第4話 〜お兄ちゃんは叫びたいようです〜

 少し落ち着いた俺は、考えていた。

 この状況が本当に『』なのだとすれば、今後どうすればいいのかと。


(ゲームとか、ライトなノベルとか。よくある設定なら、指を振ったり『ステータス』的な事言えば、自分の情報を数値化して見れるんだよな?)


 とりあえず俺は、指を軽く振ってみる。特にそれらしい事は何も起きない。

 次に「ステータス」と、軽く唱えてみる。が、こちらも特に何も起きない。


「困ったな。少しでもこの置かれた状況を理解できればと、思ったんだがな……」


 顎に手を添えながら考えてみる。が、一向に良い案は浮かばない。


(そう言えば、さっきからやけに静かになったな?)


 考え込み過ぎて、気づかなかったが。先程まで俺の周りを楽しそうに走り回っていた妹の姿が、いつの間にか居ない。


「……っ!? 陽菜子……!?」


 俺は慌てて、周りを見渡す。


(しまった……! ここ数年間、ずっと引きこもってたから忘れがちだったが! アイツ、元は物凄く好奇心旺盛なヤツだった……!!)


 神崎 陽菜子カンザキ ヒナコ、14歳。今では根っからの引きこもりだが、元々は好奇心旺盛な妹だった。


 アレは妹が、まだ4歳ぐらいの頃だっただろうか。田舎に住む祖母の家へ、家族で遊びに行った時の話だ。

 某子供向けの長編アニメの、ずんぐりむっくりとした……駒で空を飛んだり大きな猫型のバスに乗ったりする生き物に会いたいと言って、裏山でどんぐり採集に勤しんでいた時の事。

 小さい子供が一人入れそうな獣道を見つけた妹は、『トートの道!!』と言って猛ダッシュで入っていった。俺も慌てて追いかけたが、年の差もあって、妹より体の大きな俺のサイズではあまりにも小さくて入れなく、見失ってしまった。回り道と共に妹を探したが見つけられず、すぐに両親や親戚に事情を説明して、共に妹の捜索が開始された。

 日が暮れても見つけられず、その日の内に警察に捜索届けを出した。


 ……そして一週間ほど経ち、そろそろ捜索も打ち切りになろうかと思う頃。俺たちは祖母の家へ帰宅し、床の間へと向かった。そこにはなんと、もしもの時のために一人残っていた祖母と共に、何食わぬ顔で机の上に置いてあった茶菓子をモグモグと食べてる妹の姿があった。

 しかも第一声が『あのね! どんぐり、いっぱいあるところ、みつけた!!』とニッコリと満足気に笑うのだから。俺を含め、両親も親戚も怒りを通り越しては安堵と共に、その場にへたりこんだものだ。

 勿論、当の本人は記憶にないのが現状である。


 いやぁ、懐かしい記憶を思い出したものだ。……っと、浸っている場合ではなかった。

 問題は異世界(仮)に来てしまったことで、テンションが爆上がった妹が、元々持っていた好奇心を取り戻し、この場にいないということである。


(しまった! 俺とした事が、浅はかだった!! ばあちゃんの家の裏山と違って、ココは異世界(仮)の見知らぬ場所だ……。あの時とは場所も状況も全然違う!!)


 俺は頭を抱えて、全力で当時の状況を思い出す。

 あの時、祖母は妹から聞いた話で何をしていたと言っていたか?


(たしか、拾ってきたどんぐりで一緒に駒を作っ……じゃなくて! えーっと、えーっと!?)


 そうだ、おばあちゃんは言っていた。「ばあちゃんはねぇ、ヒナちゃんがそろそろお腹空く頃だと思って、獣道に向かって『ヒナちゃん、おやつの時間だよぉー』って言っただけだよ」と。そしたらポケットいっぱいにどんぐりを抱えた妹が、満足気に出てきたのだとか。


 精一杯思い出した結果が、今特に役に立たないことだったと思い知り、俺は両手で顔を覆う。


(そう言えば。ばあちゃんもヒナとはまた違ったベクトルの、マイペースな人だった……!)


 血は争えない。マイペースは遺伝するんだな。そう言えば、ウチの両親もマイペースだったよ。似たもの同士の結婚だったよ!

「俺も気づかないところで、マイペースなのかな」とか、再び現実逃避しかけたが、今妹を探せるのは俺と伊織しかいない。


 そう言えば伊織。先程から一言も発していないため、危うく忘れかけていた。


「イオ! 大変だ! ヒナがいな……」


 ……と、言いかけて俺は固まる。何故ならば。この状況に一番ついてきてこれていないのは、どう考えても伊織。そう、伊織は考えたのだろう。それはもう一生懸命に。なんせ根が真面目なやつだからな。

 そしてダメだったのだろう。……今、俺の目の前には、思考回路が完全にショートしたのであろう伊織が、立ったまま気絶しているのだ。


 俺は伊織の両肩を掴む。


「うおぉぉおおおっ!! 頼む伊織! しっかりしてくれ!! この状況でお前まで失ってしまったら、俺は誰に頼ればいいんだよ……!?」


 そして必死に、伊織の肩を前後に揺らす。その姿には年上の威厳など、微塵もないほどの醜態。それほど俺は必死だった!!


「……だぁー!! 出て来いヒナぁぁぁぁああぁぁぁぁあ!! じゃないと、お前のゲームのデータ! 全部消すぞぉぉおおおおっ!!」


 俺は大声で叫ぶ。それはもう、エコーがつくほど大きな声で。

 すると遠くから「ひゃー! それだけはやめてぇぇぇぇええっ!!」と聞き覚えのある必死な声が返ってくる。


(よかった! とりあえずヒナは無事なのか)


 ほっ、と息をつく……のも束の間。妹の必死な声には、何か別の理由も含まれていそうだ。

 何故か? それは……。


 ――――――……ン……ズ……シン……ズシン……!――――――


 腹の底から揺れるような地響きが、だんだんと近づいて来るからだ。


 嫌な予感がして、俺は一歩後ろに後ずさる。

 すると音のする木々の方から、妹が勢いよく飛び出してくる。

 そして見事に一回転して受身をとると、俺と伊織に向かって一言。


「ヒロくん、イオ! 大変だよ! 逃げて!!」




 そう叫んで俺達の手を掴んで走り出した瞬間、木々をなぎ倒しながら巨大な【何か】が現れた。

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