第2話 会議

 とある会議室で異世界対策会議が秘密裏に開かれていた。不動産屋とOLは最初の発見者という事で会議への参加を要請された。二人は病院で様々な検査を受けた後、異世界の情報を漏らさないという条件で日常の生活に戻っていた。

 会議室のホワイトボードには議題「発見された異世界をどう扱うべきか?」と書かれていた。天井から下げられたスクリーンには、不動産屋の地下で撮られた異世界の写真が投影されている。また、モニターには現在の異世界の様子がリアルタイムで映されていた。

「……以上が異世界が発見された経緯です。専門家の皆様の忌憚のないご意見をお聞かせ下さい」

 司会を務める官僚が皆を見回す。

 最初に発言したのは、スーツをビシッと着こなしたA社ゲームクリエイターだった。

「調査は出来るんですか?」

「何も決まっていません。が、調査は必要になるでしょう」と官僚。

「パーティ組んで行こうぜ! な」とド派手な開襟シャツを着たB社ゲームクリエイターが叫ぶ。

「君とは行きませんよ。うちのアイデアをパクった会社の人間と行けるわけないでしょ」

「あ、今、それ言う? あれはパクリではないって決着がついたじゃないか。それより、本物の異世界だぜ。装備、調えなきゃな」

「いや、それより、ドローンを飛ばしてですね、調査するべきじゃないんですかね? 人が直接行くのはあまりにも危険だ」と作業用のジャンパーを着た考古学者が発言する。

「調査に行くならある程度、安全を確認してからになります」と官僚。

「安全って、そんな物、パーフェクトに確認出来るわけがないじゃないですか。何が起こるかわからないんですから」とA社ゲームクリエイター。

「そもそも、あの樹が朽ちて我々の世界との間に穴があいたというのが危うい。向こうの世界は既に崩壊しかかっているのかも知れません」と考古学者。

「そうでしょうか? この写真を見て下さい。同じような樹が整然と並んでいます。もしかしたら、この樹はそれぞれ別の世界へのゲートではないでしょうか?」とA社ゲームクリエイター。

「それは単なる憶測に過ぎないじゃないか。実地調査、実地調査しようぜ。今こそ俺が集めたコレクション、剣と盾のコレクションが役に立つんだ!」

「いやだから、行かないから。まずはドローンで調査すべきでしょう」と考古学者がうんざりしたようにB社ゲームクリエイターを嗜めた。

 それまで黙って聞いていた物理学者が口を開いた。

「と言うより、異世界とかあるわけないでしょ。これは絶対、集団催眠ですね」

「出た! 異世界なんてあるわけない説! いるんだよね、目の前にあっても存在を信じない奴。理論に合わないからって現実を切り捨てる奴」

 B社ゲームクリエイターが嬉々として言い放つ。

 それからは、皆好きな事を言い合い議論どころではなくなっていった。

 隅の席に座っていたOLが隣にいる不動産屋に囁いた。

「ねえ、私達いてもいなくてもいいんじゃないですかね? 帰れないのかな? やっと病院から解放されて喜んでいたのに」

「うーん、そやけど、ここは成り行きを見た方がいいんちゃいますか? 我々はわずかな時間でもあの世界に行った人間ですからね。それを理由にどこかにに閉じ込められるとかなったら大変ですから」

「そんなの人権侵害じゃない」

「人権? そんなもん、国家権力の前にどんな利き目がある言うんです?」

 ぎょっとなったOLが反論しようと口を開く前に、司会を務める官僚が大声で言った。

「お静かに。色々と意見が出ているようですが、唯一異世界に実際に行った民間人の方のご意見を伺いたいと思います」

 官僚から話を振られ、不動産屋とOLは顔を見合わせた。

「意見と言われてましてもなあ。そうですなあ、スライムには驚きましたが、あそこは凄く静かでまるで整備された公園のようでした。スライムがいなければ危険は感じませんでしたね」

