異世界人

 かつて上位魔族しか渡ることのできなかった『果て無き海』をひたすら北東に。往路は船旅だったが、今度は時速千キロメートル巡行の人型航空兵器だ。夕暮れ前には、スヴェンランドの王都ロムスハイムが肉眼で確認できる距離に到着した。

 望遠カメラから見る往来に人通りはごく僅か。半面、二枚プロペラの飛翔体が上空を行き交っている。地球でありふれた監視用ドローンだ。

「あんなに作った覚えはないぞ……」

 魁が知る限り、無人監視ドローンは軍事目的に必要分だけ生産したに過ぎない。しかも、電子頭脳搭載型ロボットを配備しているのは、アヴェノブルクのみ。

「電子頭脳なんて、今の工業設備では生産できませんからね。“ファクトリー”スキルを使わなければ勝手に増える訳もないのですけど」

 ハルの言う通り、“ファクトリー”スキルの手から離して製造しているのは、自動車や弾薬類、化学繊維など、比較的単純な工業製品に過ぎない。

「ハル、ロムスハイムから何か打ち上がったぞ!」

「!? 申し訳ありません、反応遅れました」

 やはり、ハルは本調子ではない。あの“統魔王”を殺したあたりからずっと。

「目標捕捉。量産型トバルカインです!」

「もうカストリアに戻ってきていたのか」

 基本的なデザインはこちらの本家トバルカインと変わりがない。目立つ点は、こちらがテュポーン装甲由来の黒なのに対し、向こうは初代を踏襲したトリコロールカラーという程度だ。

「交戦いたしますか?」

「向こうは多分そのつもりだろ」

 先手を打ってマイクロブラックホール砲を射出。標的は障壁ごと消え去った。

「ご主人様、敵編隊が東側より接近中。やはり量産型トバルカインです!」

「アヴェノブルク方面か。数は?」

「四機です」

 十分迎撃可能だ。本調子とは言えないが、スキルのオミットされた量産型に後れは取らない。

「ミサイル発射」

「はい、ご主人様」

 飛行機雲を引き、ミサイルが東に飛んで行った。順当に行けば、四機の反応はすぐに消失するはずだが。

「――!?」

 ハルの表情が引きつった。

「目標の放射線射出を探知。この反応は――荷電粒子砲です!」

「曲げろ!」

 魁は即座に反応する。高密度の重力子防護障壁ならば、亜光速の荷電粒子砲でも、ある程度は回避可能だ。発射前の予備動作で察知できたのが功を奏した。

「くっ!」

 荷電粒子砲は確かに曲がった。トバルカインの左半身が、コクピットギリギリまで大きく削られてしまったものの。

「ハル、敵の反応は」

「消失しました。ミサイル全弾命中」

「飛行に不要な手足を寄せてトバルカインを修復。不時着しよう」

 このまま馬鹿正直にアヴェノブルクに飛んで接近するのは危険だ。

「かしこまりました、ロムスハイム近郊に着陸いたします」

 着陸したトバルカインをトラックに偽装。久しぶりのスヴェンランド王都に入る。監視ドローンは何をしてくる様子もない。武装の有無で、敵を判別しているようだった。

 頭巾で顔を隠し、ハルと二人旅の夫婦のようにふるまう。ハルが腕を組んで小声で囁いた。

「荷電粒子砲は、つい数時間前のヘカトンケイル戦で発明したばかりの兵器です。なぜ量産型が持っていたのでしょう」

 それは魁にとっても最大の疑問だった。しかし、仮説段階だが、答えは導き出されつつある。

「新しく製造されたとしか思えない。俺の目の届かない場所に、奴らを造る工場が建てられていたんだ」

 犯人は決まっている。“ファクトリー”スキルと、それを密かに操るセレーネだ。

「改めて突きつけられるとショックだよな。“ファクトリー”スキルは俺の才能でもなんでもなくて、お仕着せの侵略兵器だったんだ」

 自嘲気味に言った魁に、ハルは腕の力を強めた。

「……ご主人様がスキルを使いこなされていたのは、類稀なる技術知識あればこそでした。王にまで上り詰め、軍を率いて“統魔王”を倒されたのは人徳の賜物です」

 普段の、周囲に宣言するような言い方ではない。自身と、魁に深く言い聞かせるような。

「何度でも言いますけど、ご主人様は最高のご主人様ですよ。お仕えできて本当に誇らしい」

 その日はロムスハイムの宿屋に泊まった。宿の主人は『ビョルン陛下が負けた』『魔族が一斉に攻めてくる』としきりに漏らしていた。謎の無人兵器に王都を制圧されれば、そういった思考になっても当然だ。魁は居心地が悪かった。



