戦端の謀略
精製プラントは海上に建築されている。海底に突き立つ柱が、巨大な建造物を支えていた。
海藻養殖用のネットを避け、モーターボートを浮き桟橋に付ける。内部は無人だ。未稼働状態で人は入れていない。その中の一角で立ち止まり、ハルに指示を出す。
「やってくれ。『開けゴマ』って奴だな」
「かしこまりました」
“ファクトリー”スキルは制御用のタブレットと一体化している。だが、最近は外付け計算機のハルに直接頼んだ方が早い。
現れたのはエレベーターだ。海底まで続く柱を利用した、特定のスキル無しでは利用不可能な昇降機。海底に建造された秘密の空間は、無理矢理に開ければ水没してしまう構造だ。
それほどまでの代物が、海底に眠っている。
「仮に俺がほったらかしにしたまま死んだら、ちょっとした伝説だな。海底に眠るオーバーテクノロジーの群、ってね」
「ご主人様にはあと百七十年は生きていただかないと嫌です。寿命いっぱいまでに生きて、曾曾曾孫にでも囲まれて大往生してください。そのとき私もご一緒します」
ハルは死ぬなとは言わなかった。人間には寿命がある。寿命の無いアンドロイドは、主人の幸福な人生の全うをもって、別離と折り合いを付けているようだ。
「異世界に来ることのないまま地球にいれば、百歳までお供させていただくつもりでした。仮に不老不死のスキルにでも目覚めていれば、意地でも永遠にお仕えいたします。あなたの生涯に傅くことが、私の存在意義ですので」
機械は人生を選べない。故に、己の生まれた、ただ一つの理由に殉じる生き方しかできない。
「なあ、ハル」
リベルタが口を開いた。
「それは貴様の意思なのか? それとも何かに命じられて、この男に仕えているのか?」
何の情緒もなく言えば、後者だ。ハルは電子頭脳にプログラムされた命令に従い、魁に仕えているに過ぎない。だが、
「私の意思です」
即答だった。
「そうか」
リベルタは自嘲する。
「羨ましいな。私にそんなものは無い。――この世界の住人はな、誰もが神の声に従って殺し合いをしているのだから」
神の名を叫んで好んで死んでいく魔族たち。人間もまた、聖書の教えに従って魔族と戦争をしている。地球とディオスクリア、二つの世界の差異について考えていると、海底に到着した。王の目を避けるために造った、秘密の実験場に。
地下に立ち並ぶのは車両や航空機など。それもただの乗り物ではない。電子頭脳を搭載した、無人兵器群だ。元いた世界では、これらが世界から戦争を駆逐した。人間社会の忠実な僕として、秩序の維持に努めている。あくまで社会の僕であって、人間に仕えているとは言い難い面があったが。
「これが空を飛ぶというのが信じられんな」
リベルタが眺めているのは、対地攻撃用の大型ドローンだ。双発のローターで宙に制止し、高性能センサーで精密に目標のみを仕留める。
「動かさないことには問題点も分からないんだけどね」
「実戦に出す気なのか?」
リベルタは鋭く、こちらを見据えて言った。
「見知った顔が、あるいは自分自身が死ぬよりはずっといいと思う。でも使わないに越したことは無いんだ。こんなものが普及してしまえば、勢力のバランスは完全に崩壊する。持っているものが持たざる者を一方的に弾圧するだけの、どうしようもない社会が完成してしまう」
今現在の地球のように。
「呆れた兵器だ、本当に。“虚ろなる鉄”とは、全く正鵠を射ているな。魔族など、わざわざ死ぬためだけに結成された軍すらあるというのに」
「死ぬためだけって……」
初耳だ。略奪や領地の奪取を目的として軍を立てるのは分かる。『敵』を減らすため、自らに爆弾を括り付けて死ぬこともかろうじて理解の範疇だ。しかし、死ぬことそのものを目的とした軍など、カミカゼですらない。
