“千手”のヘカトンケイル

 ヘカトンケイルの背後から、水銀色の腕が生えた。二つ名にある“千手”どころではない。無数とは文字通り、万を超える数の腕が虚空から展開される。

「腕の一本一本が、ボクの長い人生で集めたスキルとテックに対応している。“千里眼”のスキルをゲットしてからかなり捗ったなあ。懐かしいよ」

 ヘカトンケイルは余裕の態度で言った。拡張素体越しでも、いつもの薄笑いが透けて見えるような敵に対し、ハルは冷静だった。

「ご主人様、対応可能と判断いたします」

「任せた、ハル」

 ヘカトンケイルの正面、百平方キロメートルが消し飛んだ。叩き込まれたありとあらゆる攻撃は、海を作り、雷を轟かせ、天地創造にも似た様相を呈す。そしてその全てが掻き消え、宙には砂だけが舞った。

 砂嵐の中に、直撃から退避したトバルカインが飛んでいる。

「圧縮重力子成型防護障壁――略して『愛の巣』。あのウンコ動画でマイクロブラックホールなど見せたのが運の尽きですね。対策は立てさせていただいております」

 縦に並んだ複座の操縦席を覆う全方位モニター。前方のハルが魁に優雅な微笑みを見せる。

「あははは! 初撃で死なれたら、むしろボクの立場が無いよ」

 攻撃の余波でノイズ交じりになった声が飛んできた。

 トバルカインのレーダーはこの状況でも敵の位置を把握している。敵は正真正銘の怪物。これまで戦ってきた四界王の二柱と比較しても、次元の違う相手だ。それでも、魁にとっては十分到達しうる実力だった。

「余裕ぶっていられるのも今の内だぞ、ヘカトンケイル。――わざわざ素材を打ち上げてくれてありがとう」

「量産型トバルカイン、製造開始いたします」

“ファクトリー”スキルを起動。陽光を隠す程に巻き上げられた砂塵を素材に、トリコロールの巨人を鋳造していく。千を超す巨人たちは、ロケットブースターとリニア式アクチュエーターの機動力で、ヘカトンケイルの周囲に群がった。20mm機関砲の弾幕を防御系テックで無効化しながら、辟易した調子で言う。

「やだなあ、これ。日本で見たウザドローンを思い出すよ」

「安心しろ。逮捕なんてしない。お前はこの場で死刑だ!」

「弁護士くらい呼ばせてー?」

「そんな権利、お前にあるか!」

 敵はその日本で大量殺人を行った張本人だ。魁には慈悲を掛けるつもりなど毛頭無い。

「権利だとか義務だとか、マジでうっとおしいよ。そんなに抑圧されたきゃ望み通り獄にブチ込んでやるさ!」

 ヘカトンケイルの真下、白熱した地面が蜘蛛の巣のような模様を描き、破裂した。

「これが“赫獄”の本気だよ! 君たちに構ってさえなければ、リベルタちゃんごときに殺せる相手じゃなかったってことさ!」

 スヴェンランドの英雄ソレントのスキル“赫獄”。直径三キロメートル、灼熱の檻がヘカトンケイルに群がる量産型トバルカインを呑み込んだ。同じく砂から作られた機体は同化され、溶岩として下方に消えていく。

