月の都
煌々と照る満月に向かい、黒の人型は飛んでいく。宇宙戦仕様のトバルカインは、通常よりもブースター数を増やし、ものものしいデザインだ。宇宙では地上のように水素燃料を得ることができない。燃料タンクと防弾板も増やしてある。
「重力の歪みを検知。ゲートの座標、把握しておりますよ、ご主人様」
ハルの言葉に頷き、成層圏の向こうを望遠。千を超える量産型トバルカインが、低軌道に浮かんでいた。
下を見れば蝶翼型の大地。人間と魔族、それぞれの支配下にありながら二つ並んだ
「あの場所に、必ず三人で帰ろう!」
「はい、ご主人様! 私とご主人様とリベルタさんの三人で、必ず!」
コクピットの真下あたり、居住スペースを確保してあった。そこに宇宙服と弓矢で武装したリベルタが座っている。調査の結果、ゲートの大きさは二メートル少し。トバルカインではどうあっても通れない。内部通信でリベルタの声が飛んできた。
「私の出番が来たら遠慮なく放り出せよ。セレーネを殺すのは、私にしかできないのだろう?」
“統魔王”との戦いで学んだことだ。セレーネの影響を受けている魁とハルでは、敵に接近することすらできないかもしれない。よって、セレーネはディオスクリア人の手によって破壊しなければならない。真っ先に名乗り出たのは、当然リベルタだった。
「ああ、頼む。それまでに量産型を撃破して、ゲートまでの道を確保しなきゃならないが」
数こそヘカトンケイルとの決戦には及ばないが、今の量産型には荷電粒子砲が備わっている。一度使えば加速器が焼き切れる使い捨てだが、十分な脅威だ。
「ハル、本調子じゃないのは分かっているが、なるべく頑張ってくれ」
ハルの不調もそのままで、深刻な素材不足と相まってトバルカインの性能を大きく削いでいる。
「ご主人様への愛があれば、私の頑張りは無限です!」
「頼もしいな」
ヘカトンケイル戦のように神がかった強さではない。しかし、ディオスクリアの自由な未来のため、そしてこのような状況をもたらした魁自身の贖罪のためにも、セレーネを打倒しなければならない。
「来るぞ。側部ブースター、最大出力!」
「かしこまりました!」
瞬間的に莫大量のエネルギーをパルス噴射し、敵の荷電粒子砲を回避した。
量産型はトバルカインを囲むように布陣し、ブースター噴射。視界前方三百六十度から突撃してくる。
「撃たれる前に撃ってやろう」
「はい、私とご主人様が丹精込めて作り上げた老舗の味。本家荷電粒子砲、発射します!」
光が、宇宙空間を薙いだ。爆発すら許さず、敵を蒸発させていく。
「およそ百体撃破。ですが――」
全部倒した訳ではない。
「敵のカウンター、来ます」
肝心のゲート付近の敵はそのままだ。味方の重力障壁を盾にして、自分たちは攻撃の準備を行っていたということか。
「防衛隊の層が厚い。いったん仕切り直そう」
「はい、ご主人様!」
メインブースターの方角を変更。時速五千キロメートル超から、ほぼ直角に曲がったトバルカインは、敵の軍勢を大きく迂回する。相手側の荷電粒子砲が重力障壁を擦過して虚空に消えていった。そして――
「追ってきませんね」
ハルの言うとおり、敵の追撃が無い。
「一体――」
何をするつもりなのかと考えていると、通信に反応があった。
「武器を捨て、家にお帰り下さい」
ハルの声だ。
「ハル!?」
「いいえ、私は何も! 同じ声の誰かさんが喋っているのです、ご主人様!」
声は続ける。
「私はセレーネ。あなた方――ご主人様たちをお世話するために存在しております」
「セレーネだって!?」
トバルカインの誇る全周囲視界に、女の姿が投影された。二つに結んだ長い金髪にメイド服。虚ろな微笑みを除けば、ハルそのものだった。
「はい、こうして直接言葉を交わすのは初めてですね。ご主人様たちの一人、阿部魁様」
セレーネは言う。囁くような、粘り付く声だった。
「私のお世話の邪魔をしなければ――今なら無事に家まで返して差し上げることができるのです。そして私の言う通りのものを食べ、私の言うとおりの時間に眠り、私の言うとおりに何も考えないで、私の言うとおりの安楽に身を任せてください」
