第4話

 3603どうぞ。

 はい03、うぉう。

 はい実車確認しましたー安全運転でお願いします。

 ぜ、03りょうかいです。

 

 となりで小さく、くすり。

 ナビだけ入れてメーター入れない初歩のしょほを見られてしまった。

 深夜の路上は、逆に法定速度では危ない。

 クラクションはもちろん、下手するとカマ掘られで。

 当然、飛ばし過ぎは論外。

 はたのみか。

 隣席から鳥の囀りの如く、よろしく、という付けたし。

 秦氏のハタ、とか。

 正面を向いたままミカはタクドラを睨む、僅かに開いた眼で。


 ご明察、山田さん。

 

 山田太郎、乗務員証にはっきりと。

 

 ナビ操作だけが助手席乗車の目的ではないのか黒ロン、今回は無言の行を自ら崩してノは野原の野、ミカは深い香りで秦野深香と名乗り終えた。

 太郎はハンドルを握りながらナビに素早く指を奔らせ行程の概要を確認把握する、首を傾げ何ぞー思わず舌打ちしそうに堪え、再確認、間違いない。

 このタクシーは何処にも向かっていない近所をぐるぐる回っているだけだ、いや、

 

 ただぐるぐる??。

 

 もう一度、経路を追う、タクドラの忍耐と技量を弄ぶようなぱっと見何の意味も見いだせないなめんなごらお代はけっこうここで降りろやくそが案件、路地の九十九折、漸減斜行、これ、は、経路が複雑に微妙にすれ違いしかし全体が描くこれは。

 

 ……六芒星。

 

 隣から洩れた低い独語を深香は抜け目無くその耳に聞き拾いへえ、と感心、存外、言外にタクドラ風情がそれを看破する、おやおやこれはこれはくわばらくわばら、細めた眼を太郎の角張った浅黒い貌に向け浮かぶ表情を探る。


 なるほど安全運転に、だ、深夜住宅街のブライドコーナーを連続右左折など仕事で無ければ出来るものでは無い、正直軽い殺意すら覚える、しかし。

 

 六芒星、いったいなんの、何が。


 しばらく言葉が途切れた。

 

 深香は何が楽しいのかふんふんと太郎が覚え知らぬリズムを刻む。

 

 営業職歴が長い太郎は顧客満足度醸成に臨機で、振られれば合わせるし無言でも当然、一切頓着しない、ので、再び口を開く役はやはり助手席だった。


 ムジュンしてない?。

 ナルホドウライクな口調でぴっと指を立て不意に問いを立てる。

 えと、何が?。

 流石に唐突に過ぎ太郎は要領のない生返事。


 はっと、これだから、とクチパクで嘲り深香は、


 なんで、法定速度遵守の方が、危険になるのかしら。

 噛んで含めるように問う、お判りだろうか。

 


 はぃ?。

 深香の言葉は思念のビーンボールとなって太郎のこめかみを強打した、持っていかれ掛けた視線と意識を前方に、ミラーに戻し、なんだ、この女。


 深香の口は閉じない、動き紡ぎ続けるそれは、

 なんで、このタクシーもほかのクルマも、100k以上、簡単に一般道でも速度が出るの、なぜそういう構造が認められてるの。


 えーぇ。


 なぜ、と言われて。


 一般道。

 

 法定速度、概ね40キロ、生活道では30キロか。

 実際に30キロで走行してみるといい。

 まるで、静止しているような錯覚に陥る。

 

 これは、タクシーでも同じだ。

 

 もし仮に、それが法定速度、道交法遵守の業務ですと強弁して走行しようものなら、客より先に自分がキレる、むしろ危険で、一般車は煽りまくるだろうクソベンツBM。

 

 しかして、もし仮に法定速度であったとしても、側道から安全確認放棄の自転車、原動機付自転車が出現し接触したとした場合、どうなるか、否。

 通例通り、30キロ道路を40キロ、50キロ、80キロでそれらをハネ飛ばした場合、どうなるか。

 

 深香の問いこそが、当然なのだ、それは、その事態はなぜ、発生するのか。



 走る、曲がる、止まる、クルマ。


 道路交通法が適用される道路に於いて、自動車や原動機付自転車は免許を以って、行政法概念上此れを特別に運転することを許可せしめん。


 答え。

 公権力が許可し皆もこれに従っている、から。


 現在マラソンのワールドレコードが約2時間、つまり時速換算で約20k、昔の飛脚が永遠に走れるようなもんと思えば、自動車の最高速度は時速20kでじゅうぶんじゃないかしら。

 

 そう思わない、とタクドラを振り向き、その顔には昏い笑い。

 

 元がもとだけにある種の、美少女に収まらない妖艶が漂う、交通事故死撲滅、人命が総てに最優先する、それが単なるスローガンじゃない真摯な意志に基づくなら、よ、社会の利益、経済、効率、いろいろ人命の上位にあるのがこの列島、今のこの我々の真実、そういうことよね。


 えーぇ。


 命は地球より重い。

 

 もちろんだれもそんなことばにこだわらない、殊にこの日本に於いて、は。


 命は日々大量の命を喰らう。

 そもその命だって、人命、である事が前提だろう。

 殺虫剤一缶は使い切るまでどれだけの殺戮を続けるのか、



 でもそうじゃない、それだけじゃないの。

 

 贄なの。

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