第22話
小学校の同級生だった木本君。
離婚したお母さんひとりの稼ぎでは自分と妹は満足に食べられず、給食のメロンの種まで食べていましたね。私が一度、何故種まで食べるのかと聞いた所、少しでもお腹を満たす為だと正直に答えてくれました。
懸命にお母さんを支え、妹の面倒を見て、家事をしながら学校に通っているのに、私にいじめられ、つらかったでしょう。
一切反撃せず、私の悪口も言わず、じっと耐えてくれた木本信一君。酷い事をして、本当にごめんなさい。
加山さん、私にいぼいぼといじめられ、悔しかったでしょう。
きっと皮膚科へ行ったり、薬を塗ったり、色々努力していた事でしょう。
私が高校で上級生に集団リンチされそうになった時に、懸命にかばい、守ってくれたあなたの勇気と優しさを忘れません。
私は自分の手にいぼが出来た時に、あなたの気持ちが嫌と言う程分かりました。
加山篤子さん、あなたをいじめた事を深く悔い、そして深く感謝しています。
金井さん、癖毛だから仕方ないのに私に髪型や服装にいちゃもんを付けられて嫌だったでしょう。
服装も、ただ親御さんの好みに忠実に従っているだけなのに、私に変な趣味等言われてつらかったでしょう。
他の友達を経由してやめてくれというメッセージを送ってくれていたのに、汲み取れず、いじめをやめず、悪かったです。
金井伸代さん、今は自分で選んだ髪型や服装で、誰かと笑顔で過ごしていますか?
小山さん、あなたが独り言が多かったのは、友達が欲しかったから、誰かに聞いて欲しかったから、誰かに返事をして欲しかったから、誰かに相手にして欲しかったからでしょう。
理解せずいじめて悪かったです。
私が友達になり、私が聞いて、私が返事をして、私が相手にすれば良かった。
小山瑞紀さん、面白がって、馬鹿にして、罵った私を許して下さい。
里中さん、あなたの体臭を誰より気にしていたのは里中さん自身だったでしょう。
何とかしようと病院へ行ったり、使う石鹸を替えたり、毎朝毎晩風呂で懸命に体を洗っていた事でしょう。私に臭い臭いと言われ、深く傷ついていたでしょう。
里中幹代さん、鼻をつまみ、犬を追い払うようにシッシッと手を払った私を許して下さい。
水商売をしていた時、あるお客さんにそうされて初めてあなたの悔しさが分かりました。
今は体臭も消え、楽しい毎日ですか?
寡黙児だったナツミちゃん、あなたが一切口をきかなかったのは、きっと誰かがあなたが何か言うたびに、あなたの言葉遣いを咎め、いちいち直していたからでしょう。
何を言っても咎められ、直されるのがどんなに嫌な事か、私も昔付き合った人にそうされたので、よく分かります。
だったらもう一切口をききたくない、と黙り込んでしまったのでしょう。
あ、って言ってみて、と何とか声を出させようとして、悪かったです。
私が何か冗談を言った時に、楽しそうににっこり笑ってくれた、あなたの可愛らしい笑顔が蘇ります。
原口夏美さん、今は誰かと楽しくお喋りしていますか?
黒板の数字を書き変えていた高橋さん。
あなたはきっと誰にも言えない程、苦しい何かを抱えていたのでしょう。
そして私が愛されて育っているように見えて、妬ましかったのでしょう。
私の親の職業を聞いて、では立派な家なのだろうと思ったのでしょうし、英字新聞を学校に持って行ったりして、自慢しているように見えたのでしょう。
父にしょっちゅう海外旅行へ連れて行ってもらったり、母の手製のワンピースを着ていたり、髪を母に編み込みにしてもらったり、授業参観にも母は毎回来ていたし、可愛がられているように見えて、そうではない自分が惨めだったのでしょう。
そう言えば、私は高橋さんのお母さんが授業参観に来ているのを見た事がありませんでしたし、あなたが家族の話をするのも聞いた事がありませんでした。
そして何より、いつもどことなくさびしそうで、それを隠そうとして荒れていたような気がします。
だから誰も居ない家に遊びに来させて待ちぼうけを食わせたり、嫌味を言ったり、黒板の数字を書き変えて私を犯人扱いしたりする事で、精神のバランスを取っていたのでしょう。
親御さんにされた意地悪を私にする事で「苦しみの順送り」をして、気を紛らわせたかったのでしょう。そして自分は正義の味方、と言う顔で騒ぎ立てる事で、つらい気持ちを一瞬でも忘れたかったのでしょう。
私が
「昨日見たよ」
と言った時の、あなたの追いつめられたような眼差しを、今もよく覚えています。
ただ高橋さん、あなたはそれ以降、誰かが何かまずい事をしているの見たとしても、もうやめなという気持ちを込めて
「見たよ」
とは言っても、人に口外する事なく見逃して、相手のプライドをぎりぎり守ってあげたのではないでしょうか?あの時私がそうしてあげたように。
もし高橋さんが私から、「思いやりの順送り」を学んでくれたとしたら、本当に嬉しいです。
そして高橋さん、あなたの名前は、愛が実ると書いて、まなみと読みます。きっとあなたの親御さんはあなたが生まれた時は、愛情を持って育てようと思っていたのではないでしょうか?あなたも愛されていると思えた瞬間も、時々はあったのではないでしょうか?
