第5話 運命の一夜
「嫌だあ!!」
「出してくれぇ!!」
「ひいいっ!来るなあ!!」
「誰か助けてぇ!コンナノワタシジャ、アアアアア!シャアア!」
部屋の中は、地獄のようになっていた。
というのも、部屋に閉じ込められてからほぼ丸一日経った頃だろうか。変化があったのは。まず、1人がうめき声をあげ、背中を丸めたかと思うと、その場に倒れた。
隣の子供が慌てて覗き込んだが、別の場所に座っていた子供が、叫び声をあげながらメキメキと音をさせて体を伸ばして行き、ヒトの顔を持つトカゲに変わった。
そしてそこらじゅうで、変化が次々と起こっていった。
「何なんだよう、これは!」
セイは苦しみながら、ほかの子供達を見た。
「痛い!痛いよう!」
レミは耳をふさぎ、目をギュッと閉じて体を小さくして痙攣させている。
「あの石か――!」
スレイは苦しい胸を押さえながら、青い石によろよろと近付いて行った。
それは、無機質そうで、どこか有機物にも思えた。神秘的にも、禍々しくも見える。
(これが皆を魔物みたいに変えやがったのか。魔物?)
自分でも知らない言葉だ。
が、突然、早送りのように知らない風景が流れた。ビル、飛行機、ハンバーガー、制服の群れ、人体解剖図、教科書――。
すると突然、頭に声が響いた。
【ほお。お主、異世界を知っておるのか】
(異世界?)
【お主の頭が面白そうだ】
その瞬間、何かが頭に入って来て、胸だけでなく頭までガンガンと痛くなって、スレイは失神した。
その寸前に、ガラスの向こうから、皇帝と博士と法王が見下ろしているのが見えた。
博士は実験結果を見ていた。
「ふむ。やはり成長期の未成年者には影響するのだな。影響が出始めるのは22時間か」
そして、別の紙を見る。
「死んだのは7割。人以外の姿になった者が2割ほど。人の姿になって理性も残っていたのは数人か。
これで最強の軍隊を作るのは、改良の余地があり過ぎるな。なぜヒトの姿と理性を残せたのか、それを突き止めなければな」
嬉しそうに笑いながら、博士は次の実験の事を考え始めた。
さっきまで人だった子供が、化け物のような姿になる。そして、隣の者を襲い、食う。
叫び声や悲鳴があがり、それも咆哮に変わって行く。
いつの間にか、部屋の中は、化け物と死体で一杯になっていた。
「嫌だ!助けて!」
叫び、ドアを叩くが、開けられる事は無い。
ガラスの向こうから見下ろす人間はいるのに、冷徹な目をして、助けてくれる気はない。
彼らはこうなる事をわかっていて、ここに自分達を閉じ込めたのに違いない。
騙された。セイは引き攣るような痛みを全身に感じながら思った。
(あいつら、許せねえ!)
のたうち回り、ヒトとしての姿を無くす仲間達を、セイは脳裏に刻み込んだ。
耳が痛い、頭がガンガンする、目が痛い。
レミは叫んで、涙の流れ続ける目を開けた。
(特別奉仕員になれば、ご飯にも寝る所にも困らないと言ったのに!)
仲間達の中で、平然と座っている者は皆無だ。
仲良くなったセイも倒れ、化け物に噛みつかれている。スレイは青い石に寄りかかるようにして倒れている。
(死ぬのかな、ボク。誰か助けて!どうして!?何で!?)
レミはガラスの向こうから見下ろす皇帝達の姿を見た。
(笑ってる!?許さない、絶対に許さない!)
涙ににじむ景色の中、レミはその3人の姿を脳裏に刻み込んだ。
スレイは見知らぬ男と向かい合っていた。
周囲は闇のようで、重力もない。何の音もない。
(宇宙空間か?いや、酸素はあるな。
待て。宇宙空間?酸素?)
知らないのに知っている言葉が頭に浮かび、スレイは混乱した。
それを見て、男は笑った。
「それがお主の前世か」
「前世?」
青い地球の姿が脳裏に浮かんだ。それと、パソコン画面。
「ああ。僕は試験勉強中に、死んだんだな。胸が苦しくなったんだった。突然死か」
そう、理解した。
男は満足そうに頷く。
「全く違う世界だな!そういう世界に触れたかったのだ!そのために私は、一世一代の界を渡る魔術を行ったというのに、こんな世界に流れ着いてしまった!
しかしお主に会えたのは僥倖だ。お主の頭に入らせてもらう」
スレイはギョッとした。
「待て!お前は誰だ」
「私は偉大なる大魔術師と呼ばれている者だよ」
男はすうっとスレイに近付いて来た。その時にやっと、スレイは男が透けているのに気付いた。
「幽霊!?」
「界を渡るのに、体を失ったんだよ。仕方なく、魔素を詰め込んだこの魔石に宿るしかなかった。これからはお主に宿り、その記憶を読ませてもらおう」
「待て、待ってって!」
「あはは!楽しみだ!」
男はスレイにかさなり、スレイの中に入った。
「うわっ!」
スレイは飛び起きた。
そして、そこが病室のような所で、セイやレミや数人がベッドに寝ているのに気付いた。
「夢……」
どこからが夢だったのか。
甦る叫び声や血の臭いに、スレイは吐きそうになった。
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