上位魔族
全てが終わり、二千近い屍が累々と積み上げられた街道を魁は見た。傍らにはハル。そして、視力を生かした観測手として参戦していたリベルタが立っている。
「ご主人様」
ハルの口調には焦りが見られた。
「二度と前線に立つのはお止めください。誓ってください。戦うのは筋肉モリモリマッチョのウォーリアーに任せて、セクシースキニーなご主人様は後方でシコシコ武器を乱造していてください。お願いします」
まさか、戦車を槍で飛ばす奴がいるとは思わなかった。上手く脱出できたが、あのときは肝が冷えた。
「操縦を覚えた人が少なかったんだ、仕方ないよ。ハルまで巻き込んだことは悪かった。ごめんな」
「許させていただきます! 本当にありがとうございました! 責任感のお強いご主人様も鬼ヤバイですう!」
結果良ければ全て良しというものだ。
リベルタの方を見た。無言で、かつて味方だったものの屍を眺めている。
「なんだ? 私が感傷を持つとでも思ったか?」
こちらの視線を鋭く察して、嘲るように言った。
「俺は君の過去や感情なんて知らないよ。ただ、死ぬべきじゃないと思ったから助けただけだ」
リベルタは魁からそっぽを向き、再び屍の山に意識を向けた。烏や猛禽が集まってきている。屍肉を漁るためだ。
「こんなとこにいつまでも女連れて立ってるもんじゃないぜ、“虚ろなる鉄”さん」
後始末の指揮を執っていたエイリークが近づいてきた。
「“虚ろなる鉄”?」
聞き慣れない単語を、魁はオウム返しにする。
「敵がお前の作った武器をそう呼んでいた。そのままお前の二つ名にしちまえよ。向こうから名付けてくれるなんて、そうそう無いぞ」
「“赫獄”や“鋼纏”に比べると、ちょっと大仰で長ったらしくないですか?」
面映ゆく頭を掻く魁の片手を、ハルが握った。
「どんな名前になろうとも、私のご主人様はご主人様です」
ハルがそう言うのならば、誰が何と呼ぼうとも関係ないような気がした。
魔族によって落とされた城。山上に堀と石垣を主として築かれた実戦用の山城だ。その縄張りの奥深く、オーガのような体躯に、V字の単眼を光らせながら、純戦闘用自動人形の兵が整然と並んでいた。彼らは片膝を付いて最上級の敬意を示す。
自動人形に頭を下げさせているのは、髑髏めいた硬質の顔。青銅の甲冑に、黒いマントを揺らしながら歩くその身は、上位魔族と呼ばれる存在だった。彼らは魔族の祖。ポルシア大陸に君臨する“統魔王”に直接製造された、ただ一つの
「お待ちしておりました、オルフェウス様」
くぐもった声。その屋敷を守る自動人形は、上位魔族を歓迎した。
「入る」
オルフェウスは短く伝え、扉を静かに開ける。正面にその部屋の主はいた。
革張りの椅子に腰かけ、板のようなものを無心で叩いているのは少女だ。白いクラバットに赤紫色のコート。乱雑に伸ばした青い髪を机に垂らして、何やら独り言を喚いている。
「あ、よし、今だ! ヨッシャー、カンストクリアー! バグ技だけどね! あはははは!」
携帯ゲームに夢中の少女に、およそ全ての魔族から奉られている上位魔族、オルフェウスは首を垂れた。つまり、この少女こそが『ただの上位魔族』よりも尊き存在なのだ。
「“狂騒”のオルフェウスが罷り越しました。いと貴き“石界王”陛下」
“石界王”と呼ばれた少女は、ゲームを机の上に放り投げる。
「誰か、気になる子でも見つけたかい? 何せ、上位魔族には己が勝負に足ると認めた者以外とは戦えない、暗黙の了解がある。まあ、ボクもその上位魔族なんだけどね」
上位魔族は、そのあまりの規格外性から、強力なスキル使いとの戦いを除いて戦場に出ることは無い。おそらく、彼らの四分の一でも本気でかかれば、人間という種ごと容易に絶滅させるだろう。
人間の絶滅は、魔族社会の望むところではなかった。魔族とて、何も人間憎しで戦争をしているわけではない。利害の衝突と、後は人間に対する戦争を是とする『文化』によるものである。文化を絶やしてはいけない。彼らは良き隣人であり、良き敵手だ。
オルフェウスが“石界王”に恭しく告げた。
「ご明察の通り。“赫獄”が戦死したとの報を耳に入れた折は、此度の戦争如何にと消沈いたしました。しかし、“虚ろなる鉄”なる強大な新星の噂を聞き及び、こうして総司令である“石界王”ヘカトンケイル様に出陣の許可をいただきたく、参った次第でございます」
“石界王”ヘカトンケイルは、鈴のような声で返した。
「ダーメ」
子供のような否定に、オルフェウスは何も言い返すことができない。
「総司令として命じる。明日払暁までにこの城を焼き払い、あらん限りの砲を港の方へブチ込んだら、カストリアから撤退するんだ。他は勝手にすりゃいいけど、“虚ろなる鉄”だけは捨て置け。厳命だぜ? ビョルンのブタ親父に勝ちを譲ってやろう」
「……かしこまりました」
これまでの戦果全てを否定するヘカトンケイルに、腑に落ちぬものを感じながらも、オルフェウスは退室した。
残されたヘカトンケイルはにやついた顔で一人呟く。
「やっと見つけた。これで世界はもっと面白くなる。ボクの望んだとおりに、滅茶苦茶になる。さあ、頑張ってくれよアベ・カイ少年。世界の命運は君の手の中だ……なんつってね。あははは!」
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