高橋愛実さん、今はみんなに話したいような、嬉しい何かを溢れるほど抱えていますか?
私が最初に付き合った男性の親が経営する寿司屋に住み込みで働いていたユキオ君。
あなたは私に、寿司職人として一人前になる夢を何度も語ってくれました。
独身のままあなたを産んだ貧しいお母さんを助ける為に、自ら中卒で、しかも住み込みで働く事を選び、自分をいじめる経営者の息子の暴君ぶりに耐えながら、夢を叶えようと懸命に努力していました。
それこそ出来ない我慢をし続け、円形脱毛症になり、若いながらも全部の髪が抜け、やつれ、痩せこけ、それでもいじめをやめてくれないその人と、たしなめようとしないその親を恨みながらも、他で雇ってもらえるか、通用するか、お金がないのでアパートも借りられず、住み込みの職場があるのか、田舎に帰ってお母さんに迷惑を掛けたくない等、色々な不安を抱えながら、毎日を懸命に生きていました。助けてあげられなくてごめんなさい。
私が東京に出る前に、これが最後と称して一通の手紙をくれましたね。
そこには、何度も相談に乗ってくれて有難うと感謝の気持ちが切々と綴られ、東京へ行っても頑張ってねという応援メッセージと、マリちゃん頑張れと旗を振っている自分の似顔絵、そしてもうひとつ、寿司屋に入ったばかりで元気だった頃に撮影した写真が入っていました。
そして追伸として「俺の初恋はマリちゃんだったかも知れません」と添えてくれていました。
嬉しくて何度も読み返しましたよ。あばずれだった私に初恋をしてくれて有難う。
内藤幸雄君、今は髪も生え揃い、どこかの寿司屋で一人前になり、活躍していますか?
中学時代の同級生であるマチコ、あなたは唯一私の話を信じてくれた友達だったよ。
私が東京にアパートを借りて間もない頃、あなたは彼氏の暴力から逃れる為に私を頼って来てくれたね。何か月も監禁され、一瞬の隙をついて身ひとつで逃げてきた。たったひとつ、私のアパートの住所を書いたメモだけを握りしめて…。
一文無しの為、駅の柵を乗り越えてホームに入り電車を乗り継ぎ、見知らぬ街を住所だけを頼りに歩きに歩き、やっと探し当ててこのアパートまでたどり着いたと興奮気味に話してくれた。
テレビも電話もないアパートで、しばらく一緒に暮らしたね。ひとりぼっちでさびしかった毎日が、あなたのおかげで一気に楽しくなったよ。
私と同じく、おかしな男に何度もひっかかり、散々な目に遭ったマチコ。
「誰も共感してくれなかったけど、マリだけは分かってくれる」
と嬉しそうに言ってくれた。私もそうだったよ。
「シミズって奴も酷かった。俺はお前に一世一代賭けたんだ、とか言って、がんじがらめに束縛されたし、散々殴られたし、お金も取られたし、あたしの手帳を勝手に見て、色々な友達に勝手に電話するし」
ああそんな事あったね。私もそのひとりだったよ。逃げられて本当に良かったね。
狭い部屋の中、時間を忘れてお喋りしたり、笑い転げたり、一緒に銭湯に行ったり、ひとつの弁当を分け合って食べたり、食中毒になってアパートの共同トイレに交代で通った日々が蘇ります。
「こんな事、マリだから、出来たんだよ。マリだから」
と、ある日突然転がり込んで来た心情を、感謝に満ちた目で話してくれた私の親友、マチコ…。
それなのに、当時私が働いていたナイトクラブで一緒に働くようになり、私よりマチコの方があっという間にお客さんの人気者になり、有望株と言われ、たいそう売れて日当も良くなった。
昔から踊りが得意だったマチコ。店の大きなステージでお客さんや従業員の注目を一身に集めながら気分良さそうにダンスを披露していましたね。
それを見て、紹介した私より売れるなんてと妬ましくなり、つらく当たってしまいました。私が売れないのはあなたのせいではなく、私に魅力がなく話術や気配りも出来なかったからなのに、嫉妬してごめんなさい。
私とあなたは長年の親友ではありましたが、一緒に暮らすには習慣が違い困りました。