「知らんのか? 『殉死軍』といってな、年に一度、寿命を悟った魔族どもが集まって、カストリアの適当な場所に上陸。略奪で食い繋ぎながら、全滅するまでひたすらに進撃するのだ。麦の収穫が終わった頃の恒例行事だから、もうじきだな」
完全に目的と手段が逆転している。魔族の戦争好きも、そこまで行くと悪質な病気だ。
「馬鹿馬鹿しいだろう? 私はそもそも、その『名誉』に預かる資格など無かったがな。――まあ、聞いての通り戦略など皆無の軍団だ。構成員も、全盛期を過ぎた老兵ばかり。一国も通過できずに殲滅されるのがせいぜいだよ」
「流石にちょっとそれはドン引きですねえ」
ハルが呟いた。自分の存在意義を強固に定義している彼女でも、受け入れがたいものはある。
魁は奥の柱を見た。そこからさらに地下まで行くことができる。
「いよいよもって、この実験場だけは魔族に明け渡したら駄目だな。なんせ、あの奥には――」
元々はエネルギー開発用に抽出してみた物だ。あまりの危険物であるため、遠隔操縦のロボットでしか取り扱っていない。
「濃縮ウランが保管されている。資源に乏しいスヴェンランドには、将来的には必要なものなのかもしれないけど……」
「ええ、ちょっとこの世界には早すぎますね。処分いたします?」
魁とハルの会話に、リベルタだけが置いてかれている。
「なんなんだ、その濃縮ウランとかいうのは」
魔族とはいえ、リベルタは例外だ。
「処分はやめておこう。海底の地下五百メートルに保管してあるんだ。下手に処分するよりは現状の保管状況で十分。――それでも、もしものときのために説明だけしておくよ」
プラントから出ると、無線機のコール音が鳴った。続いて、知った声が叫ぶ。
「代官様、国王所有の輸送トラック隊が、『我が軍』によって襲撃されました!」
一瞬、理解が追い付かなかった。聞き間違いと思い、配下であるヨイカ軍団長に問うてみる。
「も、もう一度言ってくれ! どこの軍に、誰が襲撃されたんだ!?」
「我が軍に国王の輸送隊が、です代官様! ビョルン二世陛下は謀反と断定し、こちらに軍を差し向ける由通達してまいりました!」
頭の中が白くなる。傀儡とはいえ、魁はこの地方の軍団の指揮権を持っている。当然、襲撃など命じた覚えは無い。
「謀られたんだ! すぐに戻って対策を練るぞ!」
リベルタは素早くモーターボートに駆け寄り、エンジンルームなどを慎重に改めた。爆弾を探しているのだ。
「まずは良し。だが、車は新しいのを造れよ。装甲厚めでな」
てきぱきと安全確保をして、矢継ぎ早に指示を出す。流石歴戦の兵士だ。
「戦争が始まる。それも人間同士のな」
「……一体どうしてこんなことに」
技術を出し惜しみする魁をビョルンがついに見限ったか。それとも未知の何者かが陰謀を巡らせたか。
「同族殺しの覚悟はいいか?」
リベルタが無表情で言った。覚悟はあるはずだ。しかし、答えることはできなかった。
少し、時間は遡る。
固く舗装された道を、大型トラックの列が進んでいく。カーゴにはワタリガラスが描かれたスヴェンランド王家の紋章。ヨイカ地方で仕上がった武器弾薬や輸送機械の類を運ぶための集団だ。“虚ろなる鉄”のカイがもたらした技術。馬でも丸五日はかかる道が、ほんの八時間まで短縮されてしまった。
トラックドライバーとして選ばれたガワラスは、誇らしさと共にハンドルを握っていた。元は生え抜きの近衛騎兵だ。馬に親しみ、王の狩りに随伴したことも一度や二度ではない。それが今や最新の鉄馬車を操っている。
思い返すのは、あの“虚ろなる鉄”。運転は彼に教えてもらった。出自は平民とのことだったが、物腰の柔らかい好青年だった。あれで二十七――カストリアの人間にしてみれば子供のような歳だというのだから、大したものだ。