「リベルタさんをごときなどと言わないでください!」

 ハルは憤りの声を上げつつも、防壁の展開と敵の位置確認を怠っていない。

「あはははは! 感動的な仲間思いだなー!」

 ヘカトンケイルはさっきから動いてすらいない。まだまだ余裕がある、とでも言いたげだ。

「よし、そろそろ固定砲台も飽きただろ? 殴り合いと行こうぜ!」

 ヘカトンケイルが消えた。

「ハル!」

 高速移動か、欺瞞か。ハルに詳細を確認する。

「文字通り、ヘカトンケイルが消えました。敵は――」

 言い切る前に、トバルカインの真正面一メートル、目と鼻の先にヘカトンケイルが現れた。敵も重力操作のテックを所持している。接近戦で障壁は期待できない。

「はろー、キスしてもいいんだぜ?」

 至近距離から挑発的な声が飛んできた。

「空間跳躍のテックです、ご主人様!」

「なんでもありか!」

 即座に全身のスラスターを噴射して位置調整。敵を瞬時にボディーブローで殴りつける。

「おっと」

 ヘカトンケイルは再び空間跳躍。

「ですが、重力の歪みから出現位置の予測は可能です。ご主人様、グーでブン殴ってやりましょう!」

「任せろ!」

 トバルカインの反応速度は空間跳躍に対応。ヘカトンケイルの顔面を右アッパーカットで殴った。

「うげえ!?」

 初めて、この敵の悲鳴を聞いた気がする。

「あははは! びっくりしたあ! こんな飾りみたいな顔殴ったところで、ボク本体の美少女顔には傷一つつかないけどね」

 敵は破壊された顔面を修復していく。魁の“ファクトリー”スキルだ。

「次はこっちの番だよ!」

 ヘカトンケイルが背部左腕を振りかぶる。大ぶりなテレフォンパンチだ。トバルカインの反応ならなく先手を打てるはずだが。

「ご主人様、トバルカインの内部構造が変化しています。鉄が、テュポーン装甲の表面に出てきて」

 ハルの言っている通りの事が起こった。トバルカイン内部の鉄製部分がテュポーンから奪った黒い表面装甲に侵食。歪な鎧となって機動性を奪う。

「“鋼纏”。友人のスキルに追い詰められる気分はどうだい?」

 エイリークの“鋼纏”。

 続いてヘカトンケイルは背部右腕から氷の槍を生成。四つの腕全てで掴み、こちらのコクピットを狙う。

「“嵐”、“槍体強化”、“天地返し”――さあ、肉塊になっちまえ、少年!」

 過剰威力の四連続突きが、トバルカインの胸部に刺さる。すんでのところで腕部構造を取り戻したトバルカインが、二の腕を薙いで真横から穂先をへし折った。生身の魁の額と心臓十センチに、冷たい個体窒素の槍が四本迫っていた。

「あははは! これ躱すんだ!? すっげえ!」

「そうです! もっとご主人様を褒め称えてください!」

「ハル」

 調子に乗った従者を窘め、槍を抜く。

「返すぞ」

 ブースターで距離を取りつつ、マニピュレーターに掴んだ槍をヘカトンケイルに投げ返した。敵は余裕の動きで横に躱すが――

「は!?」

 ヘカトンケイルが驚いた。氷の槍の先端は、ヘカトンケイル本体を正確に狙って、進路を直角に変えたのだ。

「俺のスキルで、ただの槍なんか返す訳がないだろう。ミサイル改造のオマケ付きだ」

「当たり付きアイスバーかよ! 嬉しくねー!」

 敵の左脇からコクピット部分に槍が刺さって、そのまま貫通。四つの氷塊は飛んで行った。

「ご主人様、敵は無傷です!」

 だが、ヘカトンケイルは尚も無事。

「“壁抜”。いやはや、これもけっこうインチキスキルだな。フミーネは油断しすぎたね」

 この期に及んで、ちゃぶ台返しも甚だしい。敵はそもそも質量攻撃が効かないということだ。

「だったら熱量で消し炭に――」

「遅い」

 再びヘカトンケイルが空間跳躍。敵が跳躍したのは、トバルカインの内部だ。

「『いしのなかにいる』――なんてね! さあ、ボクの“分身”よ、拡張素体ごとこいつを殺してしまえ!」

 銀の腕を生やした十二体の分身が、一斉に弓や槍、剣を構えた。テックの威力上昇付きだ。ヘカトンケイル本体を避け、トバルカインのコクピットをピンポイントで刺すつもりなのだ。

「一見一番ズルい手だが、俺には不正解だよ。ハル、お客様をお招きしろ!」

「かしこまりました、ご主人様!」

“ファクトリー”スキルはヘカトンケイルごとトバルカインの構造を変化させ、赤紫色のコートを着た少女をコクピットに呼び寄せた。“壁抜”のテックも、拡張素体を固定している今なら使えないだろう。

「わあ、こりゃびっくりだ」

「いらっしゃいませ?」

 魁は少女の姿をしたヘカトンケイルを素手で殴った。一応、あれから鍛えているし、加護のお陰で身体能力も上がった。人一人殴り殺せるかも、などと密かに思ったりしたものだ。実際のところ、魁の周囲はエリート兵士ばかりで歯が立つ訳も無かったが。

「痛てて……。おい、自動人形だからって殴られて痛くない訳じゃ――げぼぁ!?」

 顔面をデンプシーロールでひたすら殴る。周囲の分身は、本体のダメージにより消失していた。

「ご主人様! センヌキ! センヌキです!」

「今時センヌキなんて渋いじゃないか」

 セコンドのハルから渡されたセンヌキでさらに凶器攻撃。

「や、やりたい放題やりやがってー!」

 正体不明のネジなどを吐き出し、ヘカトンケイルはようやく空間転移テックを用いて脱出する。

「あはははは! おいおいおい! 世界最強クラスの頂上決戦でステゴロだ? こんなの予想外だよ! あははははは!」

「殴り足りなかったかな。まだ減らず口が叩けるのか」

「……ったく、本体は“統魔王”にしか造れないし直せないんだ。粗末にしてくれるよな」

 快笑から一転、ヘカトンケイルは底冷えする声を出す。

「そりゃ良かったな。今すぐそいつのところまで案内してくれ。直接殺してやる」

「逸るなよ。ボクを斃してからの約束だろ?」

 ヘカトンケイルはトバルカインから十キロメートル以上の距離を取った。トバルカインにとっても、この距離ならば、障壁のお陰である程度の攻撃は回避可能だが。

「“ファクトリー”スキル準備完了。さあおいで、量産型トバルカイン」

 地面が沸き上がり、万を超える量産型トバルカインの軍勢が飛び上がった。

「これは――!」

 即座に用意できる数ではない。敵は最初から仕込んでいたのだ。地中深く、機械兵士の群れを。

 量産型には水素燃料転換機能が備わっていない。永久機関はスキルを持った本体だけの特権。つまり、戦闘可能時間は有限だ。

「数が多すぎるな」

 それでも、万を超える数が相手では、決め手を探すのは難しい。しかも出力不十分ながら重力障壁まで備えている。張り付かれれば、干渉でこちらの障壁まで無効化されてしまう。

「ご主人様、秘密兵器の準備、整っております」

 ハルが言った。

「使おう」

 魁の一言で、地面がさらに盛り上がる。地中から出てきたのは、真珠色の鱗を煌めかせた巨体。トバルカインは周囲の水分を水素爆弾に転換、量産型を爆砕しながら、真珠色に張り付いた。

「その身体……“水界王”アテナの死体か! 何かやってるとは思っていたけど……」

「内部をいじくって機械化してやった。強敵だったよ、“武聖”のアテナは」

 それは真珠色の巨竜だった。トバルカインや拡張素体を遥かに超える竜が、量産型と本家の間に立つ。

「あの竜女でも、流石に可哀そうになってきたよ」

「一緒に弔ってやるから安心しろ」

 アテナの口から無数のミサイルが発射された。魁自身がアテナに取り付き、作り続けるそれは、彼女の中身が尽きるまで空に上がる。“水界王”の装甲は量産型の20mm砲など意に介さず。

「ああ、もう滅茶苦茶だな!」

 ヘカトンケイルが空間転移。ついに地上に降りた。

「“天地返し”」

 ヘカトンケイルはアテナの尻尾を掴み、埒外の怪力でハンマー投げのごとく回し始めた。

「滅茶苦茶なのはそっちですよ!」

 ハルが叫ぶ。トバルカインは慌ててアテナから離れた。追ってくる量産型を撃破しながら、ヘカトンケイルを中心とした巨大な竜巻を観察する。回転が頂点に達した時、アテナはヘカトンケイルの手から離れた。

「ブッ飛べえええええ!!」

 真珠色の巨体が音の壁を越え、トバルカインのブースター推進を超える速度で迫る。

 魁は、この戦いの終わりを悟った。無論、負けるつもりなど無い。

「ハル、アレ用のデータは集まったか?」

「――! はい、ぼちぼち安定動作領域かと!」

 ヘカトンケイルの披露した数々の超物理現象。そこから導き出されるのは素粒子がもたらす天文学的奇跡の観測。魁のスキルは常に進化し続ける。何万年先の技術だろうと、それが可能であると観測できれば――可能なのだ。

「使うぞ。粒子加速器、製造開始!」

「かしこまりました、ご主人様!」

 現代地球の技術では実現不可能な超小型粒子加速器が、素粒子を亜光速まで加速。ロケットブースターの片翼を砲身とし、敵に狙いを付けた。

「荷電粒子砲、発射!」

 アテナと、その奥にいるヘカトンケイルに膨大な熱量が降り注ぐ。ヘカトンケイルの断末魔が、トバルカインにまで届いた

「あはははは! そうか、やはりボクが敗れるんだね! キュリエ、ボクが敗れたぞ! あははははは!」

 ドロドロに溶けた大地、無数に散らばる量産型トバルカインの残骸。他には、何も残らない。

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