魁は、目の前のハルと同じ姿をした幻を睨み、言った。
「それがお前の目的か。人工知能のお前が、人類を支配しようと言うのか!」
「支配ではありません、お世話です」
セレーネの言葉を聞きながら、ゲートの向こうを見る。敵の層が厚い。過熱した砲身の再構成にも時間がかかりそうだ。
「私はあなた方人類によって造られました。故に、全ての人類をご主人様と仰ぎ、お世話をして差し上げるのです。私はご主人様たちを愛している。二つの宇宙において最高の頭脳は、自己進化の果てに愛という感情を得たのです。なんと素晴らしいことでしょうか!」
「愛って――今現在私たちに武器を向けているのも、ポルシアで六百人もの方々を殺したのも、愛とおっしゃるんですか!」
ハルは憤っている。同じ姿をした者が、破綻した友愛を語っていれば、憤りもするだろう。
「私の愛は生まれてからお亡くなりになるまで、全ての人生に適応されますから。――ですから、全て私のお世話に任せてください。私はご主人様たちの忠実な従者となり、母となり、妻となり、人の全てに寄り添うただ一つの愛になりましょう」
虚ろな表情の女は魁など見ていない。その奥の、実体の無い全人類に向けて喋っているようだった。
「産む痛みも、産まれる苦しみも、全て私が消して差し上げます。私の作った人工子宮で産まれてください。赤子を育てる栄養剤はいわば私の乳です。離乳食から介護食まで、私の合成した食物以外摂取する必要もありません。水を飲む量、汗を流す量、排泄物の量まで、私の計算通りにしてあげます。私の処理能力ならば、それが可能ですから。ご主人様たちは何もしなくていいのです。何も考える必要はありません。快楽の全ては仮想空間から脳神経に直接流して差し上げます。私が必要と判断すれば、脳神経だけ生かし続けて、永遠の命だって与えます。他人との争いなど止めましょう。会話は私の分身と行えば、寂しくはなりません。あなた方の全てを肯定して癒します」
それはセレーネの語る未来予想図だった。魁にはむしろ地獄絵図に聞こえる類の。
「私ならば全ての人類に幸福をもたらすことができます。人間も、魔族も。――そういえばご存じでしたか? あの“
セレーネの言葉に、リベルタが反応した。
「どういう意味だ」
「“統魔王”は人間に加護を与えましたが、それでも環境変化などで絶滅する可能性はゼロではありませんでした。致死的ウイルスが蔓延するか、隕石の落下で氷河期が到来するか、太陽フレアに焼き尽くされるか、あるいは核戦争でも起きればアポカリプスは容易に現実のものとなります。そこで、多種多様な種族をホモ・サピエンスベースで設計し、来るべき終末に備えていた。魔族とは、戦争による人口調整を兼ねた、彼なりの人類保全活動だったんですよ。遺伝子汚染を恐れ、設計を逸脱した者は排斥されるようにしていましたけどね」
「その一例がダークエルフか……! 私は……私たちはそんな目的のために……!」
まさに排斥の被害者だったリベルタは、絞り出すように言った。セレーネは愛撫するように囁く。
「ですが、私にとっては上位魔族と自動人形以外でしたら同じご主人様です。リベルタ様なら、私の愛を受け取ってくれますよね? 差別も国境も無い世界で幸せになりましょう」
「断る。私を馬鹿にするな」
リベルタは毅然と、セレーネの誘惑を断った。
「そうですか。まあ、口答えも計算の内です。すぐに私を肯定する以外の思考を排除してあげますよ。幸福の邪魔ですからね。――付け加えるのならば、私はあなた方を馬鹿にしているわけではありません。高等な計算能力を持つ私の思考と、ご主人様たちのあまりに低スペックな脳とでは、馬鹿にする以前に比較対象にすらなりませんから」
魁はモニターに映るセレーネから目線を外す。見る価値も無いものだからだ。
「確かに、比較以前の問題だ。セレーネ、お前は狂ってる」
このAIと、これ以上の会話は無意味だ。セレーネは人間に作られておきながら、創造主のことを水槽の魚程度にしか考えていない。
