マスクの下〜コロナ禍にて〜
さとすみれ
1話完結
二〇二〇年、世界が日々、目に見えない敵(ウイルス)に対して不安と恐怖に陥っている中、私はマッチングアプリで出会ったマスクの上しか見えない人とデートした。そして今、今までにないくらいの幸せを感じている。
コロナウイルスが流行し、東京都の小池知事は会見でNO三密を掲げ、都民に注意喚起をし、コロナウイルスを一刻も早く封じ込めようと奮闘していた時。その中で恋愛をしたいと考えた独り身の人はマッチングアプリを始めた。私もその一人だ。いい男性もいるがそんな人なんて本当に一部だ。ほとんどは体目当てだと思っている。そんな中で普通の顔をして、普通に働いてて、普通にお金のある人がいた。そう、今から会う人。平凡すぎて多分恋人がいないのではないかと私は推測している。実際私も、今から会うが自分から気づけるかと言われたら自信がない。周りを見渡すと、スマホをいじる若い男女。一人でいる人も複数人のグループでいる人も。ついていけないな。あぁ、私今日のために渋谷に出てきたけど、ここは私の来る場所ではなかったなとつくづく思う。渋谷駅に出入りする人をぼーっと見ていると、マッチングアプリで見た顔に似た人が歩いてきた。マスクをしているから正確にその人かはわからないけれども。
「あの、藤原さんですか」
「あっそうです。小林さんですか」
「はい。少し遅れてしまってすみません」
「大丈夫ですよ」
左手で持っていたスマホを見ると十時一分だった。一分だけなら、言わなければわからなかったのに、言うなんて誠実だな、と思った。
「行きましょうか。どこか行きたいところはありますか」
「じゃあ、横浜とかどうですか。私田舎から出てきたので小林さんの出身地である横浜を案内してほしいです」
「行ったことないですか」
「はい。初めてです」
「それじゃあ、案内しましょう。横浜はいいところですよ。海も綺麗だし、遊園地もあるし……あっ遊園地行きますか。規模は小さいですが」
「行きたいです。よろしくお願いします」
東急東横線からそのままみなとみらい線で移動すること三十分。渋谷とはまた違う、人の多い駅に降りた。
「こっちです」
地上に出ると微かに潮の香りがした。あぁ、海が近いんだ…とふと思った。
「人が多いですね」
「えぇまぁ、ただコロナもあってか、まだ少ない方ですね」
「これで少ないんですか。すごいですね」
小林さんは軽く頷いて歩み始めた。
デートは楽しかった。ちょっと慣れていない感じが良かった。なんか一緒にいて居心地が良かった。そろそろ時間的にお別れかなと思っていた時、小林さんは急に言った。
「あの、最後に観覧車に乗りませんか」
「観覧車ですか……。いいですよ」
「ここの観覧車上からの景色が綺麗なんです」
そんなことを言う目の前の人の声は少し震えていた。
観覧車に乗るために並んでいる間、私たちは無言だった。おそらく言われるんだろうな。隣にいる小林さんは緊張してるのか私に見えないように体を横にして手のひらに「人」を何回も書いていた。私たちの順番が来てゴンドラに乗り込んだ。その時、小林さんは私に先にどうぞと言うように手を動かした。
ゴンドラはそろそろ頂上に着く。そろそろかなと思った時、小林さんは口を開いた。
「どうして藤原さんは僕を選んでくれたんですか」
「……私、今まで変な人とばっか付き合ってきて、普通の人と付き合ってみたいなって思ったからです」
「どうでしたか、僕は普通でしたか」
「はい。今までデートした方の中で一番良かったです」
なんでこんなことを聞いてきたのだろうかと思った。
「……普通の人がいいんですよね。僕……実は〇〇という会社の社長なんです。年収は二億円を超えるでしょうか。そんな僕に近寄ってきたのは今までお金目当ての女性ばかりでした。ただ、あなたは違う。僕をしっかりと見てくれた。普通の人を望むあなたにとって僕は恋愛対象ではないとは思いますが、僕と正式に付き合ってくれませんか」
驚いた。まさかの〇〇会社の社長。誰もが知っている会社の社長……。ただ、中身は普通の人。それだったら……。
「お金なんて別に関係ないです。私は小林さんの人柄が好きです。一緒にいて居心地が良かったんです。ぜひよろしくお願いします」
パチパチパチパチ……。ヒューヒュー!。
「……恥ずかしい」
「私も今思い出すと笑えてくる」
私達は今日結婚式を挙げた。その中で、春翔さんの会社の人が私達の初対面の再現ビデオをサプライズで作ってくださったらしい。ナレーション付きで……。
「本当におめでとう!」
「おめでとうございます! 社長! 麻紀さん!」
マスクの下〜コロナ禍にて〜 さとすみれ @Sato_Sumire
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