あなたが手を洗った後、タオルやハンカチではなく、ティッシュを何枚か取り手を拭くのはティッシュが勿体なくて嫌でしたし(オイルショックを引きずっていた訳ではありませんが)、食事をする際に口を開けてペチャペチャ言いながら咀嚼するのも、気持ち悪くて耐えられませんでした。タオルで拭いてくれ、口を閉じて噛んでくれ、と指摘しようか、しまいか、胃をよじっていました。
もうひとつ、あなたが生理が来たか確認するのに、私の前で下着を下ろすのにもびっくりしていました。それも何度も何度も…。トイレで確認すればいいものを、何故部屋の中で、私の前でするのかと、本当に吐きそうでした。
女同士だからいいと思っていたのでしょうけど、やはり親しき仲にも礼儀ありと言いますし、最低のマナーさえ守ろうとしないあなたが下着を下ろすたび、本当に目を疑っていました。
私は確かに細かくて神経質だったのでしょう。
一緒にデパート等に行って何を見ても
「高い、買えない」
を連発。何故こんなにマイナスの言葉ばかり口にするのだろうと、聞いていて気分が悪く、あなたと外を歩くのは恥ずかしくて嫌でした。
人の悪口も多かったし、面倒を見ている私にまで嫌味を言うし、何て恩知らずなんだろうと苛立っていました。
私が後からアパートに帰り着いた時、アパートのドア(引き戸タイプ)をきちんと閉めずに2センチくらい開けたまま鍵だけ掛けている不注意さにも困りました。
「マチコ、ドア開けたまま鍵だけ掛けても意味がないでしょう。気をつけてよ」
と言っても
「そんな事言ったって、あたしの顔は前についてるから、わざわざ後ろなんか見ないもん、開いたままなんて分かんないもん」
と平気で反論し、自分は悪くないと言わんばかりの態度も嫌でしたし
「出掛ける時に開けたまま鍵だけ掛けるような事しないでよ」
と注意して欲しい一心で言っても
「やる訳ないじゃん」
と言うのも苦々しく思っていました。
「帰って来た時によく見ないでドア開けたまま鍵だけ掛けるって事は、出掛ける時もドア開けたまま、よく見ないで鍵だけ掛けるんじゃないの?」
と言っても
「うるさいなあ」
と不機嫌丸出しで、誰のお陰でこの部屋に住めるんだと言いたい心境でした(誰のお陰で暮らせると思っているんだ、とよく言っていた父の気持ちが分かりました)。
ナイトクラブの仕事を終え夜中に帰り、私は翌日の為に休もうとしているのに、お客さんと付き合い遅く帰って来たあなたは、いつまでたっても電気を点けっぱなしで、煙草を吸ったりだらだら過ごし、ひと部屋しかないのに眩しくてうるさくて、早く寝たいのに寝られず、私の事を全然考えてくれないあなたが本当に迷惑でした。
あなたは口を開けば
「あたしは中学時代もいちばん目立っていたけど、今の店でも100人以上いるホステスの中でいちばん目立っているし、いちばん若くていちばん綺麗でいちばん売れている」
と自慢するか
「今日の客はチップをくれなかった」
だの
「今日も儲けようと思ったのに、タクシー代で200円の赤字だわ」
と、お金の話をするばかり。それも何度も何度も…。不快でたまりませんでした。
「たっぷりご馳走になったんでしょう。その分と思えば200円くらいいいじゃない」
と言っても
「嫌だ!200円も!あたしの大事な200円!」
と、金の亡者のような発言を繰り返し
「自分のアパート、探しているの?」
と聞けば
「探してない」
と、気まずそうに答え
「予算とか決めて、不動産屋廻れば?」
と言っても
「出せて3万だな。風呂ないと嫌だし」
と言っていましたね。
この風呂なし、共同トイレのアパートの家賃が2万と分かっていながら、3万で風呂付きのアパートなど借りられる筈もないのに、何て考え無しなんだろう、出せて3万とは何てケチなんだろうと思っていました。
明け方になりやっと眠り、翌朝になっても昼になっても起きず、私はモデルの仕事の為に出かける支度をしているのに、大きな図体でいつまでも厚かましく寝ているあなたが邪魔で仕方ありませんでした。
ある時、出かける寸前の私がガス臭い事に気づき、時間がない中、窓を開けて換気をし
「ガス会社の人、呼んで対処してね」
と言い残して外出し、帰宅後
