさが寒さに変わり、すぐに陽花に電話をかける。

 爽一「頼むから出てくれ…」

心配をよそに、陽花と電話が繋がった。

 爽一「はぁ〜、もしもーし」

 陽花の母「もしもし、成瀬陽花の母です」

陽花のお母さん?なんでお母さんが?

 爽一「あ、朝早くすみません。陽花さんの友人の手嶋爽一です。陽花さんは起きていますか?」

口をついて出た「友人」という言葉が、冷えた身体に溶け込んだ。

 陽花の母「陽花は、今は病院に…」

 爽一「病院…?」

 陽花の母「昨日、自宅で頭を強く打って…今は問題なさそうにしていますけど、一年ほどの記憶が無くなっているみたいで…」

記憶が…?じゃあ、俺のことも…

 陽花の母「それ以外は、ほんとに、元気そうにしているので大丈夫なんですけど…」

 爽一「そうですか。一度、お見舞いに伺ってもいいですか?」

 陽花の母「いえ、そんなわざわざ。一週間もすれば退院する予定ですし、私の方から伝えておきます。えーっと…すみません、お名前は…」

 爽一「手嶋爽一です。陽花さんとは同じ大学で、仲良くしてもらっています」

 陽花の母「手嶋爽一さん…もしかして、深星小学校…?」

 爽一「あ、はい。そうです」

 陽花の母「同じ大学なの。陽花と仲良くしてくれてありがとうね。心配かけてごめんね」

 爽一「いえ、そんな。来られるようになったら大学で顔見せて、と伝えてください」

 陽花の母「ありがとうね爽一君。これからも陽花と仲良くしてやってね」


〇大学

成瀬とは、また一緒にいるようになった。

恋人としてではなく、友達として。

記憶を失って、不安に苛まれている成瀬を、さらに混乱させたくはなかった。

それに、あのとき成瀬に言わせてしまったことを、今度は俺から言いたかった。

 陽花「何書けばいいか全くわからーん!」

 爽一「二年になってから急にレベル上がったよな…」

 陽花「それもあるけど、あの教授も教授!一人で授業やってるじゃん!あれじゃ教科書読んでるのと何も変わらないよ!」

 爽一「だのに出席はしっかり取るもんなー」

話を合わせながら、スマホをいじる。

さくらカスタードシュークリーム。二人で行った喫茶店の、期間限定メニューだ。

 爽一「これめちゃ美味しそうじゃない?」

次は必ずうまくやる。

 陽花「あ、それ。美味しかったよ」

 爽一「え?もう食べたの?」

 陽花「うん。ちょっと前に彼と食べに行ったの」

心臓がグラグラし始め、たちまち全身に伝わる。

 爽一「彼って、彼氏さん?」

 陽花「うん、看護助手さんでね、」

成瀬さんは、なんで人の目を見ることができるのだろう。

 陽花「入院してるときに仲良くなって、」

その混じりっ気のない、自然な笑顔が大好きだったのに。

 陽花「その日の帰りにお付き合いすることになってね、」

頷くことしかできなかった。

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