第8話 脱走

 ガラスを割った欠片で、腕を斬り、血を垂らす。そして吹き飛ぶようにイメージすると、小さな音を立ててドアのノブは外れた。

 それでスレイ達は、静かに急いで、廊下に滑り出た。

 ほかの仲間はどうするか、これまで議論してきたが、残念ながら、一緒に逃げるのは不可能という結論に達していた。なので、4人だけだ。

 レミが耳をそばだて、4人は移動していた。

「誰か来た!」

 レミが小声で言い、4人は慌ててそばの部屋へ飛び込んだ。

 ドアの外を、無造作に足音を立てて誰かが歩いて行き、近くのトイレへと入る。

 ややホッとしながら、足音の主がトイレから出て戻って行くのを待つ。

 その間、何気なく部屋の中を見たセイとスレイは、叫ぶ声を上げそうになるのをすんでのところで堪えた。その部屋は資料室と書かれていたのだが、棚にはずらりとビンが並び、異形の化け物の死体や内臓、脳が、ビンの中で薬品に浸かっていた。

 近寄ると、ビンにはナンバーがふってあり、台帳と照らし合わせると、どこの誰でどういう風に変化したのかと書いてある。

「これ……」

 震える手で台帳をめくっていたスレイ達だが、それ以上読む気も、ビンを正視する気も起きなかった。

 ここにいるのは、スレイ達同様、特別奉仕員として集められた子供達だった。

「あいつら、人を何だと思ってやがる!」

 セイが押し殺した声を歯の間から押し出す。

 叫び出したいのを、泣き出したいのを堪えている間に、トイレから出て来る音がし、欠伸をして、呑気そうに戻って行く足音が遠ざかって行った。

 十分離れた所で、詰めていた息を吐き出す。

「くそ!」

 涙を拭いて、廊下へ滑り出した。


 階段を下りたところでまた誰かの接近にレミが気付き、そばの部屋へ入る。

 そして、息を呑んだ。

「ここ――!」

 誰もいない円形の部屋で、真ん中に青い石があった。誰もガラス張りの上の部屋にいないらしく灯りはないが、石は青く発光しているかのように見える。

「あれが元凶だ。あれを、壊したい」

「ああ。いいぜ」

 セイが、石を睨むようにして言う。

「時間に合わせてあれを爆破するよ。だから先に、塀まで行っててくれ」

 スレイが言うと、レミが慌てた。

「危ないよ!逃げられなくなったらどうするの!」

「大丈夫だ。どうせ、混乱するから」

 それにセイが、ニヤリとした。

「だったら俺も残るぜ。こいつに恨みがあるからな、俺も」

 エイミーが自信なさそうにするのに、スレイが言う。

「エイミーとレミは、塀の近くに隠れて、計画通りに」

「スレイ」

「大丈夫だって。俺もスレイも、必ず追いつくからさ」

 レミとエイミーはしばらく迷っていたが、やがて納得して、人の気配が無くなった廊下へと出て行った。

「さあて。そろそろだぜ」

 これまでに隙を見て盗んだ薬品などを使って、簡単な時限式の発火装置を方々に仕掛けて回って来た。それが一斉に発火した。宿舎、食堂のほかにも、修道士の建物に運び入れられる備品の中にも仕掛けてある。

 そして騒がしくなり始めた頃、スレイは腕を斬り、血液を石に浴びせかけた。

「爆発」

 途端に石に付着した血液が爆発し、石が砕け散る。意外と脆い物だったようだ。

「こんなもんのせいで!」

 それでも転がっている大きい欠片を、セイが踏みつぶし、握りつぶす。

「行くぞ!」

「おう!」

 慌ただしい音がし始める中、スレイトセイは廊下へ飛び出し、外へと走り出た。

 暗闇伝いに走って目星をつけておいた塀の辺りへ行くと、レミとエイミーがホッとしたように立ち上がるのが見えた。

 振り返ると、3つの建物のうちの2つから火の手が上がり、修道士達が右往左往しているのが炎に照らされてよく見えた。

 部屋から出された被検体達が逃げ、暴れているらしいのもわかる。

「はは。混乱しきってるぜ」

「今のうちに」

 大きな木の枝が塀の方に張り出しており、そこから塀に飛び移って逃げ出す計画だ。

 4人は木によじ登り出した。そして、どうにか塀に飛び移る。

 まずはセイが難なく跳んで、塀の向こうへ下りた。

 次に跳んだのはスレイだ。無事に塀に飛び付き、超えた。

 その次はレミだ。どうにか塀に飛び付き、落ちるように下りて行く。

 最後にエイミーが、怖がっていたが、どうにか跳んだ。どうにか塀に掴まり、誰もがホッとしたが、銃の音がした。

「え」

 エイミーの手が片方消え、押し殺した声で、

「逃げて!」

と言うや、エイミーの手が消えた。そして、塀の向こうで、何かが落ちた、とさっという音がした。

「エイ――」

「1人だけか!?」

 修道士の声だろう。

 スレイとセイとレミは唇を噛んで、そばの林の暗闇の中に駆け込んで行った。





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