第37話 皇帝リカルド
皇帝はイライラとしていた。
ブレダンド帝国が、大陸一の覇者であったのはもう過去の事である。大陸全土を手中に収めるのではというほどの勢いを見せていたが、段々と勢力は衰え、国土も小さくなってきた。
野心家であった祖父から凡人であった父に皇帝の座が移り、その傾向は強まった。そしてその父からリカルドが皇帝の座を受け継いだのはつい1年程前の事になるが、他国に侮られ、悔しい思いをしたものだ。
それをひっくり返し、強い帝国の名を再び知らしめてやろうと思った時、それが現れた。青い石だ。
それは厄災をもたらすものだとも思えたが、使い方次第だと彼は考えた。
そう。能力を得た兵、化け物になって強くなった兵をたくさん作れば、他国を攻め落とすのも脅すのも簡単だと。
法王と異端の学者を計画に引き込んで、スタートさせた当初は上手く行くと思っていた。しかし、被検体の内のわずかな人数しか成功例が出ないのは困った。
しかも、青い石は潰されて無くなり、そのわずかな成功例は逃げ出してしまったのだ。
それでもリカルドは、実験そのものには疑問を抱いていなかった。皇帝たる自分の命令に、国民はしたがって当然であり、命を投げ出して当たり前だと信じていたからだ。
ただただ、強い兵ができないのを悔やんでいた。
「あの石はもうどこにもないのか。逃げた3人が、どこかに隠しているんじゃないのか」
そうエッジに言いたいが、エッジは死んだと聞かされた。
ではあの3人を捕まえろと言いたいが、まだ捕まえられないらしい。
「余に逆らうとは、愚かなやつらよ。見付けたら二度と逆らう気がおきないようにしてやらんとな」
そして気晴らしに法王に女を連れて来させろというと、法王は死んだと聞かされた。
「どういう事だ?」
それで皇帝はイライラとしていたのだった。
「申し上げます!」
飛び込んで来たのは、3人を探しに行かせていたエランだった。
「見つかったか!」
「いいえ。
陛下、ここに革命軍を名乗る国民達が押し寄せております。念のため、ここから安全な場所へお移りいただけますか」
「革命軍?そんなもの、潰せ。大した数でもなかろう」
「……ほぼ全土より集まって来ておりまして」
「は?」
「軍の一部も、呼応しております」
「……ばかな……」
皇帝は呆然として、エランの言う通りに城を脱出した。
しかし、どこへ向かおうとも敵だらけだ。着ているもの、身のこなしなど、バレる要素はいくらでもある。
気が付くとエランからも離れ、「助けに来た」という3人の子供に手を引かれ、身を隠しつつ、皇都郊外にある教会施設へとたどり着いていた。
上手く皇帝を誘導して来たスレイとセイとレミは、教会施設の中に入ると息をついた。
「上手く行ったな」
「はああ。ヤバかったぜ」
「バッチリだね」
実験や腐敗の証拠の写しを新聞社や警察や活動家に送りつけ、本物はここにある。そして彼らが立ち上がるのに合わせて城へ近付き、皇帝を誘導してここへと連れて来たのだ。
「危なかった。ふう。何という奴らだ。余に対して、無礼だと思わんのか」
皇帝は怒るが、それに真面目な顔で言う。
「陛下。陛下はなぜあのような実験を?」
「強い兵があれば、またこの国が大陸一の国となれるからだ」
「強い兵が好きなのですね」
「無論だ。そうすれば、あのような無礼な者共も許してはおかんのに」
「強い兵なら、こちらですよ」
「何」
スレイ、セイ、レミは、先に立って皇帝をその部屋へ案内して行く。
「成功しておったのか。エッジの奴め」
皇帝はウキウキとして、ドアの前に立つ。
スレイはドアを開け、セイとレミが皇帝を背後から部屋の中に蹴り飛ばし、すぐにドアを閉めて鍵をかける。
「何の真似だ!?」
皇帝は両手両足を床について怒鳴りながら、ふと気付いた。
「ん?何だ、この部屋は?」
唸り声が満ち、生臭いような臭いがする。そしてそれよりも、圧倒的に危険な気配がしていた。
「おい!開けろ!なんだここは!?」
外から、セイが答えた。
「だから、あんたの大好きな強い兵だぜ」
皇帝はその物言いにムカッとしたが、それどころではなかった。
暗い部屋の中で、何かがこちらに迫って来るのがわかっていたからだ。
「何だ?いいからここから出せ!」
ドアに背をつけて怒鳴るが、スレイが言う。
「無理だな。ドアがもう開かないように変えたから」
廊下からのわずかな光で、皇帝は自分に迫るものを見た。
「ヒイッ!?化け物!」
そこは、失敗作を入れていた部屋だった。トカゲ、ワニ、クマ、大蛇、虎、サイ。見た目は様々でも、皇帝を見る目付きは一様だった。
「や、やめろ。余を誰だと思ってる。余は――うわああっ!!」
中から悲鳴が上がったが、それもすぐに止む。
それを確認し、スレイ達はそこを離れた。
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