“嵐”のテュポーン戦
魁とハルは無線機器の並んだ通信室で耳を澄ませている。元々信仰心など無いので、法王の会話は苦手だったが、そのようなことを言っている場合ではない。
遅れてリベルタとキュリエが来た。
「ご機嫌麗しゅうございます、猊下。元“石界王”があろうことか殉死軍とは真実でございましょうか?」
「真実だ。敵はひたすら直進し、カストリアの縦断を目的としている。ご丁寧に一か月という期間を宣言してな。腹立たしいことに、自らを打倒するものを待ちぼうけておるのだ。腕に覚えのある英雄を運河戦線からも引っ張るよう要請は出しているが……」
威厳に満ちた、年嵩の男の声だった。キュリエは“統魔王”と並ぶ世界最高権力の言葉を継ぐ。
「その英雄の内の一人が“虚ろなる鉄”であると?」
「左様。見事その首打ち取った暁には、恩賞としてヨイカ地方を与える――と、言っているものがいる」
通信が法王から切り替わった。一年以上前に一度聞いた声。キュリエにはもっと馴染みが深いものだろう。
「猊下のおっしゃる通り。最終的に、奴はこのスヴェンランドにも足を踏み入れるだろう。最早つまらん内乱の時間ではないということだ。ヨイカ地方、この際くれてやる! “虚ろなる鉄の王”よ、汝はどうだ!? その本気、世界に示す気はあるや否や!」
ビョルンは扇動するように語る。“軍人王”は、戦意高揚の術も一流だった。
「……やります」
魁は答えた。
「ご主人様流石です……。でも危険過ぎでは……」
ハルは主人を讃えつつも、心配を隠さない。上位魔族の脅威は、この世界で暮らしていれば散々耳にする。ましてその中でも最上位の四界王ともなれば、昨年圧倒的な力を見せて去ったヘカトンケイルの同格だ。
人間の右往左往を遠巻きに見ていたリベルタが発言する。
「カイとハルならば、勝算はある。私は“極精”と“石界王”の決戦に立ち会っていた。その能力の大半も覚えている」
場が静寂に包まれた。現時点、人間の頂点に位置する面々が、下位魔族の発言に耳を傾けている。
「私もですか? 具体的には、何をすればいいんです?」
ハルの質問にリベルタは答えた。
「二足歩行、人型巨大兵器を建造しろ。音より早く飛び、雷をものともしない装甲の、人造魔人を。それが、貴様があの“嵐”のテュポーンを正面から打倒する唯一の策だ」
つまるところ、アニメじみた人型ロボットを造れと言っているのだ。
雲一つない空を、時速千キロメートル超で飛翔するものがいる。トリコロールカラーの身は巨大な人型。背部に装着されたロケット推進器は、大気中の水分より分離、濃縮した液体水素を用いる永久機関。スキル無しではたちまち制御を失う機体を操るのは、“虚ろなる鉄”の魁とその従者ハルだった。
魁は操縦席に座り、火器管制用レバーを握る。身一つで宙を飛ぶような全周囲モニター。神経パルスを直接読み取り、身体の延長のような操縦を実現するシステム。持てる技術を全て投入した成果が、この人型兵器だ。
「ご主人様、前方五十キロメートル、下方の平野に目標を捕捉いたしました。突っ立ているだけに見えますが」
「待っていたんだ。期待に応えてやろう、ハル」
標的の無機質な瞳がこちらを見た。次の瞬間には、トリコロールの機体は雷雲に包まれている。
雷が直撃した。しかし、魁たちは一切動じていない。
「雷撃転換用サブジェネレーター。ご主人様のお財布を預かる者として、この程度の節約は当然です」
トリコロールの巨人が加速した。魁はその名を敵に宣言する。現状持てる技術を全て投入し建造した、決戦兵器の名を。
「こいつはトバルカイン。俺たちは“虚ろなる鉄”の魁とハルだ。お前を敗かしに来た」
黒と金色、正体不明の合金で形成された上位魔族は、戦場の礼として名乗り返す。
「我が名は“嵐”のテュポーン。いざ、トバルカイン、我が首落とせるものなら落としてみせよ」
