代官就任

 一通り王都の見聞を終えると、車を作って黒砂村に帰ってきた。勅令が下りてから先代代官との引継ぎ作業まで、すぐにという訳にはいかない。しばらくこの村でゆっくりできそうだ。

 魁のスキルと村人の操る重機の活躍により、黒砂村は今や鉄分交じりの赤いセラミック構造物の立ち並ぶ立派な都市と化していた。外壁は拡張され、街道も車両が通行できるよう整備してある。

 周囲の情景から浮いている赤の都市で、村長であるエイリークが待ち構えていた。

「これはこれはお代官様。王都はいかがでしたでしょうか」

 魁の代官就任は、少し前に無線で伝えてあった。あのときは普段通りの口調だったが、彼に余所余所しくされると落ち着かない。

「やめてくださいよ、村長。俺は代官としての仕事どころか、領地の人口や生産性すら知らない奴ですよ? 大した人間じゃないんだ。いきなり代官扱いされても困ります」

「だったらお代官様が先に改められてはいかがでしょうか?」

 言葉と裏腹に、にやにや笑っているエイリークの返答にはたと気づいた。つまるところ彼が望んでいるのは、対等な関係だ。

「分かったよ、エイリーク。これからは……いや、これからも友人として色々頼む」

「任せときな、カイ。さ、就任祝いだ。一家総出で飲み食いしよう。とっておきの羊も潰してやるよ」

 太い腕を肩に回し、彼の家に連れていかれる。旅の疲れはあったが、宴の方が楽しみだ。日本では年に一回、忘年会くらいしか機会が無かった。それも目の下に隈ができた同僚と、上司の自伝を延々と聞き続ける暗澹たるものだ。学生のように、数年ぶりにできた友人と騒げるというのが嬉しかった。

「給仕は私にお任せくださいな。今日はカロリー計算もリセットです。ちょっと肥えたご主人様も可愛らし……あ、いけません! 妄想がダダダと溢れて!」

「いつまでも呆けていると、ご主人様に置いてかれるぞ」

 肉を揉むような手つきで虚空をまさぐるハルの背を、リベルタが叩いて動かす。すっかり彼女の扱いに慣れていた。



 それから三月が経過し、季節は秋。冬の入りに備えて、すっかり工業都市と化した黒砂村は、備蓄の買い付けに追われている。

 じき唯一の発電手段である風車も凍る。目下最大の悩みは代替手段の確保だ。インフラは完全に電気に依存している訳ではないので、電気が止まったところで大量の死者が出るわけでもないのだが。

「じゃ、行こうか」

「はい、ご主人様」

 羊毛のケープを羽織ったハルに呼びかけ、代官屋敷前の舗装路から車を出す。構造の簡易さから、旧東ドイツのトラバントを参考に作ったものだ。スキルとは別に工場を作って、既に百台ほど試験生産したものが出回っている。本生産に入れば、スヴェンランドの交通は様変わりするだろう。

「ここもずいぶん発展してきましたねえ」

 仕事とはいえ魁との旅が嬉しいのか、ハルは上機嫌だ。対照的に、後部座席で弓を抱えるリベルタは無表情で黙っている。不細工な覆面が外れ、偽装したヒト耳を違和感なく着用済みだった。筆頭衛士として、ハルと同じく常に魁に付いて回る立場だ。いい加減飽きているのかもしれない。

「ハルの演算能力が無かったらもう少しショボかったと思うよ。たった三か月で、北国の田舎だったヨイカ地方がカストリア最大の工業地帯だからね」

「ああ、そんなに褒められてしまうと、私もっと頑張りたくなっちゃいますう!」

 ハルは常に魁に付いて役立とうとしている。これ以上頑張る要素など全く思いつかない。

「しかし、アレが思わぬ副収入になるとは思いませんでしたね」

 ハルがポケットから取り出したのは、シリコン製のジョイナスパーツだ。

「うわ、こんなところでアダルトグッズを出すなよ」

 ハンドルがブレて、車体がよろけた。

 ハルが持ち込んだジョイナスパーツの構造をコピー、軍を中心に配布してみたところ、城詰めや前線で女日照りの兵士たちに人気が出てしまった。輸送も手軽なために、今やカストリア中の兵士がジョイナスパーツの虜である。

「カストリア南端ジャハーン王国で『ゆるふわ熟成肉』が、中央高原の遊牧民たちには『数の子天井』、そしてこの北端スヴェンランドでは『そんな、後ろからだなんて! お兄ちゃんの×××!』が売れ筋だそうで。国民性でございますね?」

「誰が付けた商品名だよ」

 ジョイナスパーツの生産は既に魁の手から離れている。ヨイカ工業地帯の一角では金型師が群雄割拠し、日夜鎬を削っているとか。

「その生産も、風車が凍ってしまえば春まで不可能だ。蒸気機関や火力発電のための石炭も、すぐに手に入るものでもないしね」

 ついこの間まで中世さながらの文明だったのだ。各国、ビョルン二世の要請を受けて鉱山開発に着手しつつあるが、安定供給までは遠い。

「今から行く場所は、そのための設備ではないのですか?」

「……表向きはね」

 トラバントは海に向かっている。一月前からスキルを駆使して建造中の、海藻を利用したバイオエタノール精製プラントでの作業のためだ。いかな海藻とはいえすぐに増えるものでもないので、今年の冬には間に合わないだろうが。

「ええ、強かなご主人様も素敵です」

 プラントにはもう一つ別の顔があった。“ファクトリー”スキルを持つ魁が、一か月もかかりきりで『建造』に通い詰める理由が。

「リベルタ、お客さんはどうだ?」

 視線を動かさず、背後のリベルタに問う。

「一名様だ。生身で車に追いついてきているな。スキル使いだろう」

 代官とはいえ、傀儡のような地位だ。実務を行う者は王の息がかかっている。魁が変わったものを作っていないか、監視のようなものまで付けてあった。

「海の上までは追ってこれないよ。放っておこう」

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