第3話 約束

「息子の代わりに、行ってくれんか」

 予想通りだった。

「でも……」

 村長は声を潜め、周囲を気にしながら早口で懇願する。

「頼む!何でも言う事をきくから」

 スレイは村長の下げた頭を見ながら考えた。

「じゃあ、今年から、うちの税を肩代わりしてもらえますか。父が働けるようになって、税を払えるようになるまで」

「しよう!」

 スレイは、溜め息をついた。


 皿が滑り落ちて割れる音が響いたが、姉の金切り声の方が大きかった。

「スレイ!?何を言ってるの!?」

 母親も絶望的な顔をしている。

「僕が教会に行く事にしたんだよ」

「どうして!」

「スレイ、落ち着きなさい。それでわかるように説明しなさい」

 父親が懇願するように言う。

「うん。教会の奉仕員っていうのも、悪くないかなって思って。勉強できるっていうし、まあ、ちょっと早めに独り立ちしたと思えばいいかなって」

 スレイが言うと、母親は顔を覆って泣き出し、姉は怒りだした。

「独り立ちにしても、普通は家族と連絡は取れるわ!」

「神に完全に仕える為だっていうし、まあ、仕方ないのかな。名誉な仕事だし。

 寂しいけど、遠い所に働きに出れば、そんなもんでしょ?

 僕も来年は成人だし。うん。いい機会だよ」

 スレイはそう言って、笑った。

 母親と姉は顔を見合わせ、溜め息をついた。

「そう言えば、まあ……」

「でも……」

「僕は心配ないよ」

 それで母親と姉も、ぎこちない笑みを浮かべた。父親は溜め息をつく。

「スレイ……」

「神に仕える特別な役ねえ」

「教会のする事だから、そんなに変な事は無い筈だよ」

「まあ、それもそうね」

「でも急だし、寂しくなるわね」

 親子は手を取り合った。


 スレイが両親や姉に言った事は嘘ではない。連絡すらもできないというのは極端だと思うし、なぜだろうと疑問に思う。

 だが、それで両親と姉が助かるなら、お互いに我慢した方がいい。そう思っていた。

 スレイは村長に、

「両親と姉の事は、お願いします」

と念を押し、村長も、

「わかっている」

と頷く。

 何度も何度も、「体に気を付けて」「言う事を聞いてしっかりとね」「誇りを忘れるな」などと言いながら泣く両親と姉が、だんだん小さくなって見えなくなる。

 スレイはガタガタと揺れる馬車の中で、体の向きを前向きに直した。

(奉仕員か。何をするんだろうな。まあ、神に奉仕だろうけど……考えていても仕方ないか)

 教会から迎えに来たという修道士は、無表情の上無口で、何も話さない。

 馬車はいくつかのルートに分かれ、いくつもの村を回って子供をピックアップして教会に向かっているらしい。スレイの村は皇都から比較的近く、すでに馬車には子供が9人乗っていた。

 親との別れを思い出して泣く子もいれば、友達になった者同志でふざけ合っている子もいる。

「よお。お前、スレイっていうのか?俺はセイ。こいつはレミ」

 隣になった快活そうな少年が笑って言い、その隣のおっとりした少年が笑って

「よろしくね」

と言う。

「俺は14。スレイは?」

「僕も14。同じだね」

「ボクも14だよ。仲良くなれそうだね」

 レミは歌うように言って、鼻歌を歌い出した。

「楽しそうだね」

 スレイが言うと、レミはうんと頷いた。

「ボク、捨て子なんだ。だから村の孤児院で育ったんだけど、ご飯もあんまりないし、村の子供には虐められるしで。

 でも、もうセイとスレイって友達もできたしね。奉仕員になれば、きっとご飯はちゃんとでるだろうし」

 そう言って機嫌よく小声で歌を歌い出す。

 それを聞いていると、ほかの皆も不安も和らいできたのか、泣いていた子も泣き止み、強張っていた顔が明るくなった。

「そうだね。奉仕員か。どんな仕事なんだろう」

「俺はできれば、大人しく座っているのより、動き回る方がいいんだけどなあ」

 セイは頭を掻いて笑った。

 子供達は誰1人として、この先に何があるか、理解してはいなかったのだった。





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