攻撃力の高すぎる令嬢が、婚約破棄を防ごうとする話 断罪エンドはごめんです。

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 来るべき日に備えて、前世の記憶を思い出した私は決意した。


 攻撃力を高めておこう、と。


 婚約破棄の後に待ち構えている断罪エンド。


 それを回避するためには、ありとあらゆる障害をぶち壊す攻撃力が必要だ。


「うわーっ、人がふっとんだぞ!」

「こいつ、一体なにものなんだ!」


 この世の中で絶対な力、ゆるぎなき力は、攻撃力だ。

 大事なのは、立ちふさがる障がいにどれだけ攻撃を与えられるか。


 盗賊団のアジトに乗り込んで、攫われた少女に詰めよろうとしていた男達。


 目の前のその悪辣な連中ををなぎ倒していた私は、あらためて痛感した。


「食らいなさい。これが私の攻撃力よ!」


 拳でパンチすれば、豪快に吹っ飛ぶ男達。

 連中に攫われていた少女、いやヒロインは目をぱちくりさせて私の顔を見た。


 背後から遅れてやってくるのは攻略対象達だ。


「ああ、またか」


 婚約者の嘆きの声も聞こえる。


「おっ、またか」


 幼馴染の歓喜の声も聞こえた。


 なぜこんな事になったのか。


 それは、この世界に転生したと気が付いた時にさかのぼる。








 私はどうやら、前世で有名だった乙女ゲームの世界に転生したらしい。


 近所にうろついてるような、フランクで親しみやすいお兄さん的な神様によって、転生させてもらった。


 それで、この世界で七歳くらいになった時、私は前世の記憶を思い出したのだ。


「この世界は、乙女ゲームの世界だったのね!」


 しかし「内容がさっぱり分からないわ!」問題があった。

 私はその乙女ゲームをやっていなかったのだ。


 だから、人から聞いた情報しかない。


 たまに通り過ぎるゲームショップで見たポスターの情報と、クラスの女子生徒の会話くらいしか記憶にない。


 あまりにも断片的過ぎるその情報をつなぎ合わせた私は、結論付けた。


 この世界では「攻撃力が大事」だと。


 だって、私は悪役令嬢で、最後には王宮で断罪され、多数の兵士に囲まれてしまうらしいから。


 できるかぎり努力はしてみるけれど、運命の強制力なんたらが働いた時のために、鍛えておかなければ!








「へぇ、それで鍛えているというわけか」


 というわけで、私は小さいころから友達である幼馴染の少年アスクに相談した。


 私は貴族令嬢だけど、アスクは平民。


 身分の違いがあったけど、そんな事きにしなかった。


 だって、アスク面白いし。

 平民って遊びの達人よね。地面に棒きれで絵をかいてけんけんしたりするのなんて、思いつかなかったわ。


「乙女ゲームってのはよくわかんないけど。俺もその断罪エンド?の回避手伝ってやるよ」


 それに、アスクは優しいし。私のいう事なら信じてくれるから。


「これから一緒に鍛えようぜ!」


 体を鍛えて兵士になるという夢を持っていたアスクは、私という同士ができた事に喜んでいた。


 だから、私は、その日から猛特訓して体を鍛え上げてきたのだ。


 運命の強制力は馬鹿にならない。


 ヒロインや攻略対象らしき人物と出会わないように、逆らおうとしても、いつのまにか出会っていたり、仲良くなってしまっているのだから。


 原作開始の時期がきて、学園に通う事になると。それも顕著になってきた。


 私の周りには派手で「おほほ」な取り巻きが増えてきて、なんだか悪役令嬢っぽくなってしまったのだ!







 ヒロインや攻略対象と知り合ってしまった私は、学園生活を送る中で、次々とイベントに巻き込まれた。


 それは、ちょうど攻略対象の一人と婚約を結んでからだ。


 ヒロインが目の前で迷子になっていたり、攻略対象が目の前で落とし物をしたり。

 ヒロインが背後でナンパされてたり、攻略対象が背後でとりまきに言い寄られていたり。


 そのたびに悪役令嬢になるまいと、親切を働こうとするんだけど「別に貴方の為なんかじゃないんですわよっ」とツンが多めに出てしまう。


 この体はなぜか自分の意思に反して素直になれないのだ。(決して私の地の性格などではないはずだ。だってアスクには素直になれるし)