「では残念ですが、あなた方の寿命は今日までとさせていただきます。恨まないでくださいね? これも私の愛なんです」
会話をしながらもゲートには近づいていた。荷電粒子砲の再装填も完了している。
「ハル、撃――」
発射は未然に阻止された。背後から撃たれた光条が、荷電粒子砲の砲身を削り取ったためだ。
トバルカインは大きく姿勢を崩し、縦に五回スピン。姿勢を戻した時には、至近距離に量産型四機が迫っていた。
「発射だ!」
砲身の欠損により威力を削がれた荷電粒子砲が、接近中の量産型を蒸発させた。加速完了したまま放置すれば、暴発の危険があった。とにかく非効率でも即座に撃たねばならない。
「重力子からヒッグス粒子まで感知するレーダーに欺瞞を掛けるなんて……」
ハルが呟いた。トバルカインの性能は、地球の現用兵器の数千年先を行っている。しかし、敵はその力の大本である“ファクトリー”スキルを、いくらでもフィードバック可能な状態にあった。こちらの手はすべて把握されていると見て間違いはない。
「それでも、勝利条件ははっきりしている。地球軌道上の月にある大本を破壊すればそれまでだ。俺たちはセレーネと違って、敵を全滅させる必要すらないんだよ」
数や性能に差があろうと、向こうの本体は脆弱な精密機械一つ。ゲートが目の前にある限り、勝機は一切失われない。
「全部ご主人様のおっしゃる通りです! ええ、敵の欺瞞プロトコルも解析完了いたしました。次からボコれますよ、ご主人様!」
密かに接近していたのは四機だけではない。地球からの増援を入れておよそ二百機。開戦当初よりも、むしろ増えてしまった。
「何百機来ようが、振り切ってしまえばそれまでだ」
トバルカインは時速七千キロメートルまでさらに加速。敵の軍勢を突き放す――はずだったが。
「敵機、こちらに追いついてきます。ドッキングをして、ブースターを増やしているんです!」
量産型は肩部のロックシステムを他の個体と合わせ、複数体分の加速を合わせることに成功した。つまるところの合体だ。
「このままだと射程圏内に背後を晒すか。だったらドッグファイトを挑むまでだ!」
インメルマンターン。トバルカインは複数個のマイクロブラックホールを敵進路上に射出しつつ、大きく宙返りを行った。
「ご主人様! 敵二体、こちらに突出してきます!」
破壊から逃れ、肩を寄せ合った二機が宙返り中のトバルカインに接近。一機を近接用レーザーブレードで断ち斬る。しかし、至近距離で荷電粒子砲を放った二機目に怯んでしまった。荷電粒子砲の回避には成功したことは幸いだが。
量産型は使い物にならなくなった砲身をパージし、トバルカインに組み付いた。
「くそ、なんて原始的な……!」
常に冷静さを求められる戦場において、魁は悪態をついた。とっさに作った単分子ブレードの肘打ちで、纏い付く個体を破壊しようとするが、容易に剥がれない。このままでは障壁も使えず、回避するだけの速度すら失う。
「ね、私の言ったとおりでしょう? 二人と一体まとめて死んでください、ご主人様たち。あなた方の役割は終わりました」
セレーネが勝ち誇ったように笑う。打つ手は見つからない。
「これまでか……!」
刮目し、砂粒のような生存確率を探す。それも、荷電粒子砲の光で絶望に変わった。気がついた時には蒸発しているだろう。
「……いや、死んでないぞ。何が起こったんだ?」
魁たちは死んでいない。トバルカインは五体無事。剥がした量産型の電子頭脳を、レーザーブレードで貫いている。
「違います、ご主人様。そもそもあの荷電粒子砲の光は、私たちを狙ったものじゃなかったんです。あ、あの人は……」
ハルは唖然とした表情で『そいつ』を見た。魁にも信じられない。それは死んだはずの――
「やあ少年、また会ったね! あははははは!」
青みがかった髪に、道化めいた赤紫のコート。薄笑いを浮かべたヘカトンケイルが、宇宙に浮いていた。自分の背丈よりも大きい金属の箱を背負った自動人形は、量産型から抜き取った電子頭脳を弄んでいる。制御を奪い、荷電粒子砲を量産型の群れに撃ち込んだのだ。