「ガス会社の人呼んだ?」
と聞いても、しばらく黙ってから
「呼んだけど来なかった。来たくないんじゃない?」
と下手な嘘をつくのにも困りました。確かにもうガス臭くはなかったけど、万一爆発等何かあると困るので一応見てもらいたかったのです。
「ガス会社に本当に電話した?」
と聞いても
「したけど来なかった。もうガス臭くないからいいじゃん」
と嘘を突き通すのも困りました。部屋に電話を引いておらず、わざわざ公衆電話まで行ってガス会社に連絡するのが面倒だったのはミエミエで、たったひとつ頼んだ事さえやってくれないあなたに腹が立ってたまりませんでした。
また、月末になると必ず
「今月の家賃払った?」
と聞くあなたに
「払ったよ」
と答えると
「ああ、ごめんね」
と、たった一言で済ませるのにもたいそう困ってました。
あなたにとってここはタダで住める都合のいいアパート。水道、光熱費もタダで済ませられる便利な毎日。稼いだ金は全部自分のもの。200円さえ出したくない。さぞかし気分が良いだろう、とはらわたが煮えくり返っていました。
きちんと払って欲しかったのですが、それも言うに言えず、悶々としている私に気付いて欲しかったです。
臭い足を平気で私に向けて投げ出して座っていられるのも嫌でした。足を洗うか正座してくれと喉元まで込み上げ、ぐっと堪えていました。
私が何か言うたびに、するたびに、いちいちそれを真似するのも嫌でした。言いたい事は山ほどあったのです。
あなたは異常に金離れが悪く、ほんの少しも払おうとせず、私に負担をかけて平気でした。
自分でお金を払ってアパートを借りるくらいなら、私に邪魔者扱いされたり彼氏に殴られている方が良いのかと思っていましたが、もしかして散々酷い目に遭ったからこそ、そこでプラスマイナスゼロにしたかったのかも知れませんね。小さい事でした。
そうそう、私が何日か分の食料にしようと、時間をかけ(つまり苦労して)鍋いっぱいにシチューを作り、自分だけ食べる訳にいかず、皿によそい二人で食べた時の事。
あなたがよそったシチューを全部食べきれず
「捨てんの勿体ないから戻すね」
と自分の食べかけのシチューを、私が止める間もなく鍋に戻してしまいました。急に頭に血がのぼり
「何するのよ、汚い。もう全部食べられなくなった」
と、鍋のシチューをその場で全部捨ててしまいました。
「戻したら全体が食べかけになって汚いから、それだけラップをして冷蔵庫に入れて。後で自分で食べてね」
と穏やかに言えず、本気で怒り、汚い部分だけすくって捨てる事もせず、目の前で全部ごみ箱にぶちまけ、悪かったです。
「私はあんたよりシチューの方が大事なのよ」
とまで言ってしまった私。そう言われたマチコの唖然とした顔を思い出すたび、心が痛みます。
そんなつまらない事で私はいつまでも怒り、もう顔も見たくないと、アパートも追い出してしまいました。
実家は勿論居たたまれず、監禁男の所に帰る訳にも行かず、どこへ行こうか、困り果てた事でしょう。ごめんねマチコ、あの後どうしていたの?お店にも急に来なくなったし…。
私を信じ、私だからこそ頼って、助けを求めてくれたのに、突き放し、行き場のないあなたを見殺しにして、本当に悪かったです。
ただマチコ、あなたはその時「逃げた先からは、また逃げる羽目になる」と学んでくれた事ではないのでしょうか?
…今から3カ月くらい前の事、電車を待っている時に別のホームに立っているあなたによく似た人を見ました。
見た瞬間、年齢の割に派手な色のパンツスーツと毛皮を纏った人がいるなと思わず思ったのですが、あれはあなたでしたか?
声を掛けるには遠く、急いで階段を駆け上がり、そちらのホームへ行こうかとも思ったのですが、電車が入って来てしまったので出来ませんでした。
何となく、飲み屋の雇われママといった風情でした。それでも幸せなら良いんですけど…。
大村万知子さん、今、幸せですか?
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