第32話

 私には夢がある、深香は語った。

 

 敗戦を経てこの邦は産まれ変わったという、

 民は由らしむべし、知らしむべからず、

 それが、主権在民、

 民主主義国家へ、と。

 もう自分で喰わない、

 食えないコメを作りお上に奉納する、

 そうした時代ではないのだと云う、

 

 それがお題目でないのなら、

 

 政府は、大和は、

 

 この地この邦の総てを詳らかにすべきだ。

 学校教育が有能従順な納税者生産工場ではないというのなら、

 明かし、教え、

 判断を仰ぐべきだ。

 

 人が居て、神がいる。

 上は民草を贄に神を使役する、

 それは良い、

 しかし、事実は告げるべきだ。

 ましてそれが政争の具に供されるなどあってはならないのではないか。

 政府は、大和は、アカウンタビリティーを、

 パブリックサーバントの責務を蔑ろにしてはいないか、

 

 再度、問う、

 

 それは、主権在民の理念に反しはしないか。

 

 総てが明かされ、

 赦され、

 

 日々、誠心誠意、

 この生という奇蹟に感謝を込め、

 頂きます、有難うございます、ご馳走様でした、

 八百万の神に捧げる、言霊の幸ふ邦を、

 皆で創る、それは、

 

 望まれないことなのだろうか。

 

 

 

 もちろん深香は宮内庁に向け公開質問状を送り付け、たりなどはしなかった。

 

 彼女は学んでいた、

 学ぶとはそういう事で、

 学んだからこそ至ったのだ。



 木食は深香の言葉に耳を傾け眼を細め、

 傾聴し、

 

 呆れていた。


 どうでもよいではないか。


 贄は自ずから贄なのだ。

 意志と能力さえあれば、

 読み書きそろばんが出来るなら、

 手元の小箱で世界の総てを調べ尽くす事が可能な時代なのだ。


 奴隷は奴隷であるが故に幸福なのだ。

 一文にもならない憎悪を浴びる事を望む、

 この仔の幸福はいったい何処にあるのか。


 しかし木食は覚悟していたのだ、

 この仔が最後の主人なのだ、ならば、と。




 まてもくじき、わたしはそこまではのぞんでいない、と、生前、小心でお人よしで少し足りない崇徳、を演じていた魂は戸惑い、問い、おまえは誰だ、何者だと。

 肉体のフィルター、リミット解除された崇徳は直ぐに見抜く、お前は、そうしたもの、であったのか、と。

 そうだよ崇徳、これが私だ、木食も平然と返す。


 ふむん、そうか、と崇徳。

 ああいや、私は、それでも、京を愛しているのだ。


 なら、尚更だ、と木食。

 崇徳に縁起を示して見せる、判る様に。

 

 今回の件で、君も京もずいぶんな縁起を負った、それは、判るな。

 木食は平静に告げる、理解を求めて。

 

 ああ、それは、と崇徳、

 自らの胸中の、昏い炎を眺め、頷き返す。

 

 現にそれは既に乱の形で顕れている、と木食は崇徳の内観と推察を認めながら続ける。それは君の輪廻すら歪める、だが、収まらない。

 

 収まらない、と崇徳は問う、それは、と。

 

 観給え。木食は短くそれを示す、遠未来の京の姿だ。

 

 言葉に反しそれは、異国らしい一室。




 現代の我々になら理解出来る。

 太平洋戦争末期、ホワイトハウス大統領執務室、対日戦略会議席上の光景。

 

 つまり君は、と大統領は眼を剥く、それでもあの国は降伏しない、というのか。

 

 現実の大日本帝国は終戦工作を進めていた。

 これは別の物語である。

 

 ヒロシマ。

 

 そしてナガサキ、カットイン。

 

 

 これはなんだ、木食。

 

 突如展開される凄惨な光景に崇徳はむしろ麻痺した感性で平板に尋ねる、木食は応えない。

 

 

 科学者が公理を口にする怜悧な姿勢で補佐官が進言する、彼の国には既に物理的な継戦能力は存在していません、しかし、戦います、故に。

 精神的に、か、と大統領は呟く。

 はい、彼の国の精神的な継戦能力、ニホンの戦意を挫く必要があります、それも、徹底的に。さもなければ、半端に彼の国を駆り立てる事に、既に一億ギョクサイなるスローガンも流布しているとの事、ニホン本土への上陸作戦は不可能ではありませんがしかし。

 

 

 やめてくれ、木食、崇徳は呻く。

 もういいだろう、止めてくれ。

 

 

 映像は続く。

 

 

 リークに大本営も騒然となる。

 親米派から、京は戦火を免れる、という、非公式な、後のナム戦にも続く、大国の驕り、自己規制内部規約の、米国の戦争方針に関する情報が今次戦争にはあった。

 

 それが、反故にされる、という。

 

 京は、京は護れるのか。

 

 出来ない、と言えない、それが日本という社会だ。

 

 総力を結集すれば、必ず。

 

 

 日本近海、本土上空、総てはもはや米国の管制下であった。

 米軍の準備攻撃は正に徹底的だった。

 残存海上戦力は一隻残らず大破着底、港湾に屍を晒し、京都近在の地上航空戦力は基地ごと地上撃破され、対空砲火も100%沈黙を強いられた。支給された38式歩兵銃を手にした近隣住民まで招集された。

 太平洋、日本海、遊弋する機動部隊からの絶え間ない襲撃、絶対的航空優勢の中、悠然と遥か上空を、巨大な4発重爆撃が1機、京都上空に到達し、たった一つの爆弾を投下した。

 

 

 京が追った縁起だ。

 

 木食がぽつりと云う。

 

 崇徳は言葉も無い。

 

 

 だが、やりようはある。

 と、木食は続ける、少しマシな方に。

 

 救えるのか、いや、まし、だと。

 

 

 そう、と木食、顔を俯かせ。

 京を救いたいか、と問う。

 君は汚名を被る、そして京は傷つく、だが、マシだ。

 縁起は解かれる、ああ。

 

 木食はにっ、と嗤う。

 手は私が下そう、君は。

 

 

 号令せよ、天下に向け、良きに計らえ、唯一言、それで、それだけでいい、さあ崇徳上皇、今こそ。

 

 崇徳は訝しむ、つまり、どういう事なのだ、と。

 

 京が望むのさ、と木食は或る種の諦観を覗かせ崇徳に説く。

 上皇が無念、如何ばかりであろう、これはただでは収まるまい、流出、だよ。

 私が望んでいる、そういう事、か、と崇徳。

 そう、上皇が望むであろう結果を、京は欲している、そういう事なんだ。

 

 嗚呼、私は京を愛している、愛しているんだ、木食。

 崇徳は嘆く。

 知っているよ、崇徳。

 私の汚名が京を救うのだな。

 そう、君は怨霊として末永く伝説となる。

 

 

 よきにはからえ、と崇徳は晴れやかに宣した。

 崇徳が、上皇が此れを今此処に命じる。

 

 

 心得た。

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