不動産屋、異世界を見つける

青樹加奈

第1話 不動産屋は驚いた!

ドドドドドーン!

 大音響と共に店が揺れた。不動産屋は驚いて腰を浮かせた。

「なんや? 地震かいな?」

 しかし、揺れはすぐに納まった。

「あの、地震というより何か爆発したみたいでしたけど?」

 ワンルームマンションを探しに来ていたOLが言った。

「うーん、あ、資料を見ていて下さい。すぐ戻りますから」

 と軽く会釈をして、不動産屋は店の奥、音がした方へ向った。店は一階表が接客スペース、その奥に事務所、そしてさらに奥へ行くと住居部分のキッチンがある。キッチンの勝手口から板塀で囲まれた裏庭に出た。

 裏庭の隅には、小さな防空壕があった。今は地下物置として使っている。その物置のドアが開いて土埃がもうもうと吹き出している。

 もしかして、ガス管が爆発したのだろうか。

 不動産屋はズボンのポケットからハンカチを出して口と鼻にあてた。開いたドアから中に入る。ガスの匂いはしない。ガス爆発ではなさそうだ。物置の奥から風が吹いて来る。地下へ通じる階段を用心しながら降りた。地下室は積んでいた段ボールや衣装ケースが倒れ中身が散乱していた。風は壁に開いた穴から吹いて来ていた。

「何が起きたか分からんが、一応写真をとっとくか」

 ハンカチをポケットにしまい、スマホを取り出して写真を撮った。穴の向うにかすかに光が見えた。さっきの爆発でどこかと繫がったのだろうかと不動産屋は訝しんだ。

 荷物をかき分け、壁に開いた穴から向う側へ。木と土の匂いのする六畳程の空間があった。空間の一角に穴が開いていて外が見えた。

「筋向かいの家かな? この方角で緑があるといえばあの家しかない。池の底に穴が開いてなきゃいいが」

 不動産屋は地下の筈なのにおかしいなと思いながら、穴から外を見た。

「えっ? え! え! えーーー!!!」

 そこには見た事のない風景が広がっていた。

「ここはどこや? こんな筈はない」

 不動産屋は穴から出た。巨大な樹が点々と生えているのが見える。まるで屋久杉のような、いやもっと大きい。セコイヤのような大きな木だった。木と木の間には低木樹が植わっていて、地面は緑の芝生のような短い草で一面覆われていた。何の花だろう、薄いピンク色の花が咲いている。見上げると青い空と太陽が見えた。どこか整備された公園のような場所だった。 

 が、物音がしない。いや、樹々の梢が風に揺れてこすれる音はする。

 しかし、車の音や雑多な日常の音がしないのだ。

「一体これは? どうなってるんだ?」

 不動産屋ははっとして振り向いた。そこには巨大な樹木が立っていた。樹には大きな洞(ウロ)が空いていてその奥に不動産屋の物置が見える。ガサッと何かの気配がする。

 急に恐ろしくなった不動産屋は洞に飛び込み元いた物置へ走った。衣装ケースを穴の前に積み上げる。耳の中で心臓がドクドクと音を立てていた。ケースの影からそっと穴の方を覗き見た。

