その異名“虚ろなる鉄”
追放から一晩と立たずに戻ってきた魁たちを、村長は睨みつける。ディーゼルエンジンの音で目を覚ました村人たちは、新顔のスキル使いと村長の様子を恐る恐る眺めていた。リベルタの頭には包帯を巻いて頭巾を被せてある。
エイリークはただならぬ雰囲気を察し、口を開いた。
「何があった」
「魔族が攻めてきます」
「数は?」
言い淀む。夜中だったため、大群としか認識できていない。
「およそ二千。ケンタウロスやオーガどもが砲も携行している」
リベルタは、あの軍の概要を把握しているようだった。
「完全に攻城戦闘の用意だな。数でも装備でも負けている。ある程度の損害を強いることはできるだろうが……」
黒砂村の動員可能な戦力はせいぜい二百。存亡の危機を前に、あの“鋼纏”のエイリークが苦渋にまみれた表情をしていた。
「俺が……」
魁が口を開く。
「俺が対抗できる兵器を作ります」
スキル“ファクトリー”さえあれば、高射砲でも機関銃でも作ることができる。しかし、敵の接近までに、魁一人でどれだけの数生産できるだろうか。“工場”が聞いて呆れる。これではせいぜいガレージだ。
「無いよりは勝算も見えるが、奴らは退かないぞ。どちらかが全滅するしかない」
「……」
狂信的な魔族軍相手には、勝ったところでどれだけの犠牲が出るのか分からない。より圧倒的な武力と、それを作る能力が必要だ。
「俺一人と、このタブレットの処理能力じゃ限界がある。他に演算装置でも作っていれば代用できたかもしれないが……」
無言を破ったのは、ハルだった。
「ご主人様」
いつもやかましい程のハルは、魁の肩に手を置いて微笑んでいた。それだけで、脳神経全てが繋がったような気がした。
「……できる。やれる。作れるぞ」
タブレットをハルの電子頭脳とリンクさせた。彼女の演算装置は、魁の思考を遥かに超えた速度でスキルを実行していく。
プレス機が、フライス盤が、大型クレーンが、ありとあらゆる工作機械が、ワイヤーを組んだような仮想体として村中を覆った。仮想タンクの中で固定されたアンモニアが、爆薬合成の準備を完了する。黒砂村が、その名の通り砂鉄を主成分とした黒い砂を魁の“ファクトリー”へと捧げていく。
「ああ、ご主人様への愛が世界を覆いつくしたみたい。素敵です」
兵器の設計と製造を自動処理中のハルが、恍惚と呟いた。エイリークをはじめとした村人は、スキルの放つ輝きを背にしたハルを唖然と眺めている。あまりの神々しさに、涙を流し祈りを捧げる者すらあった。
魔族軍が黒砂村の襲撃を決定したのは、戦局の変化によるものだった。
五万の軍での急襲上陸作戦。それも制海権は敵の手の中。物資の不足は目に見えていたが、それも港を制圧すれば解消される。そのための攻城戦は順調だった。港を囲むように築かれた三つの城の内、一つは緒戦で陥落。足場を構築し、港に砲門を向けた時点で勝利すら確信していた。だが、残る二城で交互に連携を取りつつ、絶え間の無い奇襲を続ける敵戦力は非常に厄介だ。“軍人王”ビョルン二世の軍を侮っていたと言わざるを得ない。
奇襲による兵站の損耗は看過できないレベルだ。兵を分散してでも、略奪を行う必要がある。そのために目をつけられたのが黒砂村だった。鉄の主要な産地であり、ただの村にしては防備が厚い。損害と利益を天秤に掛ければ難しい条件だが、結果として二千の兵力を割く襲撃作戦となった。
地面がオレンジ色に染まる明け方。行軍の列、オーガの一兵が策具に繋がれた砲を引く。他ならぬスヴェンランド王、ビョルン二世が提唱した砲兵、歩兵、騎兵の連携戦術は、魔族の間にも浸透しつつあった。
そのオーガが、爆ぜた。彼の周囲数メートルが爆発し、血と臓物の雨が降る。
「敵襲! 散会せよ!」
叫ぶ声に、隊列が散り散りとなった。個々の戦意が旺盛で種族差の激しい魔族たちには、元来散兵戦が向いている。しかし、遅い。待ち構えていた砲門の一斉射に対して遅すぎる。潰された、としか言いようのない結果が、長閑な北国の夏野を彩る。黒色火薬特有の煙も無い。未知の兵器だ。
