第2話 緊張の夜



 生き別れた妹は今まで何をしていたのか。


 表向きは庶民の夫婦に拾われて育てられ、彼等が病気になったあと孤児になった事になっている。


 でも、真実は違う。


 ユフィは、とある組織の一員だった。


 人身売買をこなしたり、怪しい薬を売りつけたりしてお金を得る闇組織の人間だ。


 だから彼女はお金を得るために、自分の血を利用して、この屋敷へともぐりこんだのだ。


 この世界でもきっと同じ目的で入り込んだのだろう。


 今度はもう好きなようにはさせない。


 どんなささいな事でも見逃さないようにしなければならない。


「どうしたのお姉さま」

「何でもないわ。ちょっと不思議な感じがしただけ。妹が突然できたんだもの」

「私も不思議よ。こんな広いお屋敷に入ったのは初めてだもの」


 ユフィを迎え入れた夜。両親はたくさんのごちそうを食卓に並べて夕食の時間を提供し、たくさんのプレゼントも送った。


 当時の私が知らない間に、ユフィ専用の部屋も用意していた。


 両親の喜びようを考えると、心苦しいが私は心を鬼にして、妹となった女性を見張っていなければならない。


 両親に気遣われるたびにユフィは、それら全てににこにこしながら応じて、素直で可愛い妹として過ごしていた。


 彼女は未来でもそうだった。

 最初の頃は。


 でも、二回目となるとそれを素直に受け取る事は出来ない。


「お姉さまにもごちそうを食べさせてあげる。私、家族とこういう事するの夢だったの。はい、あーん」

「えっ、ええ。ありがとう」


 私は彼女の素性を知っている。


 そして、彼女の加護の力も。


 だから、どうしても身構えてしまった(両親は浮かれているため、きがついていなかったようだが、一度シンフォにも気遣われてしまったくらいだ)。


 妹は支配の加護を持っている、どうやるのが使用条件なのか分からないが、一度目の世界ではその力を使って両親や使用人たちを手足の様に操り、私に濡れ衣を着せて牢屋に放り込んだのだ。


 牢屋にやってきた妹とのやりとりを思い出す。


『ぶざまな姿ね、お姉さま! とってもお似合いよ!』

『私も操れば良かったじゃない! どうして、私だけこんな目に遭わせたの!』

『生まれた時から恵まれていた貴方が疎ましかったからかしら。聞けばお父様もお母様も、成り上がりみたいじゃない。だから貴方が一番憎かったの』

『やめて! あなたのお父様でも、お母様でもないわ。家族みたいに呼ばないで!』

『まあひどい。私達、血を分けた姉妹でしょ?』


 牢屋から去っていくときの、ユフィのあざけりの声が蘇った。


 私は拳を握りしめて決意した。なんとしても、ユフィをここから追い出さなくては。


「お嬢様、何か考え事ですか。ぼんやりとしていらっしゃるようですが」


 でも私一人では何もできない、だから味方が必要だった。


 使用人の男性であるシンフォに相談する事にした。







 一連の事を詳しく説明した後、顔を突き合わせてシンフォと話し合う。


 加護の力は強力だ。


 ただの人間がそれを打ち破る事は難しい。


 けれど、不可能ではない。


 この世界の歴史の中では、かつて洗脳の力を持っていた傾国の美女がいた。だが、その女性の加護を打ち破った人間がいるという。


 その原動力は。


「シンフォ、それは愛情よ」

「愛情、ですか」


 強く思いを寄せる人がいたが故の奇跡らしい。

 その人間は、愛の力で、洗脳の力を解除したとか。


 だから、妹の力にも相性の悪い何かがあるはずだ。


「ユフィ様の力とは何ですか?」

「支配よ」

「それは洗脳と同じなのでは?」

「支配は、全てが思い通りになるわけじゃないの。自我があるけれど、その人の言う通りにしなければならなくなる、感じかしら」


 首をかしげるシンフォに向けて、言葉を選んで説明する。


 虐めなどで暴力で相手を支配する光景を想像してみれば良いかもしれない。

 言いなりにすることができても、心まで完璧に支配する事はできない。

 ぱしられているけれど、心の中で抵抗している人というような感じだろうか。


 例えは最悪だが、その暴力を加護という力に置き換えてみると分かりやすいと思う。


 私を貶めるために、ユフィに無理やり協力させられていた両親や、シンフォの屈辱を想像すると、はらわたが煮えくり返ってくる。


 やり直さなかったら、また私が断罪される未来がこの世界にも待っている。きっとその後ユフィは、彼らの目の前ですべての財産を食い荒らすに違いない。


 ユフィの心根は一周目と変わっていない。


 あれは、良い人間ではない。


 優しく穏やかに微笑む瞳の中をよく覗き込めば、そこには憎悪と嗜虐心がかいまみえた。


 そんな事を考えていた私にシンフォはこちらの手を握って、決意の言葉を述べた。


「この私を雇ってくださるご主人や奥様方を不幸にするわけにはいきません。必ず私達でなんとかしましょう」

「心強いわ。ありがとう」


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