 一夜明けても、王都の様子はあまり変化がない。不気味な監視ドローンがうろつき、合成音で武器の類を提出するように求めている。

 魁とハルはトバルカインを変化させたトラックに乗り、陸路でアヴェノブルクへ向かうことにした。

「昨年の事件が、まだ尾を引いているのですね」

 助手席のハルが言った。街道脇では、除染作業用の電子頭脳搭載ロボットが労働にいそしんでいる。

「王妃は正気を失っていたと、リベルタも証言している。元をたどれば妻と子供の命を狙ったビョルンのせいだろう。――奴にもあんな事態、予想なんてできなかっただろうけど」

 そのビョルンも、遠く離れたポルシアで命を落とした。車両に踏み潰され、悲惨な最期だった。

「この国、俺が来る前はどんな国だったんだろう」

 ふと、魁は思った。

「二百年も寿命を持っている人たちが子供からひ孫にまで囲まれて、たまに魔族やらと戦争して、命を落として……。もうそんな世界も戻らない。俺が滅ぼした」

 急に全ての人や魔族が死に絶えたわけではない。世界全体の法則を覆すような、不可逆の変化。それを己の意思で、たった一人の下位魔族のためにやってしまった。

「ご主人様、私にはあの戦争の是非なんて分かりません。けれど、あのヘカトンケイルさんの言葉を借りるなら、それは『尊い事』であったのだと思いますよ。――やはりリベルタさんをお嫁にしてはいかがでしょう?」