 どんなに善意をふりまいても、悪役令嬢っぽいせりふが台無しにしている気がする。

 ちゃくちゃくと悪役令嬢の道を歩いていく自分に、戦慄した。


 だから、一層アスクと共に鍛え上げる事にした。


「アスク、今日も攻撃力をあげるためにトレーニングよ!」

「おう!」


 校舎の回りを軽く十周、メニューに追加。腕立て伏せとか腹筋とかも倍にしておくことにしよう。


 アスクは現役の兵士からスカウトされるほどの実力をつけた。


 将来学園を卒業したら、確実に兵士になれるだろう。


 そんなアスクが同士であるおかげで、私の攻撃力もめきめき上昇。


 兵士の一人や二人くらいは、軽々と殴り倒せるまでになった。


 これなら断罪エンドになっても大丈夫だろう。


 原作ではヒロインと悪役令嬢が和解するルートはまれで、かなりの確率で破滅する事になると聞いていたが、きっと、おそらく、たぶん大丈夫だ。


「不安ならもうちょい筋トレするか? 攻撃力?ってのを上げれば、どんな不安も吹っ飛ぶだろ」

「そうね! さすがアスク。攻撃力は偉大よ! 今日は二倍の特訓メニューにしようかな」








 こなすトレーニング量に比例してちゃくちゃくと上昇していく攻撃力。


 たまにヒロインが野蛮な連中に連れ去られたり、攻略対象の一人が王子であったことが発覚して国を揺るがす陰謀に巻き込まれたりするが、ここまで上げてきた攻撃力は大いに私を助けてくれた。


 そして、とうとう運命の日がやってくる。


 卒業式が終わってから三日後。


 学校の屋上でひらかれるパーティーで、断罪エンドが来るかどうかが決まる。


 その結果は。


「婚約を、破棄しようと思う」


 こんなだった。


 えぇぇぇぇぇ!


 おかしい。


 どうして断罪エンドのセリフが! 婚約者の口から出るの!


 あんなに頑張って色々やったのに!


 でもヒロインや攻略対象に接する時は、ツンが多かったかも。


 それに、彼等がくっつくためのイベントを多少台無しにしてしまった事もあるから。


 くっ、やっぱり運命の強制力は強大な敵だったのね。


 膝をついていると、アスクが駆け寄ってきてくれた。


「待ってください。一体どうして。何が不満なんですか。確かにちょっと普通より攻撃力が高すぎるけれど。彼女は可愛いし、平民の俺とつきあってくれるくらい優しいし、しかもとっても努力家でまじめなのに!」


 絶望している私は、アスクが何か言っているらしい事しか分からない。


 地面に膝をついて茫然自失としている間に話は進んでいく。


 元婚約者になってしまった婚約者が何か言っていた。


「誤解だ。俺が彼女にふさわしくないんだ。野蛮な組織を壊滅させたり、国を救ったりした彼女はもはや英雄。今は学生だから良いが、卒業後にはふさわしい地位についてもらおう事になろうだろう。俺はそんな彼女に並び立つような存在じゃなくなってしまったからなんだ」

「と、いう事は」

「ああ、だから、悪い意味じゃない。安心してくれ」

「よっ、良かった」

「それに、彼女には君の様に真剣に想ってくれる男性がいるしね」


 アスクと元婚約者は何を言っているのだろう。


 でも、もうどうでも良くなった。


 もうじきこの場に兵士が来るはずだ。


 断罪が確定するためにこの鍛え上げた攻撃力でこの場を脱出しなければ。


 落ち込んでなんていられない。

 断裁されないようにしなければ。


 私はすくっと立ち上がった。


「アスク、貴方を巻き込むわけにはいかないわ。ここでさようならね。断罪されるのは私一人で十分よ」


 そして未練を断ち切りように背中を向けて「えっ、今の話聞いてなかったのか」とか言っているアスクを置きざりにして、走り出す。


 大丈夫、攻撃力があればどこでだって生きていける。


 いっそ傭兵とかそういうのに転職してもやっていけるかもしれない。


 私は攻撃力をふりかざして、野盗とか害獣とかを戦う自分を想像しながら、学校の屋上を後にした。


「ちょっ、まっ。誤解。誤解だって。待ってくれって」


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