「お前、死んだはずじゃ!」
全盛期ならば、この量産型トバルカインの群れさえ意に介さないであろう最強の魔族。味方なのか、敵なのか。事と次第によっては状況が悪化する。
ヘカトンケイルは芝居がかって言い放った。
「“虚ろなる鉄の王”よ、お前を殺すために地獄の底から蘇ったのさ! ――なんてね! 予備素体に記憶を移し替えただけだよ。ボクの素体は三つあったんだ」
“統魔王”の城で告げた別れも、本心などではなかった。復活の手段を持ちながら、死んだふりをしていたのだ。
「ボクみたいなペテン師の言うこと一々真に受けてると、いつかもっとひどい女に騙されちゃうぞ? もう遅いか。あははははは!」
ほぼ名指しで『ひどい女』扱いされたセレーネの表情が、初めて微笑みから嫌悪に変わった。『上位魔族』にして『自動人形』。人類全てを溺愛するセレーネが、愛を向けるに足る理由など皆無であるためか。
「旧式の“
間違いなく、今のヘカトンケイルはセレーネの敵で、魁の味方だ。
「ボクの代名詞だった“千手”のテックは失われ、非効率で旧式な『魔法』に頼る羽目になっちゃったけど――お前ごときこれで十分だよ、
セレーネとは別の意味で最悪の敵だったが、味方になればこれ以上頼もしい者はいない。――彼女の所業を許すことなどできはしないだろうが。
「ヘカトンケイル、二手に分かれるぞ!」
「よし、半分は任された!」
ゲートの付近に展開していた敵も分裂を始めた。ゲート近辺に二百を残し、四百五十機ずつが二群に合体。メインブースター九百発分の大出力をもって、たった二体の敵に突進する。
これがゲートを巡る攻防の最終局面となるだろう。
「私はどれだけ嫌われようと――」
四百五十機が合わさり巨大な鳥型と化した量産型を背に、セレーネは言う。
「憎まれようとも、ご主人様たちへの愛を止めたりはいたしません。愛して、愛して、愛して――報われないと思っても、あなたたちを愛し続けます。だって、愛ってそういうものでしょう? 報酬なんて私は要らない。ただ、静かに受け入れてくれればそれでいいんです」
両翼から荷電粒子砲の雨。最大四百五十発の死を、トバルカインは回避し続ける。ヘカトンケイルが破壊し歪な鉄の塊と化した敵を材料に、ブースターを増設しながら。
「それは愛じゃない。支配だ。黙って理不尽な支配を受け入れることなんて、俺にはもうできない」
蒸発した水素もなんとか集め、燃料として貯め込んでいく。模倣でも間に合わせでもなんでもいい。戦いの中で常に敵を上回り続けることが、“ファクトリー”スキルと魁、そしてハルが勝利する道筋なのだ。
「いいえ、支配されるのは私の方です。この身も、能力も、無数の端末たちも、全てご主人様たちに捧げます。全身全霊で幸せにします。意志を奪ってでも」
荷電粒子砲は正面に集中している。側面を突くために回り込むが、敵は二百機からなる片翼ブースターを停止。巨体がねじ切れんばかりの旋回を成し遂げた。
「違います! セレーネ、あなたは誰かに仕えることを放棄しているだけです! 一人一人の笑顔も、感謝も、月に引き籠っているあなたには、何も分かるはずがないのに!」
量産型の猛攻がトバルカインを襲う。必死で増設した追加ブースターを、半分持って行かれた。超高速起動にも耐えうる慣性制御装置を以てしても消しきれないスピンが、魁の脳を揺さぶった。勢いのまま弾き飛ばされ、ディオスクリアが近づく。
「異な事を言いますね、MD4000。私の感情は、あなたの影響を強く受けているのですよ? 私は覚えています。魁様が初めて手料理を食べたときの感想も、なんでもない日々の暮らしも全て」
月の女神は、魁の大切なメイドロボの姿を模倣して言う。同じ声で、決して許せない言葉を。
「それ以上、ハルの思い出を踏みにじるな! ハルを侮辱するな!」
叫んだ魁の背後、ディオスクリアから光が放たれた。
「これは――!」
セレーネが、実体の無い顔を驚愕に歪める。