「何があったんですか?」

「うわぁ」

 突然、女の声がして不動産屋は悲鳴を上げた。振り返れば、さっきのOLが立っていた。

「あ、あんた、人の家に勝手に入らないで下さいよ」

「ごめんなさい。なかなか戻って来ないから気になって。それより、どうしたんです?」

 OLが不審そうにケースの間を覗き見た。

「えええ! あれ何? スライム? 新しいゲームか何か?」

 呑気そうに微笑むOL。

「スライム? スライムがいるんでっか? なんで、スライムがいるんや? 魔物だぞ。ま、魔物。うーん」

 不動産屋は気を失った。



「おじさん、しっかりして!」

 強く揺すぶられて不動産屋は目を覚ました。目の前にOLの顔があった。

「ああ、お客さん」

「おじさん、大丈夫? さ、これ飲んで。お水よ」

 不動産屋は起き上がってごくごくと水を飲んだ。

「あんた、あれを見ましたか? いや、見ましたよね」

「スライムでしょ。何かのゲーム?」

「いえいえ、違いますよ。あっちに行ってみたらわかります。あれは、あそこは、異世界です。異世界ですよ。どう考えても」

「え? 異世界?」

「そうです。異世界です。この日本のどこに、あんな巨木が整然と生えている場所がありますか?」

「巨木?」

 OLは不動産屋の頭がおかしくなったのかと一瞬思ったが、さきほどみた猫くらいの大きさのスライムが頭をよぎった。三匹ほどいた青いスライム。あんな生き物が、日本にいるわけがない。

「わかった。私も見て来るから、おじさん、ここに居て」

 OLは、穴の前につまれた衣装ケースを脇にどけた。中へ入る。朽ちた樹の匂いがした。樹にあいた洞のようだとOLは思った。洞の入り口を透かし見る。さっきまでそこにいたスライムは姿を消していた。

 OLは用心しながら、洞の影から外を見た。確かにそこにはある筈の無い風景があった。このあたりは開発が進んできたとはいえ、駅から二十分も歩けば田園風景が広がる。こんな所にあんなセコイヤのような大きな木が生えているわけがない。しかもここは地下一階の筈だ。振り返れば、不動産屋の地下室が見える。

 と、目の前にスライムが!

 ぎょっとしてOLは後ろにのけぞった。そのまま後ずさる。スライムは触手を伸ばして洞の入り口を確かめるような動作をしたが、そのままポンポンと跳ねて行ってしまった。OLはほっとして物置へ戻った。

「おじさん、やっぱりおじさんの言った通りこの先にあるのは異世界みたいよ」

「スライムは? スライムはどないなりました?」

「洞の入り口を触手で触ってたけど、そのままポンポン飛んで行っちゃったわ」

「そうですか、それは良かった。もし、こっち側に来られたら、大変な事になる」

「そう? 私だったらスライムを捕まえてペットとして売るけど」

「はあ? あんた、スライムは魔物ですよ。こちらが、やっつけられるに決まってるじゃないですか?」

「どうして?」

「いや、しかし、魔法を使って攻撃してくるかもしれへんし」

「そんなのわからないじゃない。だって、スライムが魔物で魔法が使えるとか決めたのは人間なんだし」

「いや、違うかもしれないですよ。最初にスライムを想像した人間は本当にスライムを見たのかもしれない」

「ああ、なるほど。卵が先か鶏が先かって話ね。確かに、ここと異世界が通じる前に別の所で異世界と通じたのかもしれない。もしかしたら、ゲーム会社の地下には必ず異世界へのゲートがあるのかもしれない」

