第38話

 一転にわかに掻き曇り。

 

 少しの間の後、がんらがんらと盛大特大の崩雷を従え、

 

 御沼は姿を現す、

 

 帝都、東京、皇居直上。



 

 信号待ちしていたら、青に変わる直前、信号そのものが消えた。

 

 消灯した。

 

 工事中のそうした光景は見た事がある、いや、

 

 北海道の、アレ。

 

 地震?! 。


 地面は、辺りは小動もしていない。

 

 次の異変は愛車に起こった。

 自主残業、資料作成で早朝出勤、

 こんなとこで惚けているヒマはない、

 信号はともかく、左右を見てからアクセルをそろり、と。

 

 動かない。


 そも今気づいたが、メーター表示が消えている。

 さっきまで何の異変も無かった我がプリウスはエンジン一つ掛からない。

 

 何、何が起きたっていうの。

 他に手段無くじゃあJAFでも。

 

 スマホが。スマホも?? 。


 まったく?? で、仕方無く歩道に降り立った彼女は、そのとき初めて、いくら早朝とはいえ東京八重洲口の、世界の終りのような静寂に直面した。


 


 ここで予期外の椿事。

 

 テラトン単位での御沼の空間転移によりプチEMPが発生、

 23区の灯が残らず落ちる、ありゃ。

 

 まあいい大勢に影響なし、寧ろ復興特需に沸き返るだろう、

 ここは、そういう処だ。

 

 幸いにして時間は晩夏早朝、これが厳冬深夜とかまして豪雪渦中であったりしたなら混乱事故死も相当数が計上されたであろうが、311を経て日本は更に鍛えられていた。計画停電だって乗り越えて来たのだ、地震を伴わない唯の停電なぞだからどうした、てなもんである。

 因みにこの頃、我々は世界中から弄り倒されかっこうの慰み物だった事を覚えている者は未だ居るだろうか。

 パニック、とは、自由意志の発露を前提としての現象である。

 意志どころか生死の認識すら覚束ない我々には無縁である。

 見よ天晴な国畜ども。

 これらは生きよとすら命じられねば儘ならぬ。

 唯命を待ち其処に在る、

 これが一度命を受くれば、

 清を喰らいロシアをけたぐりアメリカすら恐怖させる、

 国民皆兵死兵となりて敵を討つ。

 現代にあってこの人間性の欠落はどうだ、

 これらは勤勉に納税に此れ励み自身の生死すら厭わぬ。

 あり得ない素晴らしいエクセンレント!! 。

 この世の奇蹟を為さしめた名君を、

 称えよその業績を! 。

 無論その賞賛の対象は不正蓄財以外興味も能力ない日本国政府を僭称するちんどん屋集団では無く、退職金の多重受給以外興味も能力もないキャリア官僚なる筆頭国畜でもない。


 代々木発はぐれ戦車騒動の余韻も冷めやらぬ中へ御沼の降臨。

 

 

 龍?。

 

 龍??。

 

 龍?龍?!龍!!!。


 しかし今、ネットは死んでいた。

 地上波もBSも。

 もし報道機関が生きていたなら、この騒動に驚き転倒した東京都足立区の佐藤花子さん67歳が腰に軽い怪我をした事が報じられただろう、ガラス踏んで軽傷とか死亡でもないのに時々流れるアレ何なの。


 いや、報道機関は生きていた、唯一。


 それがテレビ東京で、ジャパ得の後は朝ダネ!、で結局龍はTVに映らなかった、だとキレイに落ちるのだが本社六本木では即死である、そうではない、生き延びたのはお台場疎開、嫌なら見るなでお馴染みフジテレビであった。他各局はぜんめつしていたので、文字通り独占ナマ中継である。


 羽虫のような報道ヘリが向かって来るのに御沼は、どーせ今の気持ちを聞かれるのは封印されている間にも「ますこみ」なるものとして見知っていたので、

 

 快なり、だがうぬらは煩い、控えよ。

 

 と先手で思念を載せた咆哮を浴びせかけ、追いやった。



 龍です!、

 みなさん!!、ご覧いただいておりますでしょうか!!!、

 私の!! 約100m先に!!

