第3話 貴族令嬢のお友達



 一周目の世界では、妹はすぐに行動しなかった。


 だからこの世界でも当分の間、こちらを油断させるために大人しくしているはずだ。


 良い夢を見せてから、突き落とそうという魂胆なのだろう。


 だから、こちらから何かをしかけなければ、妹も何か行動する事はないと見ている。


 普段通りに過ごす事に決めた私は、数日後にシンフォと共に貴族の社交界へ出向く事になった。


 しかし、ちょっとしたいざこざの場面を目撃してしまった。


「お嬢様、あれは」

「虐められてるみたいね」


 他の令嬢達から離れた場所、目立たない隅の方でだが、数人の令嬢に一人の女の子が囲まれていた。


 女の子の顔色は悪くて、あきらかに泣きそうな表情をしていた。


 取り囲んでいる令嬢達は、顔を険しくして何かを喋っているようだ。


 仕方ない。


 私はシンフォを連れて、彼女達の輪に割って入る事にした。


「リリヤ様ったら、なまいきね! 田舎臭い貧乏貴族のくせに私達に意見するなんて」

「そうよそうよ!」


 どうやら取り囲まれている少女は、いじめている少女へ何か言ったらしい。

 これが自業自得なら、苦労して助けるまでもないが。


 しかし、侮辱したとかそういう話ではないようだ。

 取り囲まれている方の女の子が、おどおどとした様子で口を開いた。


「でっ、でも。子猫を虐めるのはよくないからっ!」


 見ると、少女の足元に小さな猫がいた。

 私もたまに見かける猫だ。


 どうやらこの少女は、小動物が虐められていた光景を見て、放っておけなくなったらしい。

 どちらが正しいかと言われたら、間違いなくこの少女の方が正しだろう。


 だから、私は彼女をかばうように立った。


「貴方達、そんな風に大勢で詰め寄って声を荒げるなんて、淑女失格ではないかしら」

「なっ。なによ。外から割り込んでこないでちょうだいよね」

「大勢で人を威圧しているのに放っておけるわけないでしょう?」


 顔を険しくして睨みを利かせると、彼女達はおののいて一歩下がる。


「ふんっ、良い人ぶっちゃって」


 横やりを入れられたからか、その場にいた多数のご令嬢達は不満げな顔をしつつも、「あっちに行きましょ」とその場を離れていく。


 取り残された少女は、おどおどしながらこちらに礼を述べてきた。


「あのっ、ありがとうございました。助けてくれて。私はリリヤと申します」

「そう。リリヤ様ね。ああいった手合いにはガツンと言ってやらないと、どこまでもつけあがせてしまうわよ」

「そっ、そうですね。でも、なかなか勇気が出なくて」


 萎れた花の様にシュンとする少女。

 どことなく庇護欲をかきたらてられる子だ。


 つまり何となく放っておけなくなるような見た目の子だった。


 うつむいて落ち込むリリヤに、声をかけたのは意外な事にシンフォだった。


「偉そうな人に上から目線で何かを言われると委縮してしまうのも分かりますが、自分に非がないなら堂々としているべきだと思いますよ。リリヤ様は正しい行いをされたのでしょう?」

「それはっ、はいっ」

「なら、真っすぐ前を向いていてください」


 その後、互いに軽く自己紹介をして、別れた。

 私は気になる事があったので、その場から離れていく時にシンフォに声をかけた。


「貴方が他の人に話しかけるなんて珍しいわね。使用人たるもの、常に主役の影に控えておくべし、って言っているのに」


 普段は使用人の立場を考えて、貴族令嬢に声をかけたりしないから、不思議だったのだ。


「お嬢様はご存じないと思いますが私は、使用人見習いの時に先輩方からよく侮られていましたからね。いいようにこき使われたり、雑用ばかり押し付けられたりと」

「そうなの?」


 その情報は初耳だった。

 未来でも聞いた事が無い。


 身近な人の意外な一面を見て、私は驚いた。


「通常の業務から外れた事ばかり押し付けられるので、ある日カチンときてしまって。でも、勇気を出して言い返したらすっきりしたんですよ」

「そんな事があったのね。その人どんな名前してるの? 私がお父様やお母様に報告しておくわ」

「大丈夫ですよ。もう解雇されてますから」

「そう、それなら良かったわ」







 そんな出来事が起きたからだろう。

 あれからリリヤとは定期的に社交場で会う事になった。


 向こうになつかれたので、会う時はほぼリリヤからよってくる事が多いのだが。


 彼女はなぜか、シンフォと会話したがる事が多い。


 下剋上の先輩から。貴重な言葉をもらったからだろうか。


 何かと便りにしているようだった。


 けれど、二人が仲良くしているのを見ると、何となくもやもやしてしまう。


 でも、私がそれを言ったら、リリヤは「大丈夫ですよ。ただのお友達ですから」という。


 何が大丈夫なのかよく分からなかった。


 そんな中、妹が社交界へ顔を出すようになった。


「生き別れたフィアの妹です。ユフィと申します。よろしくお願いしますね」


 一見すると、純真そうで、けなげそうなユフィは瞬く間に人気者になっていった。


 彼女も私と同じように使用人を連れて歩くようになったが、どうにもその使用人の様子がおかしい。


 フィアはもしかしたらもう加護の力を使ったのかもしれない。


 前の時は、もっと後だったのに。


 私がやり直した影響で、少し行動がかわったのかもしれない。


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