テュポーンは飛び立ち、一瞬でトバルカインと同じ高度に上がる。決戦の合図としてはそれだけで十分だ。
雷雲が周囲を覆う中、雲に乗りながら不可思議な加速を行うのはテュポーン。トバルカインは上昇を続けながら、大量のミサイルを垂れ流す。撃ち尽くしたランチャーをパージ。遠ざかる敵の損害を確認した。
「良い攻撃だ」
表面装甲が薄く禿げ、漆黒の身からは煙が立っている。しかし、それだけだった。
「今ので死んでくれれば楽だったんだけど」
初撃で最大の攻撃という目論見は失敗に終わった。ならば、最早で決着をつける他ない。
テュポーンとトバルカインは巴を描き、空中で互いの尻を追う。機動性はトバルカインの方がやや有利だった。両腕部に仕込んだ六門の回転式機関銃が唸り、20mmタングステン弾を連射する。火力を具現化した弾は、不可思議な力によって弾かれた。
「氷です、ご主人様! 敵は絶対零度の冷気を放出、凝結した大気で砲弾を防いでいます! ――出鱈目な……!」
元“石界王”、“嵐”のテュポーン。リベルタが教えてくれたそのテックは――
「これも『気象操作』の範疇だって言うのか……!」
雷を起こし、気温すら自在に操る。最強の上位魔族と称されるだけあり、その力は圧倒的だ。
「児戯は終いか? ではこちらから参る!」
テュポーンが上昇した。下降からの加速でこちらを仕留めるつもりだ。デメリットは存在する。上昇中には速度が落ち、無防備となる。
「児戯かどうか、確かめてみろ!」
さらに機関砲を叩き込む。敵の防御力は脅威だが、限界まで撃ち込めば破れるはずだ。
しかし――
「ご主人様、機動力が低下しています!」
トバルカインの腕部アクチュエーターがうまく作動しない。関節部で何かが抵抗になっているようだ。原因は――
「磁力だ。雷と雲の水分を利用して、電磁石を作っているんだ!」
テュポーンの不可思議な飛行システムの謎が解けた。相手は、磁石の反発力を利用して、音速を超えた機動性を叩き驚く出している。ここまではリベルタも知らなかったことだ。
「ご主人様!」
ハルが叫んだ。一か八か、正面からやりあう他ない。
「避けられません! コクピットに――!」
テュポーンが腕を振るうと、氷の槍が胸部のコクピットに突き刺さった。魁の顔面を鋭い先端が擦過し、血が頬を濡らす。
「ご主人様あ!」
「大丈夫だ。かすり傷だよ」
ハルの悲鳴に応え、槍を抜いた。補修される大穴から、余裕ぶって空中に静止するテュポーンが見えた。
「今ので一回。後三回汝を殺す。我が失望するまでの猶予はそれだけだ」
本当は殺せたが、手加減したと言っているのだ。
「……俺とハルをあまり舐めるなよ!」
「ご主人様、お気持ちは最高に嬉しいのですが、落ち着いてください!」
魁は冷静だった。再び正面から打ち合う。今度は相手が高所を取っている。その上、磁力に邪魔されて満足に身動きも取れない。
だが、それがどうした。
「猶予なんて必要ない。次でお前を地に落としてやるぞ、テュポーン!」
トバルカインは、敵に対し背を向けた。氷の槍が背部ロケットブースターに突き刺さり、破壊する。そして――
「なんと!」
テュポーンは驚愕した。ブースターが破壊され、内部に留めておいた水素燃料精製装置が暴走。周囲の雲全てが燃料に変化した。
そのままトバルカインはテュポーンに纏わりつく。気象操作で作られた絶対零度が、トバルカインの表面を冷やしていった。
「落ちろ!」
「ご主人様カッコイイー!」
水素爆発。二機を覆う雲を吹き飛ばし、高熱の大気が磁力を奪った。敵の作った冷気のお陰で、焼き肉にならずに済んだのが幸いだ。
「ハル、着地しろ」
「脚部副スラスター噴射。優しく抱きしめて差し上げますとも」