「そうそう、とても美しい場所でこの世じゃない見たいでした」

「確か、市役所職員の報告書にもそのように書かれていましたね。それではお二人は異世界に行ってもいいと」

「私は行きたいです。どんな世界が広がっているか、見てみたい」

「ですよねー、一緒にパーティ組んで行きましょう。あなたのような美人、俺の好みだなー」

 B社ゲームクリエイターがニタニタとOLに話しかける。

「はああ? あのね、私にも選ぶ権利があるから」とOLが手厳しく突っぱねる。

「さっきのドローンを飛ばすっちゅうのは、わては賛成です。地図のない土地に行くのは無謀ですからな。まずは準備が必要です」

「おお、賛成して頂けますか! とにかくですね、未知の場所に調査に行く場合は考えられる出来事全てを想定して準備をしなければいけません。まず、異世界の観察から始め、その結果を皆で共有しその後、実地調査に行くべきでしょう。世界に発表するのはその後で良いかと」

「はっ、集団催眠の内容を発表してみろ、日本は赤っ恥を書くだけだぞ。しかし、何故、集団催眠を起こしたかを解明する為に、現象を観察するというなら賛成する」と物理学者。

「発表しなかった場合、後々各国から抗議がありそうですが」と官僚。

「何言ってんだ。資源と考えればいいんじゃね?」とB社ゲームクリエイター。

「だってそうだろ、他国だって、自国の領土から新しい油田が沸いたからって一々発表するかい? あれは俺たちの領土につながっているんだから、俺たちの資源でいいんじゃね。無論、向こうに国があって、こっちの世界を認めてさ、国と国との外交とかって話になったら、海外に発表しなければならないだろうけどさ」

「君にしちゃあ、随分、まともな意見を言うじゃないか」とA社ゲームクリエイター。

「問題は魔素でしょう。あれが存在するのかどうか。魔素が存在して魔物がいて魔法が使える世界だとすると、相当用心してかからないといけない」と考古学者。

「魔素!? そんな物あるわけないでしょう。物理学的に存在しない」と物理学者。

「だからぁ、物理学的に存在しないのはわかってるんだよ!」

 B社ゲームクリエイターが立ち上がって声を荒げる。

「存在しない物に、魔素という名前をつけて魔法のエネルギーを説明してるっての」

 考古学者が口を開いた。

「魔法というのは、我々の世界では出来ないことも出来てしまう。例えば異世界側の入り口に地球の者は全て死んでしまうというような呪詛をかけられたら、異世界に行った途端死んでしまうわけです。事前調査の為のドローンも洞の中から飛ばした方がいいでしょうね」

 考古学者の冷静な意見に賛成の声が挙がる。その中、押され気味の物理学者が言った。

「あなた方が異世界異世界というからそんな物は物理的に存在しないと言いましたが、これが他の惑星との間に通路が開いたというなら、物理学的にあるかもしれないです」

「それはまた、新しい視点ですね」と官僚。

 議論は色々な方向に転がり結論は出なかったが、事前調査が必要という点で一致した。調査に必要な機材と人員を手配するには金がいる。そこで、官僚は予算を獲得する為に申請書類を作成しましょうと言って会議を締めくくった。

 次に会議が開かれたのは二週間後だった。超特急で作成された予算申請書類の内容確認の為、前回と同じメンバーが呼ばれた。

 会議資料を全員で確認している時、会議室のドアを叩く者がいた。

「私が先よ」

「何よ、あたしだってば」

 と争いながら入ってきたのは二人の女性だった。一人はロングヘアーを小さくまとめたスーツ姿の女性で、新素材研究所の研究員だと名乗った。

「ぜひ、ミスリル鉱石を手に入れて来てください!」

 全員がどよめいた。

「ミスリル! おお、そうか、異世界に存在するという特殊金属、そしてミスリルがあるなら、ポーションもあるかもしれない」とA社ゲームクリエイター。

「ポーション! ポーションがあれば母さんの病気を治せるかもしれない」とOLが嬉しそうな声を上げる。

 もう一人の女性、髪をボブカットにした女性が言った。

「その通りです。私、新薬研究所の者です。ぜひ、ポーションを持って帰って下さい。毒消しなどでも構いません。分析して新薬開発に役立てたいと思います。そして出来ればエリクサーを探して下さい」

