青い首飾り事件

 リベルタは魁の護衛を交代し、弓の訓練をしていた。いつも一人でやっていることだ。兵士たちは魔族を避けるし、そもそも今時弓にこだわる者などほとんどいない。皆、新しい小銃の訓練で手いっぱいだ。

 だが、今日は訓練仲間がいた。メガネを貰って以来、あるいは放り投げた弓で一命をとりとめて以来、リベルタにずっと付いて回るスヴェンランドの姫が。

「矢を離すタイミングが悪い。それでは鎧武者の首など取れん。撃った後で安心するな。軌道をよく見ろ。初心者の内は残心を怠るな」

「わかった!」

 適当に教えようにも、遊びで弓を握る方法など生まれてこの方知らない。指導は辛辣ともいえるものだが、リュドミラは特に気にしていないようだった。

「リベルタ、いいかしら」

 キュリエ王妃が様子を見に来た。彼女こそ、このだらだらと続く戦争の黒幕だ。暇そうにできる立場でもないが、子供の様子でも見に来たのだろうか。

「リュドミラを助けてもらったお礼、していなかったわよね。ちょっと二人でお茶でも飲んで話さない? ポルシアのキビ砂糖があるのよ」

「二人で? 姫様の子守はどうするんだ」

「フミーネにやらせるわ」

 護衛の女が進み出た。彼女は弓よりも投げナイフの方が得意なようだが。

「王妃の護衛は?」

「あなたがいれば十分よ」

「ダークエルフが買いかぶられたものだ」



 茶葉も茶菓子もはるか遠く、ポルシア大陸赤道付近の魔族が栽培したものだ。魔族との交易は順調だった。今年は新兵器で調子付いた魔族の略奪が激化していたが、アヴェノブルクは素知らぬ顔だ。矛先は諸国への武器流通を止めているスヴェンランドとビョルン二世に行くようになっているのだから、目の前の女の陰謀を考える脳髄というのは良くできている。

「どうかしら? 懐かしい味がする?」

 と、キュリエから問われても、リベルタには返す言葉など無い。

「あちらでは虫だの泥だの色々混じった残飯や、口伝えで食えるらしいということになっていた雑草しか食べたことがないので分からん」

「あら、そう……」

 いつもの無表情に等しい薄笑いではない。あの交通事故以来、キュリエはリベルタにだけ感情を見せることが多くなった。魁はまだ利害関係というのが強く、その辺リベルタは気兼ねが無いということなのだろう。結果だけ見れば、まるで似た者母娘だ。

「……『青い首飾り事件』の真相、知りたくない?」

 唐突に、王妃は言った。

「私に教えていいのか?」

「わたくしに従ってくれた旧チリヤクスクの臣なら、誰でも知っているわ。一部真相はぼかしているけど」

「……」

 王妃は語り始める。

「わたくしがビョルンから『青い首飾り』を渡されたのは、親戚への贈り物という名目だったわ。スヴェンランド王家の財宝、青く光る希少な宝石。わたくしは鉛の箱に入ったそれを、何の疑いもなく弟であるチリヤクスク王の前で開けた。その場にはあの子の妃もいたわ」

「鉛の箱に、青く光る石か……」

 リベルタは努めて冷静に、王妃の話を聞く。

「一瞬わたくしの頭の上に出たスキルの名前に、弟ランベルトだけが気付いた。一瞬だけだったので読めはしなかったそうだけれど。――思えばそのスキルが、私の命を救ったのね。弟もその妃も首飾りを付けた部分を中心に腫れ上がり、命を落としたわ。見たものを見差別に殺傷する呪いの首飾り。わたくしは毒なんて盛っていない。チリヤクスクを手に入れるために、ビョルンに切り捨てられたのよ」

 王妃は、陰謀になど加担していなかった。むしろ弟王ともどもビョルン二世の被害者だ。

「あるいは、わたくしが無意識に持っていたそのスキルにビョルンも気づいていたのかも。だとしたら、本物の悪魔だわ。何のそぶりも見せずに、本人さえ知らないスキルの存在を隠しながら、その有効利用をずっと考えていたのだから」

「もし、次にそのスキルが反応するものを見つけたのならば」

 リベルタは、王妃のスキルの見当がついていた。魁から教えられなければ一生気付かなかっただろうが。

「スキルを使おうなどと思うな。貴様の才能が唯一それのみだとしても。それは誰もを不幸にする」

「身をもって知っているわよ」

 王妃はため息をついた。

「でも、あの男を殺すためなら使ってしまうかもね」

「復讐が貴様の目的か?」

 リベルタにそれを咎め立てする気はない。魁に報告は行うだろうが、一介の兵士が自ら積極的に物申すのは筋違いだ。

「叶うのならば。でも、あの男を短絡的に暗殺しようとも、王としての名声はそのままだわ。スヴェンランドの多くの民を内戦に巻き込むのも嫌。だから、この新興国で経済的侵略を仕掛け、徐々にあの国を属国にしてやるのよ。わたくしの故郷、チリヤクスクのようにね」

「そうか」

 復讐といえば復讐。私怨で国を滅ぼそうとしている毒婦に違いはないが、魁の敵という訳でもない。リベルタが口出しをするようなことでもなかった。

 王妃は語るだけ語り終え、立場を忘れて椅子にもたれかかった。じっと、リベルタの目を見る。

「……わたくしたち、友人にならない? ヘカトンケイル以来の魔族の友人、欲しいわ」

「友人……」

『戦友』と呼べる者は過去にいくらでもいた。皆死んだ。『戦友』かつ唯一の『友人』であったシェラもまた。彼女はどうなのだろうか。

「貴様は死なないだろうな?」

「変なこと言うわね」

 キュリエの笑い顔は、傾国の悪女でなくただ一人の女のものだ。つられてリベルタも微笑んだ。

 その平穏も、長くは続かない。部屋の扉が強めに叩かれ、主の返事も待たずに開かれた。リュドミラを連れたフミーネだ。

「危急の用にてご無礼。キュリエ様、法王猊下より無線通信です」

「猊下から?」

 尋常な雰囲気ではない。余程のことがあったのか。フミーネは早口で続ける。

「殉死軍の進撃が開始されました。敵はカストリア南端より上陸。ジャハーンの主力が迎え撃ちましたが、全滅したと」

「規模は?」

 リベルタは立ち上がり、鋭く尋ねる。フミーネは躊躇わずに答えた。

「一名。敵は元“石界王”のテュポーン。最上位の魔族です」

「まさか! スピリスと相討ちになったはずじゃないの!?」

 王妃の驚愕はもっともだった。それは人間が相対した内で最強とされる魔族の名だ。

「とにかく、通信室に急行願います。カイ様はもうお着きです」

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