二機は高度二千メートルから地上に落ちた。トバルカインもテュポーンも、急速な冷却と過熱により装甲に罅が入っている。ここが正念場だ。このチリヤクスクの大地で、敵と決着をつける。
「……久しく忘れていた。“極精”以来の強者。“虚ろなる鉄”のカイとハルよ、汝らは我が本気を見せるに足る戦士だ!」
テュポーンはその無機質な顔の奥から呟いた。全身の関節部が紫色の雷光に覆われ――テュポーンは魁の視界から消えた。
「二度も刺されてたまるものですか!」
ハルのサポートで、攻撃を防ぐ。拳だ。大地の軛が無い空中よりも尚早く、音速超過の拳を、敵は突き込んできた。トバルカインの腕部アクチュエーターが大破する。瞬時に修復したロケットブースターで、敵から距離を取った。
「電磁誘導の応用だ。全身の関節をリニア化して、格闘戦能力を格段に高めているんだ。――これだけ精密な制御をしておいて、何が『気象操作』だよ」
「ならばご主人様、リベルタさんのおっしゃる通りに」
「ああ、ここであいつの教えが生きてくる」
テュポーンに対する決戦兵器を、わざわざ非効率な人型に限定した意味。それは――
「リバースエンジニアリングだ。奴のシステムを模倣し、凌駕しろ」
ハルが高速演算を開始。“ファクトリー”スキルの分析能力がフル稼働する。
トバルカインの関節部に、敵と同じ紫雷が流れ始めた。ハルの電子頭脳がもたらす予測演算能力で、敵の動きを模倣。いかな音速超過とて、同軸移動を行えばハエも止まる。
「いいぞ! それでいい!」
テュポーンは歓喜の叫びを上げながら、円を描くようなステップで左右の拳を打ち込む。格闘戦の基本はエイリークから習っている。今でも。トバルカインは修復した両腕でいなしながら、その身を徐々に変化させていった。最上位、最強の魔族を参考にした、最高効率で動く兵器へと。
「いつまでも殴り合いに付き合う気はない。ハル、お客様を『斬り分けて』差し上げろ!」
「はい、ご主人様!」
トバルカインの右腕部が、刃物に変化した。単分子、同一素材では最高の硬度と粘りを追求した結晶構造へと。刃がテュポーンの左腕に刺さる。“統魔王”が造ったといわれる不可思議な合金は、それでも全てを斬らせない。
「貰うぞ、お前の腕を」
トバルカインは、敵の左腕を引き千切った。刃と、先の落下で入った罅から断裂し、不可思議な合金が魁の手に渡る。
「戦利品はいかがなさいます?」
「ブースターだ」
背部ブースターが黒金の合金を取り込んだ。さらに高出力に耐えるようになった主動力により、トバルカインが暴力的な加速を行う。地球人ならショック死しかねない速度だが、今の魁は『加護』により守られていた。
テュポーンは圧倒的速度と対峙しながらも、尚も精密な一撃をコクピットに振るった。
クロスカウンター。刃と拳が、刹那の死を譲り合う。トバルカインの右腕が、一撃を放った衝撃で根元から吹き飛んだ。
時が止まった。背を向けた二機は、そのまま数秒動かない。
やがて、テュポーンが言った。
「……我の……負けだ……!」
テュポーンの首が、地に落ちた。敵は機械に見えても巨人の類。自動人形であるまいし、首を落とされ生きている道理はなかった。
「勝――」
った、と言おうとした魁が、柔らかい腕に抱きしめられた。
「ご主人様ー! 勝ちましたー! 聞こえていますか、全世界の皆様ー!? 私のご主人様は超最高ですよー!」
興奮するハルの腕を撫で、勝利の充実に浸る。
その通信に気づいたのは、冷静さを取り戻したハルだった。
「はい、こちら世界一素敵なご主人様檄ラブガチ勢のハルでござい――!? キュリエ王妃が、裏切ったですって!?」
「な、このタイミングで……!?」
アヴェノブルクでは大事件になっていた。
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