「エリクサーか、エリクサーがあれば不老不死になれる」と考古学者。

「ほう、不老不死。そうすると、銀河探査にも乗り出せますなあ」と物理学者。

「なるほど、では、宇宙関係の団体からも予算を出してもらえるかもしれませんね、掛け合って見ましょう」

 官僚は予算申請書類の控えに各組織の名前を走り書きした。

「ところで、お二人はどこで異世界の話をお聞きになったのですか? この話は国家機密ですが」

 二人は顔を見合わせた。それからB社ゲームクリエイターを見る。B社ゲームクリエイターは天井の辺りに視線を彷徨わせた。

「機密漏洩は重罪ですよ。わかってるんですか?」と官僚が問い詰める。

「いやだけどさ、金がいるんだろう? この二人の組織ってお金持ちなんだよね。一枚噛ませた方がいいかなって」

「それなら会議の席で提案して下さい。軽率な行動が国益を損なうかもしれませんから。他に漏らした相手は?」

「いや、この二人だけだけど」

「今回は不問にしますが、次はありませんからね」

 注意を受け項垂れるB社ゲームクリエイターは口の中でモゴモゴと謝った。

「皆さん、改めて申し上げますが、いいですか、異世界へのゲートが開いたという情報は機密事項ですから。今後、情報が漏洩したとわかった場合、漏洩元を突き止め厳罰に処しますから。絶対、他人に漏らさない事。君には監視をつけます」

 官僚はB社ゲームクリエイターを睨みながら言った。

「えー! あっ、だったら可愛い婦人警官かなんかにしてくれる? それなら二十四時間監視されちゃう」

 官僚はもう一度B社ゲームクリエイターを睨んだ。あまりの迫力にB社ゲームクリエイターはタジタジとなり、もう一度、モゴモゴと口の中で謝った。

 新素材研究所の女性が手を上げ発言した。

「あの、向こうへ行った場合ですが、ある程度の貨幣経済が発達していた場合を考え、コイン型に成形した金を持って行ってはとサンプルを作ってきました」

 持っていたアタッシュケースをテーブルに置き中を開けて見せた。五百円玉大の金貨がいくつも並んでいる。

「地球上ではどういう文明であっても、金は一定の価値を持っていました。異世界でも通じるのではないでしょうか?」

「お嬢さん、それはちと気が早いですな。まずはドローンによる無人調査からですからね、実地調査に行くとなると、調査結果を踏まえて人選を行い、異世界向きに訓練を行って、それからになるでしょう」と考古学者。

「恐らく、軍の関係者が行く事になるのではと僕は思っています。少なくともここにいる我々が行く事はないでしょう」

「ええ! 俺達、行けないの?」B社ゲームクリエイターが悲壮な声を上げた。

「君のようにキーボードの前に座りっぱなしの軟弱な人間は絶対無理でしょうね」と考古学者が冷たく突き放す。

「そんなあ、あ、そうだ。今からジムに行って体鍛えちゃおうかな。そうすれば認められるかも。なんたって、異世界については専門家だからなあ、俺って」

「何を調子のいい事を言ってる。君はしばらく黙ってなさい」とA社ゲームクリエイターは言って、新素材研究所の女性に向き直った。

「はやる気持ちはわかりますが、予算案が通らない事には何も動き出さないのですよ。なんと言っても、役所が噛んでいるのですから、書類審査だけで何ヶ月かかるやら」とA社ゲームクリエイターが些かトゲのある発言をした。

「国民の税金を使う以上、慎重になるのは当たり前でしょう」と憮然として応じる官僚。

 しかし、すぐに咳払いをして気分をかえた。

「それでは、本日の会議内容を反映させた予算申請書類を作り直しますので、本日はこれで解散します」

 その日の会議はこれで終了したが、こういった会議が何度も開かれ同じ議論が繰り返された。



 こうして、人類が会議に明け暮れているその頃、異世界では巨大樹の林の前に魔族軍が集結していた。

 魔王は集まった魔族達の前で地球への侵攻を宣言した。


(終)

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不動産屋、異世界を見つける 青樹加奈 @kana_aoki_01

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