「こちら二号車、異常無し」
これも最新式の無線機で、別の車に報告する。どちらかといえば、この無線機の方がとてつもない機械だ。これさえあれば伝令も角笛も不要になる。夜目の効く魔族の夜襲も即座に察知することが可能だ。
「これさえ有れば戦争は変わる。統魔王の打倒を、我々の代で見ることになるかもな」
隣に座る兵士が短機関銃を弄びながら言った。大幅に短縮されたとはいえ、八時間は長い。運転中の私語はむしろ推奨されている。
「それは大げさだろうよ。上位魔族は想像もつかないほどに強いぞ」
「見たことが?」
「伝え聞いただけだ。上位魔族の現れる戦場で生き残った者など滅多にいない」
上位魔族の存在は、半ば伝説的だ。国を軽く滅ぼすようなテックを使い、強大なスキル使いの前にしか姿を現さない。ガワラスの軍歴も決して短いものではない。優れたテックを使う魔族は星の数ほど見てきた。それでも、彼らをして神のように崇められているのが上位魔族だ。
「“狂騒”のオルフェウス、“無限城塞”のヘクトール、“屑星の帯”ヒッポリュテー……」
ガワラスが列挙した名前に、同乗者が繋げた。
「そして英雄スピリスと相討ちになったという“嵐”のテュポーン……いずれも戦場では伝説だな。――出会いたくはないものだ。どれだけの兵器を携えようが、奴らに対しては何もできる気がしない」
「臆すなよ」
「せめてまともに戦って死にたい」
戦死者の名誉のために明言は避けたのだろうが、もし許されるのならば『犬死』という言葉を選んだことだろう。ガワラスは彼を責めることはできなかった。スキル持たぬ兵は、皆同じ意見になるためだ。
「!?」
不意に、背後から衝撃が走った。爆発音と、音速の飛翔体が空気を弾く破裂音。敵襲だ。
「な、なんだ!?」
同乗者が覚えたての短機関銃を構え、窓から周囲を見渡す。慣れた剣でも持っていた方がよほど様になるであろう、不格好な構えだった。
「テックか――いや、魔族がこんなカストリアの真ん中に沸くなど」
動揺は、声の震えとなって現れる。しかし、彼の言うとおりだ。敵が魔族でないとすれば――
「徹甲弾……新型の砲で打ち出す、対装甲用の兵器……これがそうなのか?」
装備している軍は限られている。王は最新兵器を余人に与えて、自らの絶対的優位を揺らがせることを拒んでいた。装備しているものは直属の禁軍に要衝の国境警備軍――そして、武器を製造した張本人であるヨイカの軍。
ヨイカ地方は王室直轄領。ワタリガラスの紋章にハマダイコンの白い花をあしらったヨイカ軍の戦車が、森の中から偽装を破って現れた。
「……おのれ謀反人め……おのれ“虚ろなる鉄”!」
ガワラスは最近着任したヨイカの代官、彼自身面識のある青年の二つ名を叫んだ。アクセルを踏み込み、この死地から脱出を図る。しかし――
「ぐわっ!」
戦車に向けて短機関銃を撃っていた同乗者が、車窓から放擲された。首には、煤を塗りつけた両刃のナイフが刺さっている。
「神の御許で安らぐがいい」
目だけが露出した、黒い覆面の女が言った。いつのまにか、トラックの助手席に立っている。揺れる車内に、微動だにせず。
「何者だ!」
ガワラスが名を問う。戦場に立つ者ならば、魔族であろうと人間であろうと名乗り合うのが礼儀。しかし――
「影は名乗らぬ」
眉間に刃を刺された。制御を失ったトラックが道から外れ、ぬかるみに嵌る。ガワラスの意識が遠のく。死の瞬間に、女は言った。
「生き残るのは一台で良い。……全てはチリヤクスク王家のため」
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