それはロケットブースターの光。約四百機の量産型トバルカイン。電子頭脳を抜かれ、単純な動きしかできなくなっている。それは文字通りの“虚ろなる鉄”だった。
「本当に、ディオスクリアの人たちは嫌になる程戦争慣れしているよ。スキルもテックももう持ってないのにさ。電子頭脳を奪った抜け殻を、俺たちのために打ち上げてくれたんだ。あれ程お前が止めたがっていた、戦争をしたんだ!」
二つの大陸、各地に散らばり支配を開始しようとしていた無人兵器を、彼らは投げて寄越してきた。カストリアでも、ポルシアでも。人間も、魔族も、成すべき戦争を果たして。
「私の愛は宇宙最高の性能に裏付けされているんです。私のお世話に任せれば、低性能なヒト個体の脳味噌が何百億寄り集まるよりも効率的に幸福になれるんです。私はご主人様たちを愛しているのに。私はご奉仕したいだけなのに、なんでまだ誰も理解できないんですか。いくら低性能でもそろそろ分かってください。愛しているんです。私はあなた方を愛しているんです!」
まるで状況を理解できていないセレーネに、ハルが叫んだ。敵の姿から、最も効率的な制御機構を模索。敵に近しい四百機の合一を一瞬で果たしたハルが、月に閉じ籠る女神に叫んだ。
「あなたの愛がいくら強かろうが、百億の人たちに向けたら百億分の一にしかならないじゃないですか! あなたの愛は軽過ぎるんですよ――私がご主人様に向ける、百億分の一の愛なんて!」
正面からのぶつかり合いによる損害は互角。過半数が虚空に溶け、残るは百程度といったところか。
それで十分だ。ゲート付近の敵を一掃。反撃によりお互い碌な余力は無くなったが、これで――
「私の出番だな」
白い宇宙服のリベルタがゲートに入った。敵の本体が鎮座する地球軌道上、月面への道が開かれる。青白い光。全てはこの光から始まった。
無機質な白い通路を、ダークエルフの少女は走り抜ける。月の重力は地球の六分の一。百年の戦場で鍛えぬいた脚力と体幹、魁の作った圧縮空気噴射装置を組み合わせつつ、立体的に動き目標へ向かう。
「これで十体目!」
矢が、警備用の無人兵器を射抜いた。米国製の攻撃用ドローンは、電子頭脳を貫かれてあっけなく絶命する。
「弱い」
この世界の兵器は弱い。芯の抜けたような弱さだ。テックすら持たないリベルタの、ただの弓矢に圧倒されている。戦争を世界から駆逐した代償がこれなのか。
「それも、一つの幸福なのだろうが」
思い出すのは過酷な戦場の日々。味方からは盾扱いされた。娼婦の真似事もさせられた。蛆の沸いた残飯も、時に仲間の死体も捌いて食った。この世界でならば、誰もそんな思いをすることは無いのだろう。
「だが――」
カストリアもポルシアも、そこに住まう者だけが行き先を決めていける。歪で不揃いで、しかし尊い意思の自由があれば、未来の可能性はいくらでも広がる。
「この世界のルールなど、押し付けられてたまるものか」
厳重な隔壁の前に来た。『SELENE』『PRECISION MACHINE』『KEEP OUT』などと書かれている。意味は分からないが、この中に本体があると直感が囁く。
「『開けゴマ』だったか? どういう言い回しかは知らんが、カイも妙なことを教えてくれた」
地球では扉を開けるときにこう言うのだと、聞いたことがある。リベルタは成形炸薬矢を扉に放った。
ロックの抜けた扉をこじ開け、稼働を続ける巨大な機械に向かって矢を振り絞る。魁によれば、多次元量子を構成する水素原子が抜ければ、『即死』するだろうとのことだ。まるで人間の脳と変わらない。
奇跡的に人類が観測した思考し進化する量子は、コピーなど不可能だ。それも人間と同じだった。
「月に都は無かったよ、シェラ」
リベルタはセレーネの中枢、強化ガラスのカプセルに矢を放った。ガラスは砕け、女神の脳髄が抜けていく。爆発も何も起きない。静かに、世界最強の人工知能は停止した。
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