第36話 街の噂
街はその噂でもちきりだった。
「法王は清貧をうたいながら、えらく豪華な暮らしをしてたそうだぜ」
「ああ。それで、金のバスタブに入って、金銀財宝と大量の金貨に埋もれて圧死してたそうだな」
「その上に、人ではとても持ち上げられないほどの重い十字架を乗せてあったんだって?」
「それだけじゃないぞ。不都合な相手を宗教裁判の名で有罪にしたりするのを貴族から金で請け負ったり、妾も何人もいたとか。それに、救済や特別奉仕員の名目で人を集めて、人体実験をしてたそうだ」
「神がお怒りになって、神罰をお与えになったんだ」
「その実験をしてた責任者が、ロドルフ・エッジってやつらしいぜ」
「異端の学者で、おかしな事ばっかり言ってたそうだけど」
「ああ。それで今度はとうとう、教会の集めてた人間を使って、化け物を生み出す人体実験をしてたらしい」
「それで、廊下に空いた穴から落ちて、全身を骨折させた挙句、下にあった剣の山に刺されて死んだらしいぜ」
「罰が当たったんだな」
「でも、噂だろ?」
「写しがどっちの現場にも置いてあったんだってよ」
「それによると、どうも、それは皇帝陛下の命令でやってたらしいぜ」
「え。いくら何でも、そんな事許されていいのか?」
「待てよ。じゃあ、陛下にも神罰が下るのか?」
そんな噂が、方々で囁かれ、広がっていた。
警察や軍が取り締まろうとしても、それが噂を肯定しているとみなされ、余計に噂が酷くなるばかりだ。
どこもそわそわとしたような、浮足立った空気に満ちていた。
その中で、スレイ、セイ、レミは、考え込んでいた。
「皇帝陛下は、流石に手が出しづらいぜ。物理的に」
皇帝は城の奥で守られており、法王などの比ではない。
「辿り着けて報いを受けさせることができるなら、逃げ道は考えなくてもいいんだけど。辿り着く事さえ難しいよな」
スレイも溜め息をつく。
「出て来る事ってないのかな。パレードみたいなの」
レミが言い、考える。
「いいとこ、バルコニーに出る程度だぜ」
「流石にそこまで血が飛ぶとも思えないしな」
「眩暈を起こさせて下に落とす?」
「手すりはそんなに低くないだろ、普通」
「落ちない為の手すりだもんな」
それで揃って考え込んで唸った。
エランはスレイ達を血眼になって探していた。
(あれをやったのは、あいつらだ。きっと次は、陛下のお命を狙うはず。陛下に指1本でも触れさせてなるものか)
宿という宿、廃墟という廃墟を探させていた。
(どこにいる。どこに隠れている。近衛隊の名に懸けて、狼藉は許さない)
エランはその事だけを強く思った。
ジーナはブラブラと街を歩き、街のピリピリとした空気に眉をしかめていた。
「こりゃ、不満が一気に噴き出てもおかしくないな。それで治安が悪化するかもしれん」
実際に、ケンカなどは最近増えている。
近年の失業率や、それでも上がり続ける税に、庶民の不満は上がりっぱなしだ。その上貴族は当然のように横車を通そうとするし、正しい事を訴えても相手にすらされない。都合が悪くなれば、貴族特権で平民は殺されても文句を言えない「斬り捨てごめん」になる。
それに貴族は鈍感にも気付いていないらしいが、警察はその手の訴えが年々増えて来ていたし、この階級社会制度に対する不満を持つ連中の事も掴んでいた。
(あの坊主ら、どこにいやがるんだ。向こうに見つかったら、即殺されるぞ)
ジーナは頭をガリガリと掻いた。
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