「どこからだ!? どこから撃たれている!?」
榴弾の爆発音にかき消されまいとする指揮官の怒号に、視力に優れたエルフの弓兵が答えた。
「敵の伏兵は……およそ七千馬脚の距離より攻撃しております!」
「七千馬脚だと!?」
まるで話に聞く上位魔族の攻撃だ。たかが村の戦力が、彼らにとり殿上人のごとき武装を振るっている。
「走れ! 走れ! ケンタウロス兵は敵本陣に突撃し、歩兵は分隊ごとに散兵戦を開始せよ!」
伏兵への攻撃は諦めた。脅威ではあるが、距離が距離であるため正確な砲撃を続けることは困難だろう。
しかし、敵の攻撃はますます正確さを増していくようだ。
実際のところ、付近に潜伏中の観測主が無線通信装置で着弾を誘導しているのだが、彼らには知る由もない。
速度を生かして突撃していったケンタウロス兵たちは、思わぬ反撃に遭遇した。斜面に建造された村の麓、一夜にして掘られた塹壕から、機関銃の連射で薙ぎ払われる。塹壕の横には
「我、ケンタウロスのコルネリオ! いざ参――」
名乗りの口上を上げる間もなく、一方的な蹂躙の餌食となる。
「“虚ろなる鉄”……」
誰かが言った。絶え間なく降り注ぐ軟鉄とニトロセルロースの雨。『尋常な戦争』を無慈悲に洗い流し、血河と化す。心躍る敵手との語らいもない、虚ろな戦争。
“虚ろなる鉄”。
その名は、徐々に生き残った魔族兵の間に広がっていった。
「……全滅するというのか? 過剰な戦力を編成しておきながら、たかが村一つに惨敗し……」
指揮官、血まみれの大地と裏腹に、透き通るような青さを見せ始めた空を映す甲冑のケンタウロスは、呆然と呻いた。
「転身! 転身せよ!」
そして、屈辱に塗れた敗走を開始する。それでも碌な戦果も見せぬまま、名誉無き全滅を果たすよりは余程マシだ。
だが、統率を失って逃げ出した魔族軍の足を止めたものがいる。
黒鉄の装甲を泥で彩った奇形の箱。砲と、異様なベルト状車輪が特徴的なその兵器は戦車。ソビエト連邦で開発された傑作戦車、T-34/76である。
弓や槍で武装した兵士たちを背後に引き連れた戦車は、榴弾と機銃の掃射を開始した。統率を失い敗走中の兵など何の反撃ができるものでもない。先にも増して一方的な殺戮。
それを、一時止めた者がいる。ケンタウロス族の指揮官だ。
「我、ケンタウロスのドレイクなり! 我が槍の冴え、御覧じろ!」
戦車に向かって突撃する。機銃弾は鎧の傾斜と高速蛇行でいなし、超音速で飛び来る榴弾を片手の突撃槍で弾き飛ばした。その槍身は、不可思議な力で赤く光っている。これが彼のテックだった。
生身のケンタウロスが、一両の戦車を捉える。随行歩兵が射かける矢をあえてその身に受けつつ、砲身の下に馬脚を折りたたんで潜り込み、槍を大きく突き上げた。
「“虚ろなる鉄”何するものぞ!」
重量およそ三十二トンの戦車が軽く持ち上がり、宙に飛んだ。痩せた眼鏡の男――阿部魁と、その従者ハルをはじめとした乗員が、スキルで大きく開いた脱出口から投げ出される。卑小なる人間を殺すために付き込まれた槍は、突如せり上がった土壁で挟まれ、固定された。
「うら!」
その隙を逃さず放たれた大上段からの強烈な一撃。テックに任せ、槍を引き抜いて躱した。そこにいたのは、見事な甲冑の大男だった。戦車の随行歩兵として隠れていたのだ。長大な金棒を両手で油断なく構えている。
「“鋼纏”のエイリーク」
それだけ言うと、エイリークは全身鎧を着用しているとは思えない軽やかさで突貫してきた。装甲を常に変化させ続け、走りを妨げないように動いている。スキル使いとしては極上の練度だ。
ようやく会えた真の戦士に、兜の下に隠したドレイクの口は吊り上がった。
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