前哨戦

 ポルシア大陸の東部、内陸の奥まった位置に、その砂漠はあった。一面乾いた砂の大地には、生命など存在していない。二者を除いて。

「カイ少年と思ったけど、君かあ」

 ヘカトンケイルはその来客を見た。二枚の白い翼で宙に浮くのは筋肉隆々の天使型魔族。“空界王”のウラノスだ。

「“水界王”アテナと“劫界王”ヘラクレスは“虚ろなる鉄の王”に敗れた。君もカイ少年に挑まなくていいのかい? それとも結果の見えてる勝負に臆したかな?」

 ヘカトンケイルのあからさまな挑発にも、ウラノスは動じない。

 あの挑発から五日。“虚ろなる鉄の王”カイと、その取り巻きの軍勢が、『果て無き海』よりポルシア東海岸に上陸して四十八時間以上が経過した。完全に機械化された軍は、四界王含む上位魔族の守りを突破し、もうじきこの砂漠に来襲するだろう。

「優先順位にごわす」

 黒い総髪に、精悍な髭面の男が言った。

「むしろ魔族にとっての最悪の脅威はボク。そう言いたいんだね? ああ、残念だなあ。君は味方だと思っていたのに」

『果て無き海』を通る侵攻ルートを提案したのは、他ならぬヘカトンケイルだ。ミサイル護衛艦や強襲揚陸艦に、無人機専用の空母までも動員した人間軍は、見事にあの前人未踏の海を渡り切った。海棲型上位魔族との戦いで、少なくない損害を受けてはいたが。

「せからし。おはんも魔族なら戦ば勝って物申せ」

 ウラノスが戦闘の構えを取る。“天地返し”の二つ名を持つ最上位魔族に、無駄口など通用しない。

「拡張素体、展開。ボクは“石界王”、“千手”のヘカトンケイルだ」

 ヘカトンケイルの身が、一瞬で水銀色の巨大な外骨格に包まれた。ラピスラズリのような色の紋章を浮かべる四つ腕の巨人、ヘカトンケイルの拡張素体が出現した。

「おいは“空界王”、“天地返し”のウラノスにごわす」

 ウラノスの浅黒い肌に翡翠色の刺青が浮かび、テックを発動する準備が完了した。

「仕る!」

 先に仕掛けたのはウラノスだ。背部の羽で空を叩き、初撃で音速を突破。力任せに蹴ったのは砂の地面だ。大地が爆ぜ、砂礫が成層圏にまで舞い上がった。

「“天地返し”のテック。能力は単純明快、埒外の怪力か。シビレるねえ!」

 翼で大気を叩き、両足で舞い上がった礫を蹴り進む。空中機動の限界を超えた動きは、即座にヘカトンケイルの拡張素体を捉えた。

「チェスト!」

 食らえば一撃で粉砕される拳は、虚空から出現したもう一つの拳で威力を削ぎ落される。

「無限質量の障壁でも完全に止められないって、何の冗談だよ」

 重力操作のテック。絶大威力のマイクロブラックホール砲をも射出可能な超兵器が、ただの怪力に破られつつある。

「冗談や無か!」

「チッ!」

 ヘカトンケイルは舌打ちをすると、ブラックホールを射出。背側の両腕で“天翔”のテックを用いると、後ろに大きく飛び退った。

「退かせん!」

 即座に体制を整えたウラノスがそれを追う。ヘカトンケイルのテックは飛行特化型、ウラノスよりはやや速い。しかし――

「おいの拳は光にも成りもす!」

 ウラノスが鋭く拳を突き込んだ。瞬時に拳を受けた大気が白熱。それより少し前方の大気がレンズ状に歪み、二馬脚近い拳状の、レーザー兵器と化す。

「あはは! ヤッベエ!」

 光速の攻撃を受け、拡張素体に穴が開く。本体は避けたが、再び食らえば危うい。ヘカトンケイルは対抗するように拳を突いた。同一線上で、光と光が激突する。

 浅黒い全身がただれ、攻撃を受けたのはウラノスだった。

「“天地返し”返しに“核熱”の合わせ技だ。γ線を浴びた感想はどうだい、“空界王”」

「模倣屋が、おいの“天地返し”まで盗みよるか」

“千手”のヘカトンケイル。その能力は、あらゆるスキル、テックの完全な模倣。

「特許を取らない奴が悪いのさ。取ってもボクは盗むけどね。あははは!」

「“千手”も出せん内にチェストばすれば良か」

 ウラノスが、飛んだ。手負いの“空界王”に、“石界王”は正面から激突する。両者共に右ストレート。拳と拳が合わさり、中央部の空間が歪んだ。

 拳と、テックを受けた翼の羽ばたきに、鍛え抜かれた技術のウラノス。

 対するヘカトンケイルは、後部に展開した百を超える腕から、ありとあらゆる加速手段をもって迎撃。それでも、ウラノスが徐々に押してくる。いかな完全な模倣とはいえ、怪力特化の敵に力押しを選んだ結果だ。

「じゃあ、こいつでフィナーレだ。先代、ボクに力を貸してくれ! なんてね! あははははは!」

 先代“石界王”、テュポーンが誇る“嵐”のテックが、ウラノス周囲の大気を全て凍る絶対零度にまで落とした。羽ばたき、あるいは蹴り飛ばす大気を失ったウラノスは急激に拳の威力を失う。

「無念にごわす……!」

 そして粉砕された。

「“ファクトリー”、拡張素体を直せ」

 ウラノスのレーザーに貫かれた部位を、阿部魁の“ファクトリー”スキルが修復していく。

 そして、ヘカトンケイルの肉眼が本来の持ち主を捉えた。

「やあ少年、待ちくたびれたぜ」

 テュポーンの構造材を取り込み、黒く染まった巨大人型兵器、トバルカイン。そしてその搭乗者である魁とハル。四界王の内、二柱を殺してここまで辿り着いた。

「約束を果たしに来たぞ、ヘカトンケイル」

「今日のご主人様は正視に耐えられないばかりのイケイケドンドン絶好調。拝観料は高く付きますよ?」

 激戦を経て成長した異世界の怪物に、ヘカトンケイルは口の端を吊り上げた。

「さあ、戦争を始めよう! 豚のように啼き、毛虫のように這い回れ!」

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