第7話
夢を見た。
朝焼けに良く似た淡い紅紫色の空気の中で恋人のジャンベとガタムが軽快な音を奏でており、ふたつの楽器を同時に演奏するのは難しいのでこれは夢だなと夢の中の私はすぐに気付いた。
「
久しぶりに恋人の名前を呼んだ。交際はちょうど3年間。私はずっと彼のことを苗字で呼んでいたし、敬語で話をしていた。彼は私のことをしいちゃんとか
「親切な人たちに助けてもらいました」
ジャンベとガタムが歌う、歌う、歌う。次第に今私の部屋にないはずの打楽器たちも演奏に参加してきて、夢の中はちょっとしたライブハウスのようになる。楽しくなって私は踊る。それまで椅子だか座布団だか床だかに腰を下ろしていたのを、立ち上がって踊る、踊る、踊る。
「全部助けてもらってしまいました、何もできなくって、ごめんなさい」
恋人はいいよ、とも、もっと頑張って、とも言わない。音だけが私を包む。ああ、幸せだ。3年間一度も会いに来てくれなかったのに、心霊現象も起こさないし、夢にも出てきてくれなかったのに、こんな風に、やっと、こうやって。
今死んじゃいたいと思った。
どれほどの時間が過ぎたのだろう。踊り疲れた私は再びなんだか良く分からない空間に腰を下ろす。ジャンベを撫で、ガタムを抱き寄せて呟く。
「私も連れて行ってくれませんか」
ガタムが少し、震えたような気がする。
いや、気がするどころではない、尋常じゃないほどに震えている。このまま砕け散ってしまうのではないかと思うほどに。これは、いったいーー
目を覚ます。
握り締めたままだったスマートフォンが震えていて、私は大きく目を見開く。
今日は芝居の稽古日なのに、大遅刻だ!!
宮内先生の舞台に参加する人間の大多数は日中別の仕事をしているため、何らかの例外がない限り夕方5時から稽古が始まる。スマートフォンの画面は6時半を示している。恐る恐る着信履歴を確認すると、宮内先生、制作の
「先生、酒々井さん生きてます! 良かった!」
「ゆっくりおいでって伝えて!」
電波の向こう側で師匠と弟子が会話をしているのが聞こえる。私は稽古道具一式を引っ掴んで家を飛び出す。
平謝りから始まった稽古を終え、帰り支度をする宮内先生の袖を私は初めて自分から引いた。宮内先生は昼間は派遣社員として事務の仕事、夜は稽古がある時以外はずっと絵を描いている私が過労で倒れてたのだと思っていたようで、遅刻を厳しく咎めはしなかった。チームに入れてもらって3年、一度も遅刻欠席をしなかったからだとも思う。
「聞いてほしいことがあるんです」
宮内先生、宍戸さん、水見さん、羽根村さん、九重くん、それに恋人が出る予定だった作品に出演者として参加しており、今回も主演と助演でチームに加わっている俳優の
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