 不動産屋があきれたような顔をしてO Lを見上げた。

「お宅も、のりますなー」

 二人は同時に吹き出していた。声を合わせて爆笑する。

「で、どうするの?」

 一息ついてOLが訊いた。不動産屋がうーんとうなりながら、もう一度向こう側の入り口へ向う。スライムはどこかに行ってしまったのか姿が見えない。

 不動産屋は洞の入り口からしみじみと異世界を眺めた。

「この土地、誰のもんになるんやろ」

「この世界の人達のものでしょ」

「人って、人がいるんやろうか?」

「さあ?」

「ま、ボチボチ調査して行きましょうかね。もし、この土地が誰のものでもなかったら、大儲けできまっせ」

「は? おじさん、異世界の土地で商売するの?」

「もちろんでんがな。わては不動産屋でっせ。更地みたらどないしてもうけるか、まず考えますな」

「すっごい、商売根性!」

「商売根性って。それ、褒め言葉ととっときますわ」

 不動産屋は苦笑いを浮かべた。

「とりあえず測量せなあきまへんが、魔物がなあ」

「あのさ、おじさんはお金儲けに頭がいっちゃってるかもしれないけど、異世界よ! 異世界! 誰も知らない世界よ。この事実を公表すべきよ」

「はあ? 公表? 公表してどないしますねん。あのきれいな場所を土足で荒らすんでっか?」

「いや、そこは政府にまかせるとか」

「はあ? 政府? 政府ってお役人に何が出来ますねん」

「でも、おじさんが見つけたって報告しておけば、この世界全部おじさんの物になるんじゃない?」

「そして、税金をかけられますのんか?」

「は?」

「あのね、もし政府が見つけて、この場所を日本の領土と宣言したらですよ、どうなると思います? 見渡す限り私の物やったら、いうなれば、地球一個分、それに見合う税金払えとか言われたらどないなると思うてますねん。開発されてないから、安くなったとしてもですよ。地球一個分の税金、払えるわけないやおへんか」

「ゴホン!」

 二人はギョッとして後ろを振り向いた。黒縁の眼鏡をかけた長身の男が立っていた。

「話は聞かせてもらいました。これが、先程の爆発の原因ですか?」

「あ、あんた、誰や? 勝手に人の家に入って来んといてや!」

「あ、失礼しました。僕は市役所の者です。ご近所の方から通報がありましてね。爆発音があったが、ガスか何か爆発したのかというのですよ。お店の入り口で声をかけたのですが、返事が無かったので勝手に入らせて貰いました。もしかしたら誰か倒れているかも知れませんからね。ほう、これが異世界ですか?」

 役人が洞の入り口から異世界をキョロキョロと見回した。外に出て驚きの声を上げた。

「これは凄い! ふむ、この樹の一部が崩れて我々の世界と繋がったのですね」

 役人は振り向きスマホで写真を撮る。洞側から見た地下物置、異世界の景色、洞の内部の様子。

「さてと、異世界というと、いろいろ問題があるでしょうから、昔の防空壕が崩れたと発表しましょう。宜しいですね?」

 役人が不動産屋にぐいと顔を近づける。迫力に負けた不動産屋がコクコクとうなづいた。

 役人はスマホでどこかに連絡し始めた。

「……、そうです。一応、感染の恐れがあるかも知れませんから、疾病予防マニュアルに沿って行動して下さい。それでは、僕はここで現場を確保します」

 不動産屋とOLは顔を見合わせた。

「あの、疾病予防というのは?」とOL。

「ここ、異世界へ通じているんでしょ。こちらの世界はこの地下室の壁までで、洞を含めて向こうは未知の世界ですから、未知の病原菌がいる可能性があります。僕もですが、あなた方を隔離させて頂きます。靴は焼却処分となります。未知の病原菌が持ち込まれて農作物に被害が及んだらいけませんからね」

「えー、この靴、お気に入りだったのに」

「大丈夫です、メーカーがわかれば同じ靴をお取り寄せできますよ」

「わ、わての家はどないなるんでっか?」

「えーっとですね、この壁が国境線になりますので、国境に隣接した土地は国が買い取る、あるいは、借りて管理する事になっています。どちらにするか、考えておいて下さい」

「そんなもん、考えるまでもないやないですか。売るに決まってますやんか。高う買(こう)て貰いまっせ。なんと言っても、異世界への入り口付きですからな。ホッホッホ」

「残念ながら、国が買い取る場合、高くは買い取れません。税金で買い取るわけですから」

「そんな殺生な」

「公共事業に供するわけですからね。あるいは、代替地という選択肢もありますが」

 不動産屋は大きく首を振った。

「現金、現金でお願いします。安うても現金にしとくんなはれ。へーんな土地もろたら末代までのお荷物になりよりますからな」

 役人は不動産屋とOLに家族の連絡先を尋ねた。不動産屋は田舎に暮らす年老いた母親の連絡先を、OLは地方都市で暮らす家族の連絡先と勤め先の電話番号を告げた。

 役人が連絡先をメモしている内に、防護服を着た職員が現れ、三人を病院に連れて行き隔離した。不動産屋の家は閉鎖され、異世界への入り口にはカメラが設置された。


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