 ハルはにやにや笑いながら言った。

「な、なんだってそんな事引きずってるんだよ! エイリークもお前もそればっかじゃないか!」

「ご主人様のお嫁さんのお世話したいですう!」

 そのエイリークとリベルタがいるはずのアヴェノブルクが見えてきた。一見、破壊痕は無い。皆は無事なのだろうか。



「おおカイ、戻ったか!」

 執政府では、行政官のエイリークが待っていた。リベルタは無言で、魁から目を逸らして立っている。

「“統魔王”、本当に倒したのか?」

 エイリークは半信半疑で尋ねてきた。二千年間、全ての人類が望みながら、夢のまた夢と諦めてきたことだ。

「殺したよ」

 短く魁が言うと、エイリークは目を見開いた。

「すげえなお前……。初めて会ったときはここまでやる奴だと思わなかったぜ」

 喜びより驚愕。あまりにスケールが大きすぎる話だ。魁自身、何か奇妙な夢でも見ているのではないかと疑っている。

「良いことばかりじゃないよ」

「法王でも亡くなられたか?」

「それもある」

 法王もスヴェンランド王も死んだ。だが、今はそれすら些事に過ぎない。

「話すと長くなる。二年前から――いや、二千年前から話を始めないと駄目だ」

「だったら酒だな! 俺の執務室まで来いよ」

 エイリークは相変わらず太い腕で魁を掴んで引っ張っていった。いくら鍛えたところで、彼と比べれば丸太と小枝だ。

「ちょっと待てお前、執政府に酒を持ち込んでいたのか?」

 そんなことを論じている場合でないとはいえ、上司として聞き逃せない。

「貿易資料だ。ポルシアのサトウキビ酒でな、氷で割るのが最高だ。いや、ほんと製氷機があって良かったぜ」

「貿易資料なら仕方ない……のか?」

 エイリークは村長時代と変わらず有能に働いてくれていた。少しくらいの怠慢は大目に見るべきなのだろう。

「仕方ないのだ。ほら、ハルもリベルタも」

「私もか?」

 リベルタは意外そうな顔をした。

「そういえば、リベルタが酒を飲んでるところ見たことないな。苦手なら苦手って言わないと駄目だぞ。エイリークはすぐに飲まそうと――」

「人聞きの悪いこと言うんじぇねえよ。俺だって下戸には勧めねえって」

 リベルタは少し押し黙って、やがて覚悟を決めたように口を開いた。

「軍にいた頃は、酒を飲む機会など一度も無かった。抜けた後はあえて飲まないようにしていたんだ。怖かったからな」

「怖い?」

 酒など有体に言って毒物だ。摂取を恐れるのも道理だが、リベルタは少し違うようだった。

「酒を飲んだ後の男に、碌な目にあわされたことが無い。あれは理性を弱くする。もし、飲んだ後で貴様らに矢が刺さっていたらと思うと、とても飲む気になれなかった」

「……」

 軽率に嫌なことを思い出させたかと、謝罪しようとする。だが、それはリベルタ自身に遮られた。

「それも終わりだ。『神の声』は消えた。私は今日初めて酒を飲もうと思う」

 エイリークと魁の方に、リベルタが歩み寄ってきた。ハルが喜色満面で言う。

「おつまみはお任せあれです! 腕によりをかけて、ご主人様好みのお料理を作りますからね!」

「それ、いつも作ってる奴じゃないか」

 たまにはリベルタの好みに合わせてみたらどうかと思ったが、当のリベルタは満更でもないようだった。王直属の護衛であるリベルタは、いつも魁と同じもの――つまるところハルの手料理を食べている。魁好みとハルが称し、実際とても美味しいものを。

「だが生魚は好かん。以前ポルシアの川魚を生で食ったら、寄生虫でひどい目に逢ったからな。第一、臭いが気に食わない」

「今日は刺身以外だな」

 三人は行政官の執務室に。一人は厨房に向かった。



「もうしばらくは、こうして酒盛りもできなくなるかも知れねえからな。奴ら食料を配給制にするなんてことも言ってるそうだ」

 エイリークは言った。魁はまず、現状確認から始める。

「たった一晩で何が起こったんだ。街は静まり返ってるし、執政府にはエイリークくらいしかいない。あの無人兵器たちは、武装放棄以外に何を要求している?」

「『全ての知生体は我々の指示に従うように』だそうだ。具体的には全武装勢力の解散と武装放棄、政権の全移譲、食料品を除く経済活動の制限――もう滅茶苦茶だよ。抵抗すれば殺される。目を付けられねえように、役人もほとんど自宅待機だ。……あいつら一体何がしたいんだ?」

「ディオスクリアの地球化……あるいはもっと先を考えているのかも知れない」

 ハルと煮詰めた推論を話す。現時点で予測可能な敵の目的はその程度だ。

「なんだよ『地球』って」

 魁の口から出た見知らぬ単語を、エイリークは訝しんだ。

「このディオスクリアとは違う別の世界だ。俺とハルはそこから来た」

 魁の言葉に、リベルタが反応した。

「ヘカトンケイルが『異世界スマホー』とか言っていたあれか。『日本』とかいう国の」

 ヘカトンケイルが新宿を襲撃、魁を挑発した事件。あの場にはリベルタもいた。

「ああ、敵はその世界のアメリカって国に作られた人工知能『セレーネ』だと、ヘカトンケイルが言っていた」

 突拍子もない話だが、リベルタは冷静に受け止めた。

「まずは地球とセレーネについて、なるべく詳しく話してもらおうか。仔細漏らさず聞けば、私からも何か意見が出せるかもしれない」

 改めて説明するとなると何から話そうかとも迷ったが、まずは社会制度から話すことにした。

「地球では戦争が根絶されている。武器を集め出した段階で無人兵器に攻撃されてしまうんだ。誰も戦争なんてやろうとは思えない」

「そいつは良く……もねえな。上にどうしようもない暴君がいても、反逆しようもねえ。理不尽に何かを奪われて、暴力で奪い返すってのも無理か。あまり美化する気もねえが、俺の感覚じゃ戦争は必要なもんだぜ」

 エイリークが言った。魁は現在の地球社会に対する私見を述べる。

「そうだな。戦争は起こせないし、凶悪犯罪も稀だ。逆を言えば国家権力が強くなりすぎているともいえる。どこの国も階級闘争が硬直化して、格差が広がってきている感じだ。規制通りに事を進められる大企業が成長し、発言力を強める。そしてまた大企業に有利な規制が施行される繰り返し。発達し過ぎた情報技術は、国民の監視と統制に特化されている」

 そのような事を公共の場で主張しても逮捕されるのだと、付け加えた。

「私なら絶対に住みたくはないな。ポルシアの森の中でネズミでも食っていた方がマシだ」

 死を覚悟して脱走兵になる程のリベルタだ。実感がこもっていた。

「はい、皆様お待たせしましたー。おつまみ向けに油こくて塩味強めのものをご用意しましたよー」

 ハルが台車で食事を持ってきた。エビのバターソテーに、ニンニクを塗ってローストしたパン。それとウルイとニシンの澄まし汁。短時間だったので種類は控えめだが、十分だ。とても美味しそうに見える。

「ちょうど良かった。ハルも二人に地球の話をしてくれないか」

「ご主人様のお望みとあらば、私とご主人様の私生活までなんでも話しますとも!」

「それはやめろ」

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