 

 カメラさん、もっと寄れませんか?

 

 えーとスタジオさん! 龍神様は、余り近づくなと!

 

 

 スタジオ騒然。

 

 

 話されたんですか?!。

 

 直接こう、頭に、あー、テレパシー、っていうんでしょうか。

 

 えーご紹介します。別件でしたがスタジオには東京大学名誉教授の……。



 休憩室は階級問わず身体が空けられる自衛官が殺到し、しかし常にジェントルを旨とする彼らは、遅れ後ろからひょいと覗き上げた正体不明何でここに男装の民間麗人に十戒有名シーンの如き立ち現れる一列の誘導路、どうぞ、の声に公嗣はあははと顔を赤らめつつ最前席にちょこんと腰掛ける。


 御沼。


 雄大な姿、皇居直上。


 正に、キクの、

 

 宮内庁、大和の面目は丸潰れであった。

 

 この日のこの光景、これだけは避ける、その為に組織され発足維持発展し、日々研鑽し総てを捧げてきた、総て水泡に帰す、この瞬間。

 

 御沼は消える、正規の召喚でもなく贄の用意もない、せいぜいが一刻の、と平静に事態の推移を想定する脳梁の機能とはまた別に、公嗣の瞳に、じわりと温い兆しが漏れる。

 ああ、おわった、おわってしまった。

 

 悔悟か、不甲斐ない己への、見通しが甘い、あますぎた、いや平常の警戒態勢からしてまだ……。

 

 公嗣さん、と呼び掛けがあった。

 

 びくりと背筋を伸ばし、親父、いえ、……父上、と応える。ここ木更津なら、父には鼻先も同然だ、彼ならブラジルと平気で世間話が出来る。

 

 秦野と御沼にすっかり出し抜かれましたね、ああ、諫めてはいません、貴方は十分やりおおせました。ほんとうですよ、貴方の仕事は寧ろこれからです、少し落ち着いたら戻って来なさい、決して自決などしないように、以上です。

 公嗣はふらりと立ち上がり、お手洗い、どちらでしょうと高い声で質し、再びの路を足早に部屋を立ち去り、際に、

 

 御沼と眼が逢う。

 

 嗚呼、うぬはようやった。

 

 轟く。

 

 画面の龍神が。

 

 がっと脳裏に映像が、幻像が割り込み立ち上がる、公嗣は神剣草薙の剣を抜き放ち逆手に己が心臓に一息に刺し貫き天照大神を絶呼帝が呼応皇居で符を裂き割り光が明治神宮、伊勢神宮、全国国分寺、闇が雷光が武蔵を起点に北上しそれは。

 神霊大戦。

 神州列島の覇権を決する。

 しかし必敗の、総てを灰燼に帰しての。

 大和の単なる、従える贄を滅尽しての、壮大な自滅。


 部屋から駆け出し女子トイレに駆け込み公嗣は激しく全身をわななかせる、御沼の波動が癒す、うぬはやった、ようようやったのだ。

 

 公嗣は啼く、神気に触れ随喜の感涙に咽ぶ。

 なるほど、これは大和が封ぜねば。

 贄が幸成る哉。

 何も従うまい。

 立つ瀬も無い。

 秩序、それは。

 何故の何物の。




 最後に残った借りチャリの1台にまたがり彼女も走り寄っていた。

 

 皇居に向け。

 

 八重洲口から皇居までは直ぐだ。

 というか、反対口。

 

 だから、車外に降り立った時点で。

 

 静寂の中、唯一の喧騒。


 立ち騒ぐ人々。

 

 そして、ほどなく気付く、

 

 

 天空の、威容、

 

 

 

 それは。

 

 

 UFO?。

 

 まず一人が声を発した、指差し。

 

 釣られて何人かの視線が上向く。

 

 龍、

 

 という、次なる、

 

 問い掛け、或いは。

 

 嘆声。

 

 

 ばかな、そんなものが、という呻き、

 か細い悲鳴。

 狂騒的な、笑い。

 

 しかし、

 

 一部の者達は、反応していた。

 

 そこへ、

 その許へ、


 天を仰ぎ見ながらその足が、

 

 或いは、皇居に向けまっしぐらに。

 

 

 龍、

 

 

 その名を呼ばわる声が立つ。

 

 龍、龍、

 

 重なり、連なり、

 

 龍、


 龍、龍!、


 龍!、龍!!、龍!!!

 

 響き、熱する。



 龍!!!!!!!!!!!!!!。



 朝の散歩、マラソン、早朝出勤、官公庁街の徹夜明け早朝帰宅者。

 

 皇居周辺は既に人波が溢れていた。

 彼女もチャリを脇に置き、加わる。

 

 見上げる、皇居直上。

 

 

 ふしぎに恐怖は感じなかった。

 様々なフィクションで既に、

 或る意味ありふれた、

 怪物、クリーチャー。

 

 いや、

 

 これは、この方は、

 

 おおお、

 

 隣から歓声が上がる。

 

 老紳士が、天を仰ぎ、

 

 滂沱の感涙を迸らせ、

 

 

 釣られてか、彼女も目頭がほてってきた

 両目より流れるまま、

 人波がただ、その名を呼ぶ、

 唱和の宴に分け入り、声を併せる。

 

 龍!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!。

 



 快なり。

 

 唯一語。

 

 天上より、

 民草に振り下った。

 

 この乾ききった今を生き抜く力を、糧を。


 生きよ、吾在りと称え、

 ただ自らに恥じることなく、

 生き抜きよ。

 

 もしうぬが、

 

 贄たる己に飽き足らぬのなら、

 

 惑うな、世の呪に従うな、

 置かれた場で諾々と咲くな、

 己が両の二つの足で、

 大地に己を刻むがよい、

 支えるがよい、

 

 人として、屹立がよい、

 

 そのときうぬは、初めて、

 

 人の格を得るであろう、

 うぬがうぬの生を、

 魂を。



 皇居上空に鎮座し軽やかなステップを舞い続ける巨体の下、

 

 人々が集い騒ぎ指差し、

 やがて共に舞踊る。

 

 龍、龍、龍、龍。

  龍、龍、龍、龍。

 龍、龍、龍、龍、龍。

  龍、龍、龍、龍、龍。

 龍、龍、龍、龍、龍。

  龍、龍、龍、龍。

 龍、龍、龍、龍。


 上空の巨体に併せ狂騒的に踊り続けるその足が。

 

 軽い。

 

 あれ?。

 

 あれ??。

 

 ふわ、ふわ、

 

 足が、

 

 身体が、

 

 文字通り、空を切る。

 

 宙を踏む。

 

 みれば!

 皇居の堀が!

 

 沸き立ち、空へ、

 

 魚が、ウナギが、無論、鳥たちが、

 

 踊り昇る、その周り、廻りを、

 

 民草が、大きく、巨きく、おおきく

 

 舞、踊る、共に、

 

 くる、くる、くるり、

 

 軽やかに、空を踏み、

 

 共に舞い昇る、

 

 御沼が舞い踊る天空、

 

 その高みに、

 

 

 高天ヶ原へ、共に、

 

 差し招かれ、歌い、踊り、舞、称える、

 

 奉る、寿ぐ、

 

 その威光、その恩寵、

 

 おお、おお、おお。


 龍、龍、龍、龍。

  龍、龍、龍、龍。

 龍、龍、龍、龍、龍。

  龍、龍、龍、龍、龍。

 龍、龍、龍、龍、龍、龍

  龍、龍、龍、龍、龍、龍。

 龍、龍、龍、龍、龍、龍、龍

  龍、龍、龍、龍、龍、龍  

 龍、龍、龍、龍、龍、龍 

  龍、龍、龍、龍、龍 

 龍、龍、龍、龍、龍

  龍、龍、龍、龍。

 龍、龍、龍、龍。



 おお、

 

 おお、快なり。


 御沼が、その意識が。






 太郎ははね起きた。

 

 天井を、右を見、左を見る。

 下を、万年、という程ではないが敷きっぱなしの、

 帰って寝るだけの自室。


 夢? 。

 

 はは、けっきょく夢落ち?? 。

 

「夢じゃないよ、太郎」


 そこに、現実が着座していた。

 現実に、深香が、告げた。



 終

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