第3話

 プラザからプールへの返し馬、

 

 日夜必ず脚留め掛かる美橋の二重信号交差点待ちで無線が鳴った。

 

 3603どうぞ。

 はい03。

 神子のセブンで女性のお客さま、ハタノ様、ハタノ様でお願いします。

 神子のセブン、女性でハタノ、りょーかいしました。

 太郎ははナビに目を走らせ23時に、ねえ。


 大宮中央はふしぎな会社だ。

 

 会社というのは営利組織集団、つまり金もうけの為に人が集まり営んでいる、そういう人間集団である、というのは昨今の智が早い子供、幼稚園児にすら理解できる根本原則であろう、水揚げは置け、全社安全運転にのみ徹せよ、などと、理想はともかく現実はね、という皮肉抜き、代表自らこれを真顔で宣するなど、これぞ現代の新人神、正に神か。


 大宮で、社員みんなでのんびり走ってます、というコピーを片手に当社の扉を叩いた当時、それが100%嘘偽り無い事実そのものであるのに、営業の数字造りにほとほと疲弊仕切っていた太郎は逆に唖然としたものだ。


 まあ良くしたものでタネも仕掛けもあるというのは、母体に宝栄建設という不動産業があり、独立採算連結決算、ではない、とはいえグループ全体としては喰うに困らない、精神的にこの余裕は大きい、何とはなれ、バブルも遠くなりにけり。かつては終電を逃せば他に頼る手段の無かった週末夜の皇帝タクシー様も、深夜長距離バスに代表される廉価同業他社、漫喫ネカフェや24時飲食等帰宅オルタインフラの充実、何より新幹線の登場、長野新潟当たり前伝説、神子?、3倍メーターなら行ってもwの貴族没落ワンメーター、近くでもご遠慮なくどうぞと金と健康を客から奪い生涯タクシー漬け狙い姑息生存戦略など。


 輪を掛けてふしぎなのはこの無線の件だ。

 

 他社では無線は奪い合いだと仄聞する。配車についてその公平性についての異議申し立て、やっかみや1本でも多くとの社内営業等々。

 それが、当社宮中では皆、無線を嫌うのだ。

 まあ無線だって大当たりばかりでもないのは事実だ、最近では膝関節など酷いもので、駅出しで西口戻しならまだしも、中山道の交差点内路肩に狭い思いで客待ちした挙句東口とか、舌打ちの一つもしたくなる、まーこれも仄聞するに保険適用外弱み付け込み産業だとかで健康に糸目付けない以上他が吝くなるのも人情か、傷病需要なだけに自宅直行、当たればでかいが稀でねああいや交通弱者を弊社もまた社会使命として全力支援これ努めて参りますことよこれはmjdでも愚痴の一つくらいいいじゃないかたくどらだもの。

 それでも無線の旨さは消えない、1時間待機でワンメなら無線のワンメの方が痛くない、なにより無線は迎車、ワンメ50%増しが乗るのでまずワンメでは終わらない、加えて魚心あれば水心、いつも近くて申し訳ないねとチップ確定のお得様も居られる。無線を嫌う理由は何一つない、ハズ。

 

 智性の放棄は人間性の放棄では無いか、何の為に我々人類は野生の、本能の頸木より脱し、同族殺しに加え種の滅亡までのリスクを担保に智性獲得という選択を為したのかと。


 我々人類のこの智性とは何か、我々は騙されたのではないだろうか。

 

 人間以外の生物を眺めて見るとそれが良く判る。

 

 神の摂理、本能に従って存在する彼らは、実に幸せだ、惜しみなく恩寵に預かり各々存在を、生を謳歌している。弱きは強きに従い、そして強きは貪らない、自ずと分を弁え、食すを狩り、適正に個体数を維持し、ライオンがシマウマより繁殖し食糧不足に陥るとか、食べ過ぎて肥満により自重により手足を病み朽ちるとか、巣造りが過熱して遂に自ら棲息する自然環境全般を破壊してしまうとか、群れ同士の抗争が大規模闘争に発展して種の存続そのものを脅かすとか、総てが美しく調和し、何一つ問題も課題もない。

 

 翻って我々のていたらくはどうか。

 

 現状、何一つ、この世界に、地球に、宇宙に、神に誇れる様な事はあるか。

 

 旨いといっては喰い過ぎて吐き、明日が心配だといっては貯め込んで腐らせ、少ないといっては奪い合い多いと安心しては濫費し遂には使い尽くすまで気付かず、数多の人間外種族を滅亡に追い落とし、宇宙が地球が億年単位で慈しみ培った環境を僅か千万年で瓦礫の山に変え。


 おっと、彼女がそうか。


 深夜閑散のコンビニ駐車場でその姿は際立つ。

 夜目にも鮮やかな腰までの、闇に借りて染め抜いたかの艶やかな黒ロン。

 ハザりながら乗り入れて来る営業車に停車しきる間も与えず小走りに駆け寄ると、開いた後席ドアを無視して助手席窓から軽くこんこん。

 あぁ?。

 怪訝な顔つきのタクドラに取り合わず人差し指で助手席へとんとん。

 何でまあ、一人乗りで助手席指定とか恋人同士でもあるまいに、しかしサービス業、時間借り上げ移動個室の顧客使用要望とあっては致し方なし、後席足元余裕確保に目一杯前出ししてるシートをガンと力任せに引き下げ乗り出した身のまま伸ばした手で助手席側ドアをそのままアンロックするとわっハードキスの勢いで突っ込んできた女性客の顔面とニアミスしかし相手仔細構わずさっさ背もたれを倒し勢いよく全身を乗り入れそして。

 その手が素早くナビに動く。

 流石はケータイネイティヴ世代というべきか。

 それは普通ないだろうナビは大事なだいじな現代タクシーを教え導く必須アーティファクト、素人乗客に弄ばれてよいものではないざけんなおら、怒声、罵言を叩き付けるべく開口されたタクドラの発声部位が凝結する傍ら一流ピアニストの連弾もかくやの流麗怒涛でデータエントリが。

 ぴっ、と人差し指で画面を示しその了を宣しつつ、この通りに、但し安全運転で。


 法定速度厳守、で、で?。

 と毒気を抜かれたタクドラが平板に発する声に再びゆっくりと幼子をあやす慈母の如き悠揚で安全運転、で、と。

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