第三章 “統魔王”
新宿の魔族
「ああ、後はボクに任せてくれよ。さよなら、キュリエ」
ビルの壁にもたれながら、人の動きを観察していた少女が言った。青みがかった髪と、道化じみた赤紫のコート。ヘカトンケイルだ。
「――と、言いつつ、暢気にレトロゲーなど入手するボクであった」
ヘカトンケイルが持っている袋。青い帽子をかぶったキャラクターの印刷されている紙袋の中には、古いゲームソフトが詰まっている。この世界――地球で手に入れたものだ。
「いやいや、しかし、この世界の人間は皆他人に無関心だねえ」
奇矯な服装をした外国人の少女をちらりと見る者はいる。が、それだけ。日本の中心ともいえる東京都、新宿においては珍しいものでもない。
新宿駅東口。整然と行き交う自動運転車。空を通り過ぎる監視用ドローン。人々は人工知能のもたらす安寧を享受し、ただ秩序に頭を低くして暮らしている。
犯罪の撲滅と引き換えに、ここ十年で様々な規制が敷かれるようになったそうだ。地球に来るのは約一年ぶりの二度目だが、欲しいゲームはどこにも売っていなかった。
「対象捕捉。パスポートか在留カードをお願いします。Please show your passport or residence card」
ドローンの一機が近づいてきた。一人で歩く外国人の少女を見咎めたのだろう。
「あはは! 無いよ、そんなもの」
「……照合します」
ドローンは警視庁や入国管理局のデータベースをスキャンし、ヘカトンケイルの情報を探る。一瞬でその正体を突き止め、警告音を発した。
「注意! 注意! あなたには窃盗および公共物不法侵入他数件の容疑がかけられています! その場に膝を付き、警察の到着を待ってください! これは警告です! 逃亡の場合は禁固五年以上の――」
けたたましい音を出しながら飛び回るドローンに、巻き込まれたくない人々は我先にと逃げ出した。撮影しただけでも逮捕される恐れがある。今の日本では当たり前の反応だ。
「仕方ないだろ。このゲーム、君たちが暴力的だエロエロだなんだって難癖付けて規制しちゃったものなんだから。裏ショップもP2Pも壊滅しちゃってるし、ケーサツから盗む以外どうしようもなかったんだよ」
押収品窃盗犯は不機嫌な声で抗議する。完全な開き直りだ。
「あーほんと、自由が無い世界ってのは苦しいよねえ……」
呟くと、虚空から出た銀の腕がドローンを掴んでいた。ドローンは罪状が追加された旨警告してくる。やかましいだけの羽虫を、ヘカトンケイルは薄笑いで叩き落した。
「さあて、それじゃひと仕事しようかな? あはははは!」
リベルタが帰還した。少し先に戻っていた魁は、彼女の口から結果を聞く。
「キュリエが死んだ」
年上の友人を迎えに来ていたリュドミラが膝を付いた。
「母上が……死んじゃった? 嘘だよね、リベルタ?」
「私が殺した」
リュドミラは泣き出した。付き添いの者が、彼女を丁重に別室へと連れていく。
「リベルタさん……」
いつも通りに無表情なダークエルフを、ハルは心配そうに見つめていた。
魁も事前に報告は受けている。あの場はああする他なかったと、それは確実だ。
「俺が濃縮ウランなんていつまでも持っていたのが悪いんだ。侵入可能なスキル使いの存在まで読み切れなかった。――リベルタから聞いて、王妃のスキルは予測できていたのに」
放射性物質を操るスキル。『青い首飾り事件』の真相は、魁も知るところだった。
「すぐに処分できるような代物でも無かったのだろう? 貴様は悪くない。それに、あれが無ければキュリエはビョルン派のスキル使いに殺されていただろう」
軍の報告によれば、秘密研究所には三名の死体があった。レイフ、フミーネと、黒覆面の暗殺者。フミーネは暗殺者に敗北し、キュリエは緊急避難的にスキルを使った、と考えるのが妥当だ。結果は大して変わりの無いものだったが。
「……思えば、王妃のやることは全部正しかった。方法はかなり強引で汚かったけど、俺の利益もちゃんと考えてくれた結果があれだったんだ」
アヴェノブルクは最大のブレーンを失った。同じく為政者として有能だったレイフも暗殺者の手にかかり、死亡。他国に嫁いだ第一、第二王女を除けば、ビョルンとキュリエの子供はハーラルとリュドミラのみになった。ハルが慰めるように言う。
「まだ、キュリエ様が連れてきてくださった方々がいらっしゃいます。もちろんご主人様も、国の代表者として政治になるべく参加できるよう、努力なさっているではありませんか」
レイフの子供たちや、チリヤクスクの旧臣。皆それぞれ一国の中心として十分やっていける者たちだ。
「……そうだな。彼らがこの先協力してくれるかは分からないけど」
誰も彼もキュリエとレイフの人望で結束していた人々だ。自分が中心になってまとめていける自信は無かった。
「聡明なキュリエ様ならば、このような場合のために何か言い遺していらっしゃるはずですよ。私はご主人様を絶対に信頼しますから、ご主人様はどんと構えて他の方を信頼なさってください」
「ありがとう、ハル」
王として、誰かの主としてのプレッシャーに立ち向かうとき、いつも立ち返るのは最初の従者であるハルだ。彼女を信頼するように部下を信頼すればいい。
「そんな大切な事、お前に教えられるまで気づかなかった。――俺は王をやろう。正式に領主として認められて、法王の信頼も得た。全部これからだ。あの人の